2027年末にサポートの終了を迎えるECC6.0から「SAP S/4HANA」への移行に関して、多くの企業で検討や移行の準備が進んでいる。独立系SIerのコンサルタントが、これまで携わった移行プロジェクトの経験から移行メリットやリスク、プロジェクト成功のための秘策を語った。
2027年末にサポートの終了を迎えるECC6.0から「SAP S/4HANA」への移行に関して、多くの企業で検討や移行の準備が進んでいる。独立系SIer、電通国際情報サービスの清田憲史氏(エンタープライズIT事業部)が、これまで携わった移行プロジェクトの経験から「RISE with SAP」への移行メリットとリスク、プロジェクト成功のための秘策を語った。
本記事は、2023年4月19日のアシスト主催ウェビナー「SAPユーザ232社を取材してわかったSAP S/4HANA移行課題と解決策」の内容を基に編集部で再構成した。
7割の企業がコロナ禍を契機にIT戦略を進めている。中でもERP刷新への投資が再開される兆しが顕著に表れている」と清田氏は分析する。
グローバルでパブリッククラウドの活用が大きく進み、総務省の調査「令和4年 情報通信に関する現状報告の概要」によると、2021年の売上高は前年比28.5%増の1兆5879億円と、パブリッククラウドサービス市場は拡大した。IDC Japanの調査「国内パブリッククラウドサービス市場予測を発表」によると、2026年は21年に比べて約2.4倍、3兆7586億円になるとの予測がある。
パブリッククラウドのメリットは「システム構築の迅速さ、拡張の容易さ」「初期費用・運用費用の削減」「可用性の向上」「利便性の向上」などであり、主にコスト面での優位性が認識されている。インフラの調達や構築、運用はクラウドベンダーが担うため、ユーザーの負担は大きく軽減する。電通国際情報サービスの調査によると、SAP S/4HANAへの移行において60%の顧客がパブリッククラウドの利用を検討しているという。
従来のシステムからSAP S/4HANAへ移行する際はサーバの増強が必要になる場合がある。「事前準備」「コンバージョン」「切り替え後」に分けてみてみる。
まず「事前準備」では、ユニコード化によるディスク追加、移行前処理によるCPUやメモリ、ディスクの増強の他、アセスメントのための環境準備やデータコピーの必要があるため、既存のサーバを増強を検討する必要がある。
次に「コンバージョン」では、ダウンタイム短縮のためのCPUやメモリの増強が必要になり、調達が問題になる。
その後の「切り替え」では、新規業務採用のニーズによるサーバ増設や、業務拡張によるメモリ増強、さらに、新しい機能確認のためのPoC環境を構築してデータをコピーするケースがある。対応においてサーバのサイジングが課題になる。
このようにIT基盤の柔軟な拡張性が求められることから、クラウド基盤はオンプレミスと比べて移行がしやすいと考えられる。
SAP S/4HANAの包括的なオファーリングとしてSAPが提供しているのが「RISE with SAP」だ。SAP S/4HANAには3つの提供形態があり、違いは図1に見るとおりだ。
オンプレミス版は買切りのライセンスであり、インフラの調達や運用はユーザーの責任となる。導入タイプはコンバージョン、選択データ移行、新規導入のいずれも可能で、カスタマイズによる拡張(アドオン)が可能だ。モディフィケーションも非推奨ではあるが、実施できるという特徴がある。
一方、RISE with SAPの2形態のライセンス形態はサブスクリプション、インフラの用意と運用はSAPが担当する。この2形態間の大きな違いは、導入方法だ。PCEはSAP ECC6.0をベースにしてコンバージョンが可能だが、パブリッククラウド利用タイプの場合は新規導入に限られる。
PCEは「Amazon Web Services」(AWS)や「Google Cloud Platform」(GCP)、「Microsoft Azure」といったインフラにSAP側でERP環境を構築する、プライベート型のクラウドサービスだ。オンプレミス版と同様にカスタマイズ可能で、多くのSaaS型ERPと異なる特徴がある。
PCEには、SAP S/4HANAの利用ライセンスと各種のバンドルサービスがパッケージされている。インフラとその運用をSAPが担うのはパブリッククラウド利用型と同じだが、アップグレード(5年または7年ごと)の費用も含まれている点で大きく異なる。
※SAP S/4HANA1709、1809、1909ユーザーは現在の保守料金に4%の追加費用を支払えば2025年末までメインストリーム保守が延長できる。2023年の後半に主要リリースとして提供される予定の2023以降はメインストリームサポート期間が7年間となる。
さまざまな活用が可能なバンドルサービスとして、スムーズに移行するための分析ツールである「Readiness CHeck」や「Custom Code Analyzer」が含まれている。さらに、拡張サービスの「Network Starter Pack」として、SAPの他のサービスとのインタフェースのライセンスも含み、運用の効率化やSAP学習コンテンツのためのソリューションも備える。
本体のライセンスと移行ツール、拡張機能をパッケージして、その全体をSAPが管理するのがPCEだ。システムの足回りはSAPに任せ、ユーザー企業は業務改革やシステム改善、新規サービスといった付加価値の高い領域に注力できるのがPCEの大きなメリットだ。
図3はパブリッククラウド利用タイプとPCEの違いを示したものだ。パブリッククラウド利用タイプでもハードウェアとネットワークの管理が不要になるが、PCEではミドルウェアの運用もサービスとして利用でき、またソフトウェアについてはプラスアルファのバンドルサービスが利用できるという違いがある。
アドオンやソフトウェア運用の管理はユーザー側が担うことになるが、移行や運用についてもユーザーの負荷は軽減され、ソフトウェア領域により注力できる。
つまりRISE with SAPのPCEにはサブスクリションのライセンスにアップグレード費用が含まれており、インフラと運用(Basis運用)、システム監査までをSAPが担う。アドオンやモディフィケーションが可能で、付加サービスの拡張や学習コンテンツも含まれる。SAPが「包括的なオファリング(提案)」と呼んでいるのはこのことを指す。
RISE with SAP(PCE)への移行方法は大きく分けて3つある。
いったん中間環境としてマイグレーションサーバを用意し、データを転送する作業が必要になる。中間環境に置いたデータをSAP S/4HANA用にコンバージョンして、RISE with SAP環境に移行する。
上記の中間環境にデータを転送する前にオンプレミスシステムのデータをユニコード化するステップが必要になる。その後の中間環境へのデータ転送やコンバージョン、RISE with SAP環境への移行の流れは上記と同じだ。
少し特殊なケースかもしれないが、オンプレミスシステム上でSAP S/4HANA用にコンバージョンすることも可能だ。コンバージョンしたデータのバックアップをRISE with SAP環境に転送、リストアすることで移行できる。
どの方法でもオンプレミスシステム上または中間環境でコンバージョンが必須になる。コンバージョン作業には、図4のような多くの工程が必要だ。
これら工程にはさまざまななリスクが存在する。例えば想定外のアドオンプログラム修正や不整合データの発覚、業務プロセスの変更、許容できない長いダウンタイムなどだ。
こうしたリスクを避けるためには、事前に十分なアセスメントを行い、リスク対応を検討しておく必要がある。リスクを早期に発見できれば、QCD(品質、コスト、納期)の設定水準を満たせるだろう。リスクが途中で発覚すればプロジェクト遅延を引き起こしかねない。
なお、PCEとパブリッククラウド利用タイプには異なる部分もある。その一つが移行後の作業だ。コンバージョン後のデータをSAP S/4HANA環境に転送あるいはリストアした後に、新環境での後作業に十数時間かかる可能性がある。これはシステムのダウンタイムが延びる可能性をはらんでいる。
また、注意すべき違いとして、「ファイル転送はsftpのみ許可」「非ユニコードDBからの移行ができない」「移行タイミングについてはSAPとの調整が必要になる」といった点にも留意が必要だ。これらの理由から、PCE採用にはより綿密な事前準備(=アセスメント)が重要になる。
アセスメントを助けるツールとして、SAPから標準で提供される「Readiness Check」「ABAP Test Cockpit」「Simplification Item Check」に加えて、それに加えてさらに綿密なアセスメントをできるツールに「Panaya」がある。
PanayaはSAPプロジェクトに最適化されたSaaS型のデリバリープラットフォームで、独自のERP影響分析エンジンを持ち、プロジェクト管理やテスト支援機能も備える。
Panayaは「不要アドオン特定」や「SPS(サービスパッケージスタック)、EhP(エンハンスメントパッケージ)適用後の影響分析」「SAP S/4HANA影響分析」「テスト効率化ソリューション」の4つのサービスから成る。
このソリューションを利用することで、調査して追加した情報を効率的にまとめることができ、他のツールにはない分析対象を含めることで分析精度を高めることができる。Panayaを活用したアセスメントの事例では、次のような結果が出ている。
このように、全本数を対象にすると膨大な数に上るタスクを絞りこむことができ、自社システムの実態をより細かく把握できる。事前に必要なタスクを綿密に洗い出した上で、対応方針を検討できる。
「客観的な分析ツールであるため、ユーザーとSAPの間に立って属人化の排除や共通認識の獲得、効率化が可能であり、多くのステークホルダーにメリットとなる。当社ではPanayaのアーリーアダプターで、国内累計300以上のSAPインスタンスを解析した実績があり、プロジェクトコスト低減とリスク軽減に寄与できる」と清田氏は述べた。
移行プロジェクトのQCDを保証するアセスメントの重要性を認識し、適切なツールを利用しながら事前準備を綿密に行うことが成功の「秘策」だ。特にRISE with SAPのPCEを採用する場合にはアセスメントが極めて重要になる。利用可能なツールを適切に利用し、移行プロジェクトを検討することをお勧めする。
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