十分な電力を確保すると同時に、環境保護を目的に再エネを活用することの重要性は変わりない。再エネ電力活用に新しい答えを与えるのが、電力網をインターネットのように利用可能にする「エネルギーインターネット」だ。
エネルギー不安が高まる中で、十分な電力を確保すると同時に、環境保護を目的に再エネルギーを活用することの重要性は変わりない。しかし、再エネルギー電力はどうしたら活用できるのだろうか。
その問いに新しい答えを与えてくれるのが、インターネットと似た仕組みの「エネルギーインターネット」だ。一例として、すでに実用化しているデジタルグリッドの概要を解説する。
エネルギーインターネットとは、エネルギー供給者(発電家)と電力消費者(需要家)との間をPeer to Peer(P2P)につなぎ、「電力がどこから来たのか」「どこでどのように売買されたのか」「どれだけの量が消費されたか」が正確にリアルタイムで分かる電力需給プラットフォームだ。電力ネットワークがインターネットのように利用できることからそのように呼ばれている。
現在社会実装されている仕組みとしては、デジタルグリッドが運営する「デジタルグリッドプラットフォーム」(以下、DGP)があり、発電量や電力市場での売買情報、消費量を全て計測して記録できる。大手電力会社を介さずに発電家と需要家がプラットフォームを利用して直接電力取引できる仕組みだ。
この構想は、そもそも2011年に東京大学大学院技術経営戦略学専攻特任教授(当時)の阿部力也氏(前デジタルグリッド株式会社会長)が提案したもので、そのイメージは図1のようなものであった。
図中の黄色で示された円は分散化した電力系統の「セル」で、セルには地域内のオフィスや工場、家庭などの電力消費者がいくつも参加してメッシュ状のサブネットを形成している。セルに太陽光などの発電設備や蓄電設備がある前提で、作られた電力をセルで利用する。足りない電力は他のセルや電力会社の基幹配電網から供給し、発電で余った電力は同じ経路を逆流させられるという仕組みだ。
エネルギーインターネットの電力供給は、インターネットでPCやサーバが双方向で情報をやりとりする仕組みに類似している。電力をパケットにしてIPアドレスのようなネットワークアドレスを付与して送受信できれば、経路や時間、量は全て記録可能になる。このような仕組みにできれば「目に見えない電力に色がつく」(豊田氏)ことになり、やりとりを可視化して細部にわたって透明な電力取引が可能になる。
既存送電網で障害が起きて電力会社からの送電が止まったとしても、分散したセル間での電力の融通で被害を抑えられる。それ以上に重要なのは、各電力消費者が「いま使っている電力はどこで作られたものなのか」「どんな経路を伝ってきたのか」が把握できることだ。自然エネルギーによる電力だけを利用したくても、自前の発電設備で賄う以外、電力会社が用意したメニューを選ぶか、環境証書(Jクレジット、非化石証書、グリーン電力証書など)を買うかという間接的な方法しか選べなかった。しかしデジタルグリッドを利用すれば、電力の産地証明や流通のトラッキングが可能になる。
電力をパケット化しネットワークアドレスを付与して流通する技術開発は進んでいるものの、標準的な手法はまだ存在しない。特に蓄電設備は数時間程度の電力需要を賄える程度のものしか整備されておらず、企業などが備える発電設備も増加してはいるがそれほど広く普及していない。
電力そのもののルーティング(双方向)のためには、周波数を変動させずに非同期に行き来させる装置(デジタルグリッドルーター)が考案され実製品も登場してはいるのだが、十分な蓄電設備や発電設備がなければ結局電力取引は実現できない。
しかし、電力取引だけを目的とするなら必ずしもデジタルグリッドルーターは要求されるわけではない。電力の使用状況のはスマートメーターで30分ごとにデータ取得ができる。メーターから必要なデータを読み取り、発電、受電、送電の経路を特定できれば、詳細な電気の利用台帳を作成可能だ。開発は進行中で、仕様策定中の次世代スマートメーターではさらに高頻度のデータ取得が可能だ。スマートメーターからの情報取得には専用装置のデジタルグリッドコントローラーが開発されている。
デジタルグリッド開発の過程で台帳作成にブロックチェーンを適用することが考えられた。しかし、現状多拠点におけるN対Nのブロックチェーンを介した取引にかかる時間は30分を大きく超え、リアルタイムが求められる電力市場での売買には利用が難しいことが明らかになっている。
こうした考えを基に、利用可能な技術や発電設備・蓄電設備、送電網を想定した現実的な方法で、民間企業として初めて発電家と需要家の直接取引を実現したのがDGPだ。
デジタルグリッドの豊田祐介社長は「DGPにより電力の市場売買が容易になった。電力会社の一方通行の電力供給でなく、分散型の電力網で中間コストを排することで、電力コスト低減が図れる。再エネルギー電力の環境価値のみの売買も容易になり、再エネルギー発電の拡大を促進し、より大きな環境貢献につながる」と語る(図2)。
DGPは現在のところ主にB2B向けプラットフォームで、2020年のサービス開始から現在まで、需要家はソニーグループや日立、京セラ、住友林業、清水建設など、発電家はLoopやサミットエナジー、京セラ、FDなどの約50社が利用している。デジタルグリッドへの出資企業は東京ガスや大手商社、不動産会社など60社に上る。
DGPの仕組みは金融取引システムに類似する。商品(電力)は、販売者(発電家)と購買者(需要家)との直接契約で売買されるが、現物をやりとりするのではなく、買い注文と売り注文を台帳で管理し市場で売買して、結果の差額の授受により決済される。DGPは台帳管理と自動取引の実行を行う。市場で取引しない場合でも、同プラットフォームで直接取引が実行できて詳細内容が記録され参照可能になる。その手数料がプラットフォーム業者の収入になる。
従来の電力購入との大きな違いは、需要家の側からみると、電力小売会社から化石燃料による電源と非化石の再エネルギー電源を合わせて購入する形から、自ら主体的に電源を選び分けて購入できることだ(図3)。市場価格を意識して最適な電力を市場から調達でき、再エネルギー電力だけを発電家や卸電力会社から購入できるようになる。
調達する電力に含まれる再エネルギー電力には、電力そのものの価値に加え、CO2削減量など環境保護に対する価値である「環境価値」が含まれる。従来、電力料金に含まれる発電コストや送電線の利用料金に加え、環境価値に対する料金を電力利用者が支払っている。しかし現在は、電力の価値から環境価値だけを切り離し、市場で売買することが可能で、DGPはこの売買も容易にする。
日本では電力会社が一定期間、国が決めた一定価格で再エネルギー電力を購入する制度「固定価格買取制度:FIT」を導入しており、再エネルギー電力への投資を促進している。電力会社は買い取り費用を電力利用料に応じて「再エネルギー賦課金」として利用者に請求する。この費用は年々大きくなり、電力料金高騰の一因になのが問題だ。
FIT期間を過ぎた場合は電力会社に買い取りの義務はなく、市場価格と連動して流動的な価格設定ができる。「卒FIT」と呼ばれることもあり、期限切れの業者も出ている。発電家は、電力の発電コストを抑えて直接電力市場や需要家に売れば、FITを超える収入が得られる可能性がある。需要家は市場価格に基づく価格で電力調達できるので、従来よりもコストの低減を期待できる。
電力需給量によってコストは変動するが、発電家はできるだけ予測に基づいた発電計画を立て、需要家も必要な電力量を予測して売り手から適切なタイミングで購入することでコスト最適化をできる。環境価値は発電家側が保有することになり、電力価値に加算して売値とし、環境価値だけを切り離して売買することもできる。
一方、2022年4月から新たにFIP(フィードインプレミアム)制度がスタートした。比較的規模の大きい再エネルギー発電家が売電する際、国からの補助額(プレミアム)を価格に上乗せできる制度だ(50kW以上でFITとFIPが選択可能、1000kW以上はFIPのみ)。再エネルギー発電の促進が目的だが、基本的には市場に連動した売電価格となるのが特徴だ。
FITはどのような時間帯の電力でも基本的に電力会社から同一価格で全量買い取られるのに対し、FIPでは発電家が電力市場で売るか、需要家や電力小売り業者などとの相対取引で売るかを選べる点が異なり、市場価格に基づいて価格が上下する。プレミアムによって一定程度の変動にとどめて過度の価格変動が生じないように考えられている。
今後はFIP制度も利用しつつ、需要家と非FITの発電家と長期の電力購入契約を結ぶ「コーポレートPPA(Power Purchase Agreement)」が増えるだろう。その場合、電力価値と環境価値を一体に固定価格にする「フィジカルPPA」と、契約固定価格と電力市場価格の差額である環境価値を決済する「バーチャルPPA」に大別できる。
どちらの場合も、実際の発電実績や電力利用状況を基にしたデータが長期契約の根拠となる。特に差額決済をする場合は、市場で最もコスト効率のよいタイミングで、必要な量を目的の時間帯に買えることが望ましい。さらに送電には、送電線を保有する電力会社に利用の事前予約(受け渡しの1時間前まで)が必要であり、万が一需要家側が契約した電力を発電できない場合は、発電家が他から調達して補填するという問題もある。このインバランスを最小限にするためにも正確な需給の見通しが必要になる。
DGPは電力の利用状況をリアルタイムにスマートメーターから収集する一方、発電家の発電データなどをデジタルグリッドコントローラーを通してリアルタイムで収集し、気象データと組み合わせて学習したAI(人工知能)モデルを作成して適用する。これにより精度の高い需給予測が可能になり、需要家と発電家との間で長期にわたる再エネルギー電源の最適な調達方針を決められる。
短期的に電力が不足した場合は、電力が余っているプラットフォーム参加者から融通してもらえるようになる。当初の計画からの差分を参加者相互にP2Pで補填(ほてん)し合い、足りなければ市場から調達する仕組みだ。非常に複雑な需給調整手続きが必要だが、プラットフォームのデータ処理で自動対応を可能にした点がDGPの重要ポイントといえる。また、環境価値を電力と切り離して市場で売買するバーチャルPPAを実現するためにも、リアルタイムで実測データを活用できるプラットフォームは有用だ。
本稿では「エネルギーインターネット」の意味するところと、それを商用で実現したデジタルグリッドの仕組みについて解説した。同様のP2P電力取引の仕組みは米国のLO3 Energyなど世界で数社が実現しており、国内では東京電力ベンチャーズなどが出資するTRENDEが研究開発を進めている。
近年電力調達コストが高騰したため、発電設備を持たない多くの新電力会社が事業から撤退した。エネルギーインターネットが実現し、発電、蓄電設備をもつグリッド参加拠点が増えて横の連携が可能になれば、より一層安定して電力を供給でき、価格の安定、低下につながり、太陽光など自然エネルギーの活用や発電への投資も促進できるだろう。
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