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人的資本経営が「人事評価システム」の変革を後押し トレンドや選定ポイントを解説

企業の人事部門を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化している。人事評価のトレンドや、人事評価におけるAI活用、人事評価システムの分類や選定ポイントを解説する。

» 2024年11月04日 10時00分 公開
[指田昌夫キーマンズネット]

 企業の人事部門を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化している。最も大きな出来事が人的資本の開示義務だ。人的資本情報の重要性が世界的に高まる中、日本でも2023年3月期の決算より、従業員数4000人以上の上場企業は有価証券報告書に人的資本についての開示が義務付けられた。

 開示内容に決められた書式などはないが、政府のガイドラインでは人材やエンゲージメント、健康・安全などの7分野、19項目の開示項目を示しており、各企業は自社の業態に合わせて開示項目を設定している。

 人的資本情報の開示義務化に対応するため、企業では人事データの整備と情報可視化のためのシステム導入が進んでいるが、別の目的もあるという。人事評価のトレンドや、人事評価におけるAI活用、人事評価システムの分類や選定ポイントを解説する。

人的資本経営が人事評価システムの変革を後押し

 人事管理、タレントマネジメントシステムを提供しているカオナビの青柳 歩氏(エンタープライズビジネス部 エンタープライズセールス1グループマネジャー)は、この流れを次のように分析する。

 「企業が人的資本をどう活用しているかは、単に投資家などのステークホルダーへの開示義務のためだけでなく、これから企業に入る求職者が企業選びの参考にするなど、さまざまな領域で活用されはじめています。企業にとって人材の情報を管理し、活用することは、それだけ重要度を増しているということです」

 加えて大手企業は、これまで人材の情報は企業単体で管理していたが、昨今はグループ全体の人事情報を把握したいというニーズが高まっているという。

 「少子高齢化による人材不足への対応として、従業員が外部に転職する前に、グループ内で人材が活躍できる場を提供したりシニア層の活躍の場を広げるたりするために、グループの人材情報の共有と活用をするという潮流が生まれています」(青柳氏)

 新たな人事制度としては、OKR(Objectives and Key Results)やノーレイティング(ランク付けをしない人事評価)などの仕組みが注目されている。こうした制度の定着率について、青柳氏は次のように分析する。

 「OKRなどの制度を採り入れる企業が増えているのは事実ですが、実際にそれらを導入して成果を挙げている企業はまだ少なく、試行錯誤が続いている状況です。やはり従来のMBO(目標管理)、コンピテンシー(能力や行動特性)などの評価制度を使いながら、その妥当性を改めて検討しています。期初から期末に至る過程で従業員とコミュニケーションを深めているか、納得度を高めているかといったことを意識する企業が増えています」

 傾向として、上司が部下を一方的に評価するのでなく、相互に多面的な評価をする「360度評価」を採り入れる企業も増えており、スキル習得、強化の面でも取り組みが進んでいる。従業員のスキルレベルを管理し、時代に合わせたリスキリングを実施する企業が増加しており、「スキルを人事評価に結び付け、制度に落とし込むには課題が多いですが、まずは従業員の育成の観点から始めている企業が多いと思います」と青柳氏は語る。

人事評価システムへのAI導入は慎重さが必要なのか

 このように人材活用、人事制度のトレンドに変化がある中、企業の人事部門が人事評価、タレントマネジメントシステムに求める機能も変わってきている。

 「大きな変化として、従来の人事評価システムが人事部門の業務を効率化することを主眼に置いていたものだったのですが、そこから徐々に、従業員のエンゲージメント向上、スキルの活用につなげることを意識する企業が増えてきています」(青柳氏)

 具体的には、従業員がこれまで務めてきた業務の情報や過去の評価を蓄積し、条件を指定して検索できるようにするデータベース機能や、従業員との面談を管理する機能などへのニーズが高まっているという。

 また、評価に客観性を持たせるため、評価者を把握した上で評価のバランスを取る機能の追加も進められている。「絶対評価だけで多数の従業員のスコアを付けてしまうと、例えばAさんとBさんを比べたとき、Aさんが本来は評価が高いはずなのに、Bさんのスコアが上回ってしまうようなケースが発生します。この問題に対応するため、当社の機能で『甘辛調整』と呼んでいるのですが、どの部署の誰がどんな評価を付けているのかを可視化することで、全体を俯瞰した評価に調整できます」(青柳氏)

 従来こうした調整は、人事評価システムからデータを取り出し、表計算ソフトなどを使って人事部の従業員が手作業で実施していることが多かった。しかし、一度システムから取り出したデータを年度別のフォルダで管理するなどの運用には手間がかかる。調整プロセスもシステムに含めることで、評価結果の履歴を保存したまま、将来の評価にも生かせる。

 また、昨今話題のAIを人事領域にも活用しようという取り組みも始まっている。例えば、組織や個人の目標をAIが自動で生成して、評価プロセスの効率化を狙うツールも登場している。

 そんな中、カオナビは現在のところ、人事領域へのAIの投入について慎重な姿勢を見せている。

 「例えば目標をAIで自動生成しても、最終的には上司と部下の間でコミュニケーションをとって確認する必要があります。業種業態、従業員個々のミッションの違いによっても目標の内容には揺らぎがあるため、一様に自動化できるものではないと考えています」(青柳氏)

人事評価システムの分類

 多くのITベンダーから発売されている人事評価システムは大きく3つのグループに大別できるという。

 1つ目は、ERPベンダーが自社製品に付随した人事システムを提供しているケースだ。基幹システムであるERPと人事評価システムを連携でき、給与や勤怠のシステムとデータ連携がしやすいメリットがある一方、ERPと共通のインタフェースを採用するような製品では、ややユーザーインタフェース(UI)が親しみやすくはない場合もある。また導入コスト、運用コストとも、比較的大きな予算が必要となる。

 2つ目が、人事評価の業務に特化したSaaSだ。評価だけに機能を絞り込んでおり、手軽で安価に導入できるのが最大の特徴だ。手軽な半面、機能が限定されていて柔軟なカスタマイズはできない場合が多い。機能特化が特徴だったこのジャンルだが、最近は評価だけでなく、過去の評価を保存できるデータベースを持つなど、プラスの機能を備える製品も登場している。

 そして3つ目が、タレントマネジメント製品に人事評価の機能を加えた、カオナビのような製品ジャンルだ。人事評価の先に、タレントマネジメントの導入を目指している企業にとって使いやすいシステムとなっている。

 それぞれのジャンルには特徴があるので、自社の導入目的やシステムの状況に合わせて選ぶ必要がある。

人事評価システムを選ぶ3つのポイント

 人事評価システムの選定に当たって注意すべきことは何か。青柳氏は、3つのポイントを説明する。

人事制度を再現できるかどうか

 「最も重要なのは、自社の人事制度を再現できるかどうかの判断です。人事制度はその会社が長年培ってきた重要な仕組みであり、システムが制度に対応しきれない場合、問題が起きます」

 ERPの導入などでは、システムに社内の業務プロセスを合わせることが成功の秘訣といわれるが、人事領域の場合、システムに合わせて制度を根本的に変更することは非常に難しい。システムが制度に対応しきれない場合、結局データをシステムから抜き出して手作業するといったプロセスが必要になるなど、手戻りが発生しかねない。現状の人事制度だけでなく、将来的に制度を改変する場合にも柔軟に追従できるシステムであることが望ましい。

全ての従業員が扱えるかどうか

 第2の選定ポイントとして、「システムが誰にとっても使いやすいこと」を青柳氏は挙げる。「人事評価システムは、社内の全ての従業員が扱うシステムです。操作が直感的に分かるものでなければ、企業全体の生産性が低下するおそれがあります」と同氏は語る。現場で働く従業員が多い企業では、人事評価システムをPCだけでなくスマートフォンやタブレットで操作することも想定されるため、マルチデバイスで優れたUI/UXを提供できることが求められる。

 使いやすいシステムを開発するためには、UI/UX専門のデザイナー、エンジニアによる設計が必要だ。そのため、第1のポイントである自社の人事制度へのフィット度合いを重視するあまり、完全にカスタマイズしたシステムを自社開発してしまうのは、使い勝手の面で問題になる。同様に、海外ベンダーの製品の場合、そもそも機能の意味が日本企業の人事制度と異なる場合があり、利用するには各機能を日本語に読み替える必要がある。

 「ボタンの位置や意味など、UIに関わる部分の不満はシステムの稼働率に大きく影響します。直感的に操作できることが、人事評価システムの選定では重要項目です」(青柳氏)

プラスアルファの機能が必要かどうか

 そして第3のポイントが、従業員のエンゲージメントを高められる仕組みが搭載されているかどうかだ。

 「コロナ禍によって働き方が多様化し、そのままでは従業員の企業への帰属意識は薄れる傾向にあります。そのため、ただ従業員を評価するだけでなく、評価の情報を基にエンゲージメントを向上させることができないか、企業は模索しています」(青柳氏)

 例えば、評価情報を使ってハイパフォーマーを分析したり、適材適所の人材活用に生かしたりするなどの使い方が想定される。従業員の能力と評価を連動させることで、客観的なデータを用いた納得性の高い人事制度の運用ができれば、エンゲージメントを向上させられる。限られた人材の流出を防ぎたい、人事部門のニーズに継続的に応えていける製品といえるだろう。

 ただし、最低限の人事評価機能を導入すればいいという段階の企業では、この第3の要件はひとまず考慮する必要はないという。

 これら3点の選定ポイントに加えて、人事評価システムは、社内の基幹システムの給与計算機能との連携や、システムに保存されている従業員の基本的な人材情報との連携が不可欠である。これらがスムーズに接続可能かどうかもチェックしておきたい。

 人事評価、タレントマネジメントシステムは、人事業務の効率化、ペーパーレス化に対しては明確な改善が期待できるものであるため導入効果は非常に高い。エンゲージメント向上への展開は始まったばかりの中、人的資本の活用は企業にとって最重要事項の一つであり、企業の声を生かしたシステムの改善が急ピッチで進んでいる。まずは、自社の人事制度との整合性を第一に検討し、社内の誰にでも使いやすいシステムを次の条件として、導入を検討してみてはいかがだろうか。

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