富士通ゼネラルは、長年使い続けたシステムが「昭和100年」に当たる2025年にエラーを起こすことが分かり、2024年末までに基幹システムの刷新を迫られていた。システムの本稼働が遅れるかもしれない状況の中、どのようにプロジェクトを成功に導いたのか。
富士通ゼネラルは、家庭向けや業務用のエアコンなど空調機器を製造販売するメーカーだ。家庭向けエアコンは「ノクリア」の愛称で知られている。グローバルに事業展開しており、従業員数はグループ全体で8765人、売上高は2024年3月期で3165億円、海外売上比率は74%と高い。空調機器の売り上げが全体の73%を占めており、他に情報通信機器、電子デバイス事業を手掛けている。
同社では長年使い続けたメインフレームが「昭和100年」に当たる2025年にエラーを起こすことが分かり、2024年末までの基幹システム刷新が必須だった。しかし、刷新プロジェクトは思わぬ問題に直面し、システムの本稼働が遅れるかもしれない事態に追い込まれた。
2024年7月に都内で開催された「SAP NOW Japan」の事例講演で、富士通ゼネラルの鈴木 年氏(IT統括部 ERP推進部 部長)が、自社のERP刷新プロジェクトについて説明した。鈴木氏はどのようにプロジェクトを成功に導いたのか。
鈴木氏は、「当社の事業活動から得られる物理データを、デジタル技術を使って分析、予測し、お客さまや社会に循環させることで価値を生み出すことが、今後求められるビジネスモデルと認識している」と話す。
だが、同社の情報システムはそれに応えられるものではなかった。「他社が2000〜2010年代前半に基幹システムの刷新を進めていた中で、当社は更新せず塩漬けにしてしまった。このIT負債が、数々の問題を引き起こしていた」と鈴木氏は語る。基幹システムはCOBOLで書かれたメインフレームで動いており、バッチ処理が中心だった。経営情報の収集や分析には表計算ソフトを使い、タイムリーな対応ができていなかった。
古いシステムに付きものである属人化した運用体制、ベテラン従業員の引退によるブラックボックス化なども問題だった。基幹システムの柔軟性が低いことから、長年にわたり周辺システムを多数構築してきたことで、管理は煩雑さを極めていた。
特に、一部のシステムは「昭和歴の2桁」で制御しているものがあり、「昭和100年」に当たる2025年にシステムがエラーを起こすことが分かっていた。世に言われる2025年の崖とは異なるが、同社にとって2025年までに基幹システムを刷新することは必達の課題となっていた。
そのため同社は、2024年末までに基幹システムを刷新し、業務改革とビジネスモデル変革をすることを決定した。
新たな基幹システムは、守りのITを目的に競争優位性のないバックオフィス業務の標準化、シンプル化を実現し、データ活用の基盤を構築する。その上で攻めのITとして、顧客接点やLTV(顧客生涯価値)最適化などを実現する方針が出された。
「基幹システムの刷新では、従来のCOBOLをマイグレーションすることも検討したが、それでは業務やシステム構造を変えることができないため見送り、クラウドERPの導入を決断した。ベンダーは豊富な実績から、『SAP S/4HANA Cloud』を選定した」(鈴木氏)
新基幹システムの構成は、経営情報領域と事業個別領域の2層で管理することとした。第1層はグローバルの経営情報管理、全社マスターの一元管理、連結経営に関する指標管理、人事管理などを担う。第2層は、国内空調事業の販売と購買管理、情報通信システム事業、電子デバイス事業の実績を管理するシステムをERPで構築し、日本国内の決算をERPで実施することを、システム刷新の目標とした。
「ERPの導入に際して、まずトップダウンによる価値観の提示と、全社横断の構造改革が必要だと判断し、最初にトップにヒアリングを実施した。トップの戦略からはじまり、組織、制度とルール、データ、業務プロセス、ITという順で、6つの要素を標準化していく方針で構造改革を進めた」(鈴木氏)
プロジェクトは2021年7月にスタートし、27カ月間をかけて2023年10月の本稼働を目標に進められた。従来の基幹システムは、前述の通り2024年末までしか使用できない機能があるため、その1年前までに切り替えることを目標とした。
「当初は2024年1月の稼働を計画したが、それだと2024年3月期の本決算の作業時期と重なるため、3カ月前倒しした」(鈴木氏)
プロジェクトは構想策定までは順調に進んだ。しかし、要件定義の段階で思わぬ問題に直面する。業務要件が収束しない事態に陥ったのだ。「パッケージベースで業務プロセスや業務機能を定義していった。しかし、結局『現行踏襲、現行保証』で業務プロセスとシステムを考えてしまい、現行通りにならない部分をアドオンで埋めることによって開発期間が延びるリスクが顕在化した」(鈴木氏)
また、ユーザー部門が従来のシステムに不満を持っていなかったため、システム刷新プロジェクトへの意欲が高まらなかったことも問題だった。「業務改革のためでなく、システム更新が目的となる恐れが出てきた。プロジェクトチームに業務、経営、ITをコーディネートするスキルが不足していたことも原因の一つだった」と鈴木氏は振り返る。
このままでは、新しいシステムの本稼働が遅れるかもしれない。そう考えた鈴木氏のチームは、計画全体の見直しを検討する。「当初の『プランA』は、業務改革とIT基盤刷新を一気通貫で進める予定だったが、どれだけ開発を延ばせばうまくいくかが全く読めない状況になってしまった。そこで、まずIT基盤刷新を納期必達で進め、その後業務改革に着手する『プランB』に移行することとした」(鈴木氏)
本来、業務とITは同時に変えることが望ましいことは分かっていたが、全社の改革マインドの薄さ、大型プロジェクトにおける推進力不足が懸念され、2段階のステップを採ることとした。
このプランBで進めるに当たり、プロジェクトの進行状況について適時にステアリングコミッティーが承認を取りながら進めることとした。また社内のITスキル向上のため、SAPの技術者をキャリア採用した。導入に際しては、納期までの稼働を必達とするため、業務が回る最低限のレベルを見極め、クリティカルな実行形プロセスを最優先に開発し、それ以外の管理系プロセスは後回しにした。
プランBを採用したことで、結果的にプロジェクトの稼働時に描いていた経営への貢献を実現できなくなった。そのため、鈴木氏のチームは「期待値のコントロール」に力を注いだ。
「まず、新業務プロセスでの業務の成立性を検証し、実行系や管理系の機能、顧客要件など、重点ポイントを明確に仕分けした。次にシステム化のスコープを絞って、対象業務の特定、データ移行の範囲など、幹と枝を見極めた。プロジェクトマネジメントを徹底し、全員がリーダーシップを発揮して取り組んだ」(鈴木氏)
実際にどれだけの絞り込みを実施したのか。例えばインタフェースはEDIサービスを利用するなど共通化を進めて開発量を減らし、従来の256機能を約半分の138機能に削減した。同様にアドオンも外部の顧客や法制度への対応などに絞り、64個を34個に半減。さらに画面や出力帳票も、標準画面でのオペレーションを徹底したことで、顧客向けのわずかな帳票のみを作成し、全体の95%を削減することに成功した。
こうした業務プロセスの大幅な見直しによって、新基幹システムは予定通り2023年10月に本稼働できた。以降、重大な障害は発生していない。稼働から半年後の2024年4月以降は、SAP導入ベンダーの力を借りず、自社で運用している。
「稼働直後の課題は、アドオンを大幅に減らしたことで、現場から出ていた不満に対応することが必要だったこと。投資対効果を考え、必要なものを外付けでローコード開発することで、『SAP BTP』(Business Technology Platform)を利用する開発が始まっている」(鈴木氏)
現在はプランBで後回しにした業務改革(BPR)に着手している。
「SAPの業務プロセスに合わせるだけでも一定のBPR効果は出ている。しかし当社が目指しているのは、ルーティン業務の割合を大幅に減らし、戦略系業務に当てることだ」と鈴木氏は言う。具体的な目標は、社内BPO化の推進など合理化を進め、ルーティン業務の割合を従来の90%から40%に圧縮し、戦略業務を10%から60%に拡大することを掲げる。
業務改革と同時に、データ活用にも注力する。SAPの稼働によって企業の活動データが整備されつつあり、今後はデータベース、活用のためのアプリケーションを充実させていく。「これからのデータ活用はAIを用いた分析が中心になる。また顧客接点強化などもサポートしていく」(鈴木氏)
鈴木氏は最後に、「レガシー更新の先送りは経営リスクだ。特にITの技術的負債は早期に解消すべきだと思っている。またERPの刷新は難易度が高いプロジェクトになるため、期待値のコントロールが重要だ。SAP BTPをセットで導入することで、小さく産み、大きく育てることができると思う」と語った。
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