AI OCRを導入したものの、その運用に課題を抱えていた鈴廣蒲鉾本店。識字率や運用フローを改善する工夫によって、受注配送業務を大幅に効率化させた。どのようなブレークスルーがあったのか。
DX(デジタルトランスフォーメーション)推進の機運が高まる中、その第一歩となるのがアナログデータのデジタル化だ。
鈴廣蒲鉾本店は、紙の伝票や注文書を用いた受注配送業務が煩雑という課題を抱えていた。伝票は1日に多いときで数万件に上り、従業員が夜な夜なその処理に追われていたという。紙の情報をAI OCRでデータ化することで業務プロセスを効率化できないか――。こう考えた同社だが、AI OCRは識字率が100%ではないために読み取り結果の確認に時間を取られ、接客に影響するなど壁に当たったという。
プロジェクトはつまずいたかに見えたが、同社は創意工夫を重ねて、AI OCRの識字率や運用方法を改善し、受注配送業務の効率化に成功した。今では、デジタル化した顧客データを販促活動にも活用して、新たな価値創出につなげているという。どのような工夫があったのか。
鈴廣蒲鉾本店は、蒲鉾の製造や販売で知られる鈴廣グループ全体の管理部門としての役割を担う企業だ。志村明規氏(経営管理チーム 業務改革部 部長)が所属する業務改革部はシステム開発課と改革推進課、施設技術課で構成され、グループ全体の業務改革に一気通貫で取り組んでいる。
志村氏は、鈴廣グループがかねてより商品の受注配達業務の煩雑さに課題を感じていたと説明する。
「これまではご来店いただいたお客さまに配送伝票を記入いただき、商品の精算後、販売員が注文内容を指示書に転記していました。配送伝票と指示書は本社に横持ちし、指示書を見ながら注文の内容を基幹システムに入力。入力が済んだ指示書は配送伝票と一緒に日付ごとに分けて保管します。その配送伝票をさらに製造部で仕分けし、ピッキングと検品を経て商品を発送していました」(志村氏)
このフローでは、販売員の転記や本社での基幹システム入力が手間だったが、何より「製造部での伝票仕分け作業」の負荷が高かったと志村氏は振り返る。伝票は1日数万件に上り、製造部の作業員が一人あたり約3000件を仕分けしていた。翌日の配送効率を上げるために伝票は商品の種類ごとに細かく選り分ける必要があるため、繁忙期には朝の9時から夜中の3時頃まで作業に徹することも珍しくなかったという。
さらに製造部で処理しきれない分は店舗で出荷する必要があり、店舗の販売員もバックヤードで夜な夜な作業をするような状況だった。志村氏は「あまりの大変さに、システム化しなければいつかは手に負えなくなると思っていました」と当時を振り返る。
鈴廣蒲鉾本店はこの状況を打破するために、2016年ごろ、顧客に注文内容と配送伝票の情報を直接タブレット端末で記入してもらうことを試した。注文受付時に情報をデータ化してソートできる状態にすれば、情報を連携、整理するための転記や仕分け作業を省けると考えたのだ。
しかし顧客は60〜80代が中心で、大半がタブレット端末による入力に慣れていない。販売員が都度マンツーマンで対応しなければならず、従来のやり方に比べて倍の時間がかかる結果になった。
同社はこの経験から「顧客が手で書くことを前提とした対策を講じるべきだ」と考え、2018年頃からAI OCRの導入を検討した。3社の製品を比較検討した結果、基幹システムとの連携やコスト面、安定した識字率が決め手となり、「Tegaki」の採用を決定した。そして2019年に「Tegaki」を利用した業務フローに変えた。
しかしここでも問題が発生した。販売員が操作に不慣れで処理に時間がかかり、顧客からの不満が続出したのだ。プロジェクトはいったん頓挫した。
しかし、鈴廣蒲鉾本店はあきらめなかった。AI OCRによる業務改善を前進させるために、さまざまな観点から工夫を重ねたという。
AI OCRの導入課題としてよく挙がるのが、「識字率が100%ではないために読み取り後の確認作業が必要になる」ことだ。識字に誤りがある場合には修正作業が必要になり、その分手間や時間がかかってしまう。鈴廣蒲鉾本店は、この点を改善するために使用するペンを厳選した。
「油性ペンや水性ペンなど、あらゆる種類のペンを使って識字率を調査し、結果を比較しました。ボールペンだけでなく、鉛筆や万年筆も対象です。その結果、『0.38mmの黒色ボールペン』が最も優れていると判明しました。細い字がくっきりと書ける点が良かったようです。使用するペンを厳選した結果、識字率は98%まで向上しました」(志村氏)
さらに同社は、従業員がスムーズにシステムを操作できるよう「操作スキルの教育」と「識字確認画面のレイアウトの改善」に努めた。操作スキルの教育では、画面キャプチャーや動画を取り入れたマニュアルを用意して効率良く手順を学べるようにした。さらに、処理開始から終了までの目標時間を設定し、テストで目標をクリアした従業員のみが店頭に立てるとした。
「従業員が顧客から記入済みの申込用紙を受け取ってスキャンし、AIによる識字を確認して商品登録と精算を行い、顧客に控えを渡すまでの時間を3分に制限しました。その際に、商品のバーコード一覧表を作成し、迅速に商品を登録できるように工夫しました」(志村氏)
識字確認画面のレイアウトは、1画面に最低限の項目だけを表示させることで、各項目を迷わず確認できるようにした。また、次の画面に遷移させるボタンは青色、前の画面に戻るボタンは赤色で表示するなど、一目で操作を判断できるよう工夫した。画面遷移の回数も極力少なくしたという。
これらの施策を講じることで、当初「Tegaki」の導入に懐疑的だった販売員も、徐々に導入のメリットを実感できるようになったと志村氏は述べる。
「導入当初は『これまでのやり方で十分ではないか』といった声が現場から上がり、社内のモチベーションが高いとは言えない状況でした。しかし、うまく業務が効率化されるようになると、販売員の取り組み姿勢に変化が見られるようになりました」(志村氏)
プロジェクトは一時つまずきかけたが、社内の理解を得ながら成果を出していった。
2020年には「記入済みの申込用紙をスキャンし、識字データを確認して商品の登録と精算を行い、データを指示書や配送伝票に印刷してピッキングや検品後に商品を出荷する」という新たな受注配達業務のフローが浸透した。
転記や配送伝票仕分けのプロセスがなくなり、受注配送業務が大幅に効率化された。それだけでなく、注文受付時に「どの商品がいつ必要になるか」が即座にデータ化されることで、各店舗の出荷量や在庫を調整しながら作業計画を立てられるようになった。受注や出荷状況もリアルタイムに把握できるので、作業が進んでいない現場への適切な人材配置が可能になった。
「商品出荷までのスピードも大幅にアップし、製造部で1日に出荷できるボリュームが従来の約5000件から1万件以上に増えました。これによってあふれた分の出荷を店舗で補う必要がなくなり、現場が本来の業務である接客に集中できるようになりました」と志村氏は話す。
2021年には、識字した顧客データを販促に活用する試みも始めた。お中元やお歳暮の時期には約1万件ものDMを顧客のニーズに合わせて発送できるようになったという。
一度はつまずいたプロジェクトがここまでの成果を上げた裏には、地道なトライアンドエラーや従業員のモチベーションを上げるための工夫があった。志村氏はプロジェクトを振り返り、「満足度は80点」と語る。
「私も作業員として夜中の3時まで配送伝票の仕分けをしていたので、その大変さは身をもって実感しています。従業員の皆さんのこれまでの苦労や、お客さまに提供できるようになったサービスのことを考えると、満足度は高いといえるでしょう。今後は顧客データを活用した、本格的な1to1マーケティングに着手する予定です。また、社内には他にも手書きの文字を扱う業務が多く残っています。『Tegaki』やRPA(Robotic Process Automation)を使って徐々に効率化していくつもりです」(志村氏)
顧客や取引先を含んだ業務プロセスにおいて、紙をなくせない場面はいくらでも存在する。「当社の商品を卸しているお客さまの中には、地元のお土産店なども存在します。そこにEDIなどのシステムを導入してほしいと頼むのは現実的ではありません。DXを進める際には、顧客や取引先と自社のデジタル的なギャップを埋める試みが必要です。今回導入したAI OCRはそうした意味で重要な役割を果たしています」と志村氏は話した。
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