レガシー化したオンプレミス型ERPによる課題に直面したU.S. Sugarは、SAP S/4HANA Cloudへの移行を慎重に計画し、条件が整ったと判断した時点でRISE with SAPを選択した。選定の理由やシステム構成、プロジェクトの進捗などを紹介する。
米国の大手農業企業であるU.S. Sugarは、レガシー化したERPシステムを近代化するために、「RISE with SAP」を活用して「SAP S/4HANA Cloud」(以下、S/4HANA Cloud)への移行を推進している。
2021年に登場したRISE with SAPは、オンプレミス型のERPを使用している顧客に対して、クラウドへの移行を容易にする手段を提供している。顧客が選択したハイパースケーラーでのERP導入を、SAPが単一のベンダーとして管理する形だ。
U.S. Sugarはレガシー化したERPをどのように脱却しているのか。「SAP S/4HANA Cloud Private Edition」を選んだ理由やシステム構成、プロジェクトの進捗(しんちょく)などを紹介する。
ERPの大手であるSAPは、RISE with SAPの勢いを理由にクラウドの売上が好調であると主張している。2023年にSAPは、イノベーションを推進する手段としてRISE with SAPを位置付け、生成AIのような技術をRISE with SAP経由でのみ利用できるようにした。
しかし、RISE with SAPの勢いが停滞しているという証拠もある。調査企業であるGartnerは、2023年第3四半期にS/4HANA Cloudの売上の71%を占めていたRISE with SAPの売上が、2024年第2四半期には41%にまで減少したと報告している。
このような状況であるが、U.S. SugarでITや福利厚生に関する業務を担当するカール・ストリンガー氏(バイスプレジデント)は「RISE with SAPはU.S. Sugarに対して、適切な時期に適切なサービスパッケージを提供した」と述べた。
フロリダ州クルーイストンに本社を置くU.S. Sugarは、米国大手の農業企業の一つだ。同社はサトウキビを栽培、収穫し、製糖所に運ぶ。それらのサトウキビは、製糖所で精製および包装されてバルク販売や小売販売される。サトウキビはフロリダ州の34の独立した農家から調達され、同社が最近取得したフロリダとジョージア州サバンナにある2つの製糖所のどちらかに送られる。
ストリンガー氏は「U.S. Sugarは1931年に設立され、業務を管理し、ビジネスプロセスを推進するためにITへの投資をしてきた」と述べている。2007年に、同社は分散型の非ERPアプリケーションシステムから、統合されたオンプレミス型の「SAP ERP Central Component(ECC)6.0」(以下、SAP ECC)に移行した。
「15年ほど前まで、農業はハイテクビジネスではなかったが、私たちはテクノロジーを戦略的な推進力と捉えている。私たちは、農業の領域、工場、ビジネスの中核となるITに多くの投資をしている」(ストリンガー氏)
U.S. Sugarは、給与計算や財務、会計を含む主要なビジネスプロセスにSAP ECCのコア機能を使用している。ストリンガー氏によると、同社は資産集約型の企業であるため、倉庫内で「SAP EnterpRISE Asset Management」を使用しているとのことだ。
SAP ECCを導入した当時、U.S. Sugarの生産プロセスに対応するSAPのアプリケーションは存在しなかった。そのため、SAP ECCと統合できる独自の農業アプリケーションを社内で開発した。
「私たちが社内で開発した高度なカスタムプログラムは、サトウキビの物流を管理するものだ。それは工場における消費量と収穫量を照合し、鉄道輸送の物流と結び付けて、アラートや予測、将来の分析、雨天時のリセットのような機能を提供する」(ストリンガー氏)
また、SAP ECCは、品質や価格設定、契約条件に関するデータを提供するラボ型の情報ポータルを介して、生産者にも拡張された。これによってU.S. Sugarは、オペレーションの自動化や分析を含む高度な農業アプリケーションを開発するためにSAPと連携することになった。
しかし、2015年頃にはSAP ECCがレガシー化し、U.S. Sugarはクラウドへの移行を中心としたアップグレードを検討し始めた。ストリンガー氏によると、同社はSAPに慣れているため、他のERPへの移行はリスクが大きいと考え、深く検討しなかったという。
一方、クラウドへの移行はリスクが大きいとの考えもあり、同社はS/4HANA Cloudへの移行を積極的に検討してこなかった。U.S.Sugarはハリケーンの多いフロリダの中央に位置しており、当時は安定性と信頼性に優れたインターネットの高速接続が期待できなかったためだ。また、初期のS/4HANA Cloudは十分な機能を備えていなかった。
「私たちはオンプレミス型の使用を続け、インターネット接続が改善されることを期待して、S/4HANAへの移行に時間をかけることにした。また、SAPが製品に大幅な変更や強化を加えるだろうと予想しており、他社がどのようにS/4HANAを導入したのか、インテグレーターがどれほど熟練しているかを確認したいと考えていた」(ストリンガー氏)
2021年にU.S.Sugarは移行を再び検討し始めた。当初は「SAP S/4HANA」をオンプレミスで運用することを考えたが、最終的にはS/4HANA Cloudを選んだ。もう一つの重要な要因は、2022年にU.S. Sugarがジョージア州サバンナにあるImperial Sugarを買収したことだ。ストリンガー氏によると、この施設では、Oracleが所有するPeopleSoftの旧式のオンプレミス版が使用されていたという。2つの施設が異なる州にあることで統合の課題が生じ、PeopleSoftのシステムの置き換えが必要だったため、クラウドの選択肢がより魅力的になった。特にRISE with SAPの登場は決定的だった。
「RISE with SAPは完全に統合されたプラットフォームで、真の意味でのSaaSだ。RISE with SAPの登場前は、ホスティングやサポートを全て自分で手配しなければならなかった」(ストリンガー氏)
ストリンガー氏は、RISE with SAPは成熟したソリューションであり、AIや持続可能性機能の導入が見込まれるため、オンプレミスのままではイノベーションが行き詰まる可能性があるため、クラウド移行に最適な選択肢だと説明した。企業がプロセスを簡素化し、ベストプラクティスに沿ってクラウド対応システムを構築するという、SAPの「クリーンコア」コンセプトにも触れた。
「私たちはAIに大いに興味があったが、データが外部環境からクラウドへ漏れるリスクを心配していた。それが、SAPがRISE with SAPやクリーンコアアプローチを採用した理由であり、AIを利用しても安心してデータの正確さに自信が持てる」と同氏は述べた。
US Sugarは2024年7月にRISE with SAPを契約し、プロジェクトを2段階に分けて進行している。第1段階は給与計算と人事機能の展開で、2025年第1四半期に稼働予定だ。第2段階は「S/4HANA Cloudプライベートエディション」の本格導入で、2025年春に開始し、同年第4四半期に稼働する予定だ。
ストリンガー氏は、US Sugarがパブリッククラウド版の「Public edition」ではなくプライベートクラウド版の「Private Edition」を選んだ理由について、「アップグレードとテストのスケジュールをより細かく管理したいと考えたためだ」と説明した。同社は、技術的なリフト&シフトアップグレードにするかどうか、ビジネスプロセスの統合を進めるかどうかについても検討を重ねたという。この支援として、SAPのビジネスプロセス分析ツール「SAP Signavio」を導入したと述べた。
「Signavioを使ってSAP ECCのプロセスとS/4HANAのベストプラクティスを比較し、重複部分や改善点を把握できる」とストリンガー氏は説明した。
S/4HANA Cloudへの移行により、ビジネスアプリの設計システム「SAP Fiori」によるインタフェースなど最新のユーザー体験を実現し、SAP ECC以上のメリットが期待している。
US SugarはRISE with SAPを通じて、「SAP Sustainability Control Tower」や「SAP Business Technology Platform」など、持続可能性データの管理やワークフロー、開発ニーズに対応するツールも利用している。加えて、「SAP Intelligent Agriculture」も利用し、農業ビジネスの最適化アプリケーションの共同開発に参加しているという。
「AIを使った収穫スケジュールや肥料散布などの機能をテストする予定だ。独自のモデルを用いて、それを他社には漏らさずにインテリジェント農業に組み込むことができる」(ストリンガー氏)
同氏によれば、この移行プロジェクトは組織の各レベルから強く支持されており、特にサバンナ製油所の従業員はPeopleSoftからの移行に向けた準備を進めている。しかし、同社は移行の成功に向けて変更管理に真剣に取り組んでいる。
「この移行を成功させるには、多くの時間と労力が必要だ。サバンナでは特に、古い技術から最新のクラウドベース技術へ移行を進めている」(ストリンガー氏)
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。