RPAを単なるタスク自動化ツールとして終わらせず、プロセスの自動化、ひいては業務改善や働き方改革を実現するツールとするにはどうすればいいのか。そして今、IT部門が尽力すべき施策とは。自社の運用体制に最適化したRPA導入と運用体制の構築を実現したIHIグループの取り組みをまとめた。
「今起きている働き方の変化は、職場に『Windows 95』が入ってきた時と同じくらいの大変革だと感じています。コロナ禍という外圧を受け、なし崩し的に始まった変化に対してIT部門がしっかりと備えられるかどうかで企業競争力に『K字』を描くような格差が生じるでしょう」
これはIHIグループでRPA導入を進めてきたIHIエスキューブの亀田 彰氏(ビジネスソリューション事業部 副事業部長(兼)基幹業務グループ グループ長)の言葉だ。同氏は、IHIグループではなく亀田氏個人の見解だと前置きしながら「これから勝ち抜くためにIT部門が備えておくべき能力や機能」を、アシストフォーラム2021で語った。
IHIグループは、ペリー提督の黒船が来航した1853年に幕府の命令で隅田川河口にあった石川島に作られた洋式造船所をルーツに持つ。現在は発電設備を製造する「資源・エネルギー・環境事業領域」、水門やダム、橋梁、トンネルなどの社会インフラを担う「社会基盤・海洋事業領域」、自動車のターボチャージャーや工場設備などを作る「産業システム・汎用機械事業領域」、ジェットエンジンやロケットなどを手掛ける「航空・宇宙・防衛事業領域」の4つの事業領域を展開する。
国内外に216社(2020年3月時点)を数えるIHIグループが一体となって成長するために3つの横串組織が2013年に立ち上がり、ビジネスモデル変革を進めている。その一つが亀田氏の所属するIHIエスキューブも連なる「高度情報マネジメント統括本部」(高マネ統括)だ。「高マネ統括はIoTやデータ分析、今で言うデジタルトランスフォーメーション(DX)を担う組織として立ち上がり、後に情報システム部門も合流しました」(亀田氏)。
R&Dや事業部門の技術者が主体となって発足した高マネ統括は、クラウドとエッジの両方でプラットフォームを整備してIHIグループの製品をつなげ、得られたデータを分析することで顧客に新しい価値を届けることを目的に活動を始めた。亀田氏は「既存ビジネスが多忙の中で、ビジネスモデルを変える余力をどうやって生み出すかが課題でした」と語る。
それはちょうど「守りのITから攻めのITへ」というフレーズでIT部門の在り方が議論されていた時期と重なった。IHIグループの業務を標準化してBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)でまとめて処理しようという取り組みや、IT基盤のグループ共通化プロジェクトが立ち上がった。
2018年にはBPOで標準化し集約した業務をRPAで自動化する試みも始まった。安価で導入しやすいデスクトップ型製品による試行で導入効果が確認できた一方で、社内から「RPAが増えたときの管理が大変ではないか」「野良ロボットをどうするのか」「Excelマクロの再来になるのでは」という意見が強く寄せられた。
2019年にグループ全体で本格導入する際に選定したのがサーバ型RPA「Blueprism」だ。中心となったのは高マネ統括とIHIエスキューブのメンバーで作られた「RPA推進事務局」だ。運用ルールの策定や統制、利用部門から寄せられる要請の優先順位付け、活用事例のPR活動を担う。
RPAの“導入”そのものはスムーズに進んだ。RPA業界の老舗ベンダーとされるBlueprismは多くの導入ノウハウを持ち、それらを援用することですぐに3種のロボットが稼働を始めた。
難関となったのは社内規定やガイドラインの作成だった。亀田氏は「ベンダーが提供する一般的なノウハウ集だけで文書化することは難しい。自分たちで『IHIグループにおけるRPAとは何か』をしっかりと考える必要がありました」と振り返る。
同社が策定した規定類の特徴の一つとしてRPAを「デジタルワーカー」と呼ぶことが挙げられる。今でこそ一連の業務プロセスの自動化を実現するRPAだが、導入当時の技術レベルは「細切れのタスクを自動化するもの」でしかなかった。RPAを擬人化して呼ぶ背景には「単にPC操作を自動化するツールではなく、この先われわれが目も口も耳も、そして脳も備えた一人前として育てていこう。そういうIT基盤にしよう」という思いが込められている。
「一人前になったデジタルワーカーと一緒に働くことを想定しながらルール作りを進めました。利用部門が『責任をもって管理していきたい、一緒に働いている仲間だ』と感じてくれたらいいなと思います」(亀田氏)
RPAの提供はとんとん拍子とはいかず、「システム運用の統合」「オンデマンド実行への対応」という2つの課題が立ちはだかった。もちろんBlueprismはサーバ型RPAのため管理機能やオンデマンドでのジョブ実行機能は備えている。しかし、グループ会社ごとに異なる営業日カレンダーでのスケジュール管理や個別具体の権限管理、実運用といった状況と照らし合わせると、単独での利用は難しいと判断した。
そこで、アシストの支援を受け、グループが基幹系システムの整備に採用している「JP1」との連携を進めることにした。システム運用統合の課題には、JP1にRPAをジョブの一つとして実装し、基幹系システムと共に一元管理化した。こうすることで習熟度の高いJP1で運用できるようになっただけでなく、JP1上にあるグループ会社ごとの営業日カレンダーをそのまま利用できるようになった。オンデマンド実行の課題には、JP1のWebコンソールにユーザーの実行用インタフェースを用意して解決した。
「RPAとJP1を連携させた全体構成図の通り、BlueprismサーバにJP1のエージェントを入れて管理しています。AJSはオートマティックジョブマネジメントシステムです。運用担当は管理者用コンソールから作業し、RPAの利用者はJP1のWebコンソールから自分に実行権限があるロボットを動かせます」(亀田氏)
JP1との連携効果で注目すべき点はRPAをバッチ処理のジョブネットに組み込んだことだ。月次処理の中には、夜間バッチの処理結果を翌朝ユーザーが確認、集計し加工、その結果を別のシステムに投入して、後続のバッチ処理を実行するという人手を介した作業がある。この手作業をRPAに置き換えた上ジョブネットに組み込めば夜間の内に一気に処理を実行でき、処理に掛かる日数を1日以上短縮できる。また、運用担当者が夜間処理に立ち会うチェック作業も自動化が可能だ。
オンデマンド実行の仕組みは、UIがエクスプローラーのようでRPA利用者にも分かりやすいものだ。万が一自部門以外にアクセスした場合はアクセス権限のない旨が表示され操作できないといった権限管理と誤作動防止も可能だ。RPA利用者は実行したいときに間違いなく実行でき、実行状況や結果も確認できる。エラーが起きてもシステム担当者とRPA利用者が同じ画面を見ながら対応が可能だ。
こうして順調に立ち上がったRPAの展開だが、コロナ禍により状況は一変した。亀田氏は「2020年度はRPAの普及が非常に厳しい1年でした」と振り返る。それでも年間およそ2万4千時間分を削減した効果を得ているという。
亀田氏はグループ内でも最も多くRPAを稼働している領域の例を紹介した。月平均200枚程、毎日出力される複数の図面から部品を幾つかピックアップし、調達に必要な情報を調べた上でシステムに登録するという作業があった。これを夜間の内に情報を調べ付加した上で一覧表にまとめる自動化で、年間620時間の削減につながった。
「コロナ禍以前、RPAは人手不足を解消するタスク自動化ツールとして浸透していました。現在はテレワーク中心での業務継続のためプロセスの電子化が最優先事項となりました。私個人の考えですが、これからのIT部門が担うべき仕事は、タスクレベルの自動化を超えプロセスレベルでの自動化に取り組むことです。RPA以外のツールも組み合わせて自社に最適化した運用をすること、さらにルールや教育、普及活動など中央でガバナンスを定めます。そして、市民開発を進めて早く効果を最大化する取り組みも重要となってくるでしょう。これらは今後の働き方改革の分かれ目になると思っています」(亀田氏)
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