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伊藤忠が15拠点に「SAP S/4HANA」を導入 基幹システム刷新成功のヒントが分かる

伊藤忠は海外現地法人および一部の海外グループ企業が利用しているSAP ECC6.0をSAP S/4HANA Cloudへと移行するプロジェクトを進めている。すでにグローバル15拠点で移行を完了し、2025年11月までに残り約30拠点で完了する予定だ。移行プロジェクト担当者への取材から基幹システム刷新成功のヒントが分かる。

» 2024年05月15日 07時00分 公開
[大島広嵩キーマンズネット]

 伊藤忠商事(以下、伊藤忠)は1858年に創業し、世界61カ国で繊維をはじめとするさまざまなビジネスに携わる総合商社だ。国内のビジネスだけでなく、輸出入や三国間取引を含むトレードビジネスの他、事業投資など幅広いビジネスを展開している。

 同社は1996年、北米の現地法人の基幹システムとしてグループとして初めてSAPを導入した。そして2002年、北米で導入したSAPを基に開発した「G-SAP」をグローバルの40拠点に展開した。導入時のモディフィケーションおよび20年に渡る追加対応の複雑さから、将来的な新規ビジネスへの対応や安定的な維持運用を鑑みて、2019年に「SAP S/4HANA Cloud on Azure」(以下、S/4HANA)への移行を決定した。

 2019年より、北米拠点へのS/4HANA移行に着手し、以降は欧州やアフリカなど合わせて約15拠点で移行を終えた。現在はアジアやオセアニア、中国での展開を進めており、2025年11月までに全拠点での移行を完了する予定だ。

 基幹システムの刷新で障害が発生すれば、商品の在庫管理や客先の与信管理、決算業務ができなくなるといったトラブルが生じ、業務への影響は計りしれない。伊藤忠はどのようにしてS/4HANAへの移行に成功したのだろうか。移行を主導した伊藤忠のIT・デジタル戦略部の部長とプロジェクトマネジャー(PM)、テストを主導したソリューションベンダーの代表に話を聞いた。

プロジェクトの長期化を防ぐ「テストの効率化」

 S/4HANAへの移行では、旧ERPのアドオンを引き継ぐ「ブラウンフィールド」ではなく、一般的に新規導入の際に採用する「グリーンフィールド」を採用した。システムの標準化(Fit to Standard)を基本方針に、業務プロセス全体のデジタル化を前提とし、将来のイノベーションを見据えた機能拡張と長期安定運用に資する基幹システムとするためだ。

 導入に当たって課題の一つとして挙がったのが「テスト工数の肥大化」だ。ビジネスプロセスや通貨、税金の要件が国によって異なることによってテスト負荷が増加し、約20人のプロジェクトチームで全てのテストを実施するのは難しい状況だった。手動のリグレッションテストではリリースごとに180時間以上が必要で、これを解決しなければプロジェクトが長期化する可能性があった。

 伊藤忠の浦上 善一郎氏(准執行役員 IT・デジタル戦略部長)は、手動テストについて以下のように語った。

伊藤忠 浦上 善一郎氏

 「全ての業務フローを想定してシナリオを書き出し、それを手動で実行するのはかなり負荷がかかる作業でした。会計、営業側の販売管理や購買管理、入金回収などのプロセスが含まれることからも、テストボリュームが非常に大きいことがご理解頂けると思います。また、国によって通貨や税金要件が異なることもテストを複雑にしました」

 そこで同社はTricentisのテスト自動化ソリューション、「SAP Enterprise Continuous Testing by Tricentis」(ECT)を採用した。ECTはモデルベースでテストケースを作成したり、AIでメンテナンス工数を削減したりできる「Tricentis Tosca」を中心としたパッケージだ。SAPのERPを含む160以上のサービスに対応し、自動化率を90%高められるという。

 実際、ECTの導入によってテストの実行時間は38%短縮され、総テスト工数は65%削減された。テスト工数を削減したことで、プロジェクトチームは基幹システムの成否に関わる重要な作業に時間を割くことができた。浦上氏はECTの使用感について「テストシナリオを画面上で視覚的に作成、確認できる点が非常に良かった」と語った。

 ECTがテスト工数を大幅に削減できた理由として、伊藤忠の清水麻美氏(IT・デジタル戦略部 全社システム室長代行)は「グローバルの業務フローを統一していた点」を挙げた。

伊藤忠 清水麻美氏

 「基本的にグローバル拠点の業務フローを全て同じにしています。そうすることで『この拠点であれば通貨はこう』『この拠点であればこの項目は必須』といった国別の違いは、ECTによる自動テストのデータのみを分けることだけで実現できました」(清水氏)

 グローバル拠点のS/4HANAをFit to Standardで導入したことがシンプルな分岐につながり、効果的なテストの自動化を実現した形だ。

 SAPは定期的にS/4HANAの新しいバージョンが提供しているため、ユーザーはアップデートをすることで新機能を利用できる。伊藤忠は基本的に2年に1回、グローバル拠点のアップデートを実施しており、そのテストでもECTを活用している。一方、国内本社のS/4HANAは別システムとしてアドオンが積み上がっているためグローバル拠点とは状況が異なり、テストを手動で実施するという課題は残った。

 Tricentis Japanの成塚 歩氏(代表執行役)は、アドオンが積み上がっている企業でもTricentisのソリューションは有効だと語る。

Tricentis Japan 成塚 歩氏

 「Tricentisのソリューションは、パラメーターやアドオン、セキュリティ関連の変更も検知できます。伊藤忠さまのようにグリーンフィールドで移行した企業だけでなく、ブラウンフィールドで移行した企業でも利用できるでしょう。ロールアウト、カットオーバー後の回帰テストにも活用できます」(成塚氏)

開発の内製化がプロジェクトを成功に導く

 ERPの導入には業務プロセスの見直しが伴い、周辺システムも含めて実行計画を立てる必要がある。その実行計画の策定やプロジェクトへのアプローチ方法を決定するのが伊藤忠のIT・デジタル戦略部だ。

 グループ各社が異なるニーズや課題を抱えているため、それぞれの状況に応じた計画を立てる必要がある。浦上氏は「システム開発を内製化して自分たちのプロジェクトとしてしっかりと捉え、ベンダーだけに任せるのではなく、ワンチームで進めることが大切」と話す。

 「システム開発を内製化して、伊藤忠の人間がPM(清水氏)を担当しているため、テスト一つをとっても『これはこう工夫した方がいい』と自ら考えるようになります」(浦上氏)

 内製化の体制を構築していなければ、ベンダーの提案を基にS/4HANAを導入することになる。ベンダーは既存手法の範囲内で効率化を試行錯誤するため、ECTのような選択肢が生まれない可能性がある。

 「ベンダーにだけ作業効率化の検討をお願いすると、彼らの慣れている手法、ツールの範囲内で検討をすることが多く、テスト自動化のためにツールを導入する必要性を感じない可能性すらあるのではと思います」(浦上氏)

 しかし、日本の企業が内製化を進めることは簡単ではない。米国はエンジニアの7割がユーザー企業に在籍し、3割がSIerに在籍しているという。日本では7割がSIerに在籍していると言われ、SIerがユーザー企業のシステム開発を主導するのが基本だ。浦上氏に内製化を推進する工夫を聞いたところ、内製化人材を育成するための「3つのキーワード」があると語った。

 「まず、ユーザーとコミュニケーションをとれる能力です。システム担当者がユーザーとコミュニケーションをとって業務を理解することが重要です。次に、プロジェクトを段取りするスキルです。われわれの仕事は全てプロジェクトであって、プロジェクト特性に合った柔軟性や計画力が求められます。最後に組織運営能力です。プロジェクトも組織の一部であるため、組織運営のスキルも求められます。この3つの要素を強化することで、伊藤忠は成果を得られました」(浦上氏)

 また浦上氏は「内製化はプログラムのコーディングのみを指すのではない」との見解を示す。

 「われわれの意図する内製化は、プログラムのコーディングまでは必要ないと考えています。ユーザーのニーズや要件を理解し、ソリューションを提案していく上流寄りのコンサルティングをしっかり実施し、プロジェクトを最後まで完遂するため、プロジェクトをドライブする力が必要と考えています」(浦上氏)

経営層と関連部署の巻き込みの重要性

 システム基盤を刷新する取り組みには経営陣の理解も欠かせない。しかし、情報技術の重要性を十分に理解していない経営者もいるだろう。浦上氏はユーザー企業から「経営陣に対してどのように説得するか」という質問を頻繁に受けているという。

 「経営陣には、『会社経営を判断するにはデータの整備が不可欠で、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進にも、データ基盤の整備が必要だ。これからのデータ活用時代にシステム基盤が会社経営に重要な役割を果たす』ことを強調していくことが理解を得るには有効とお伝えしています」(浦上氏)

 特にERP導入には、経営層だけでなく経理部門など関連部署を巻き込むことも重要だという。実際に伊藤忠がグローバル拠点でS/4HANAを導入する際、各拠点のCFO(最高財務責任)がプロジェクトオーナーとして意思決定やコミットメントに参画してもらっている。

 「企業によっては、経理部門が『システム導入は自分たちの仕事ではない』と考えているケースもあるようです。当部はグループ会社のシステム刷新プロジェクトにおいても支援の立場で参画していますが、その際にはグループ会社の経理・財務部門にもプロジェクトに参画するよう強く助言しています。業務とシステムの両輪の体制を整えないと、プロジェクトはうまくいかないでしょう」(浦上氏)

 基幹システムの刷新・移行におけるトラブルは頻繁に話題になっている。内製化、経営陣・関連組織の巻き込みが成功のヒントになるかもしれない。

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