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「ECCのほうが機能が良い」 S/4HANAのメリットと移行しない企業の言い分

ECCのサポート終了が迫る中、S/4HANAへの移行に関する競争が始まっている。S/4HANAの長所と短所、一部の企業が移行しない理由を解説する。

» 2024年08月06日 07時00分 公開
[Linda RosencranceTechTarget]

 2027年末に迫るSAPの「ERP Central Component」(以下、ECC)のメインストリームサポート終了の期限に向けて、SAPの顧客は「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)に移行するか、第三者サポートに依存するかを決定しなければならない。正しい決断をするためには、各企業のリーダーが自社のニーズに合わせてS/4HANAの長所と短所を検討する必要がある。

 以下は、S/4HANAの長所と短所、それらに基づく企業の事例だ。

S/4HANAの実際のメリット

 S/4HANAには、多くのメリットがある。調査会社のForrester Research Incのリズ・ハーバート氏(バイスプレジデント兼プリンシパルアナリスト)は、次のように述べた。 

 「S/4HANAの長所は、EPRの近代化や柔軟で適応性のあるシステム、若い従業員が働きたいと思う理由、組み込みの分析機能、セルフサービス型のレポーティングなど、現代のシステムが提供する多くの要素に関連している」

 ハーバート氏によると、S/4HANAの組み込み分析機能により、企業はデータをリアルタイムに活用して迅速に意思決定できるようになる。例えば、在庫不足をより正確に予測し、不足に対処するための行動を可能とする。

 これらの最新の機能は、AIモデリングやプロセス自動化と同様に、S/4HANAへの移行をする多くの企業にとって魅力的だ。

 オランダのヴェンロに拠点を置き、中小企業および個人向けの印刷およびデジタルマーケティングサービスを提供するVistaprintは、S/4HANAへの移行によって得られるメリットが努力に見合うと判断した。同社は、2020年4月からS/4HANAでの稼働を開始した。

 Vistaprintのムクル・アグラワル氏(テクノロジー部門のディレクター)によると、同社はSAP ECCを13年間運用してきたが、売上に関するトランザクションを処理できなくなっていたという。また、リーダーたちは、顧客だけでなく、社内ユーザーのエクスペリエンスも向上させたいと考えていた。アグラワル氏は「S/4HANAに移行することで、財務やサプライチェーン、セールス、分析の目標を達成し、さらに多くの成果を上げられた」と述べている。

 この移行により、Vistaprintは幾つかのサードパーティー製の分析アプリケーションを廃止した。S/4HANAに組み込まれた分析機能により、ユーザーはERPでレポートを直接操作できるようになった。これはECCにはなかった機能だ。

 アグラワル氏によると、データにリアルタイムにアクセスすることで、Vistaprintは顧客のニーズを満たすために、より迅速な意思決定をできているという。また、「Fiori」という現代的なWebベースアプリを提供するプラットフォームにより、Vistaprintのユーザーは全てのデバイスやビジネスタスクにおいて現代的で役割に応じたユーザーエクスペリエンスを享受できているようだ。例えば売上注文の作成などが含まれている。

 アルタ州カルガリーを拠点とする建設企業のGrahamもS/4HANAに移行した。

 Grahamのマット・グランブリッカ氏(ITおよび企業向けアプリケーションを担当するバイスプレジデント)によると、同社は2013年からECCを運用しており、2018年の春にS/4HANAに移行したという。移行の主な理由は、SAPが提供する最新のテクノロジーに適応し続けるためだった。

 グランブリッカ氏によると、S/4HANAは請求システムの精度を高め、遅延を減少させたという。Grahamは、ECCから収集したデータからレポートを作成するために「SAP Business Warehouse」を使用していた。特定のプロジェクトで毎日必要とされる請求書の作成は、手間のかかるプロセスであり、最大で2時間かかることもあった。今では、S/4HANAを使って数分で完了できている。

サポートとロードマップの問題

 サポートとロードマップの問題は、S/4HANAとECCの問題に大きく影響する。

 ECCを使用する場合、時間経過とともに古くなっていくソフトウェアを使用することのリスクが伴う。これには、セキュリティパッチを含むSAPからのサポートがないことも含まれる。その結果、財務データや人事データ、その他の規制対象データが脆弱(ぜいじゃく)になる可能性がある。

 S/4HANAには、サポートに関する問題もある。

 調査企業であるGartnerのリサーチディレクターであるイローナ・ハンセン氏によると、本記事の時点で、SAPは、S/4HANA Cloudをサポートし、ECCからS/4HANAへの移行を支援するための実装や移行のロードマップを提供しているという。

 一部の顧客は「RISE with SAP」に頼っている。これは、マネージドクラウドインフラストラクチャとマネージドサービスを一つの契約にまとめたサブスクリプションサービスだ。

 バージニア州を拠点とする調査企業のValoirのレベッカ・ウェッテマン氏(プリンシパル)によると、大企業がS/4HANAへの移行を選択するもう1つの理由は、SAPと協力して製品のロードマップに影響を与え、望む機能をより迅速に得る機会があるためだという。

S/4HANAへの移行のデメリット

 S/4HANAには幾つかのデメリットがあり、企業によってはECCにとどまる方が賢明な選択に思える場合もあるだろう。

 以下は、一般的に指摘されるS/4HANAのデメリットである。

  • 財務とロジスティクスに関連するS/4HANAの機能は成熟しつつあるが、一部の機能はSAP ECCほど成熟していない
  • 導入は複雑で、時間とコストがかかる
  • S/4HANAは「SAP HANA」(以下、HANA)データベースでしか実行できない

 T-Mobileは、S/4HANAへの移行を遅らせている企業の一つだ。

 2018年頃、T-MobileのリーダーたちはECCからS/4HANAに移行しないことを決定したと、キース・ジークフリード氏(T-Mobileの製品および技術担当シニアディレクター)は述べた(本稿執筆時点)。同社はSAPとの契約を終了し、ECCのサードパーティーサポートをリミニストリートに依頼した。

 S/4HANAへの移行にかかる費用はT-MobileがECCにとどまることを決定した要因であったが、それが主な動機ではなかったと同氏は言う。

 「当社が行動を起こさなかった理由の一つは、スプリントとの合併を最終的に実行しようとしていたことだ」とジークフリード氏は語る。

 ジークフリード氏によれば、合併時にS/4HANAへの移行によって生じる混乱はT-Mobileが引き受けられる範囲外だった。また、T-Mobileは、環境内で大量のコードカスタマイズをしていたため、ECCとの契約を継続することにした。

 「SAPに提出されたチケットの多くは、SAPがサポートしていないカスタムコードに関するものであった。カスタムコードであるために、問題の一部がどこにあるのかを実際に解決できないサポートに、多額の費用を支払っていた」(ジークフリード氏)

 ジークフリード氏は、カスタムコードのせいで使えないサービスに料金を払っていたため、それが企業にとって大きなリスクだったと語る。

 しかし、将来的にはS/4HANAや他のERPへの移行に移行することは確実だと氏は述べる。

 新しいERPに移行するには新しいビジネスプロセスが必要だ。ハンセン氏によると、ビジネスプロセスの再発明やERPの改良は簡単ではなく、ビジネスケースの構築も難しいため、一部の組織ではECCの運用を継続している。また、あらゆるテクノロジーと同様に、考慮すべき財務投資もかなりあるという。

 S/4HANAはHANAデータベースのみ実行できるが、ECCはHANA(Suite on HANAと呼ばれる)およびOracleなどのサードパーティーデータベースで実行できる。

 ECCを継続することを選択すると移行費用は非常に大きくなる。ハーバート氏は「一部の組織、特に大企業は、費用が高額なため、S/4HANAに移行する余裕がない」と語る。こうした企業の場合、移行には数千万ドル、場合によっては1億ドルの費用がかかる可能性がある。

 また、業界が安定しておりユーザーがECCに満足している企業などは、S/4HANAなどのより適応性の高いリアルタイムの最新システムを導入してもメリットが得られない可能性があると彼女は述べた。

 成熟度の欠如ももう一つの要因である。

 ウェッテマン氏は「S/4HANAはまだ比較的新しいアプリケーションであり、ロードマップも開発中であるため、組織は実装を望まないかもしれない。ECCほど成熟しておらず、機能の幅も広くない」と述べる。

 T-Mobileと同様に、シカゴ大都市圏のメトロポリタン水再生地区(MWRD)もS/4HANAを実装しないことを選択した。2018年頃、MWRDはECCにとどまり、Rimini Streetによるサードパーティーサポートに移行することを決定したと、MWRDのCIO(最高情報責任者)を務めていたジョン・サダス氏は述べている(本稿執筆時点)。

 MWRDが2018年6月30日(現地時間)にSAPとの保守契約を終了する前に、サダス氏はS/4HANAに移行する機会を得ていた。

 「SAPはわれわれをS/4HANAの方向に押し進めようとしていたが、われわれが見た限りでは、その製品は十分に成熟していなかった」とサダス氏は言う。「その市場内で移行をした人は十分にいなかったし、公的機関であるわれわれには、大規模な実装をするチャンスが一度しかない」

 MWRDがS/4HANAへの移行を決定しなかったもう1つの理由は、MWRDがECCを大幅にカスタマイズしていたため、移行が非常に困難になる可能性があったためだとサダス氏は述べている。

S/4HANAに移行するか、ECCをサポートするか?

 SAPがS/4HANAに巨額の投資をしていることは明らかだが、組織にとっての課題は、ECCからS/4HANAへの移行が自社にとって意味があるかどうか、またいつ移行するかを判断することだ。これは非常に複雑な決定であるとウェッテマン氏は言う。従って、各企業は、最新技術の必要性とS/4HANAがもたらすメリットを、新しいシステムの実装コストと移行のデメリットとバランスよく検討する必要がある。

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