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スノーピークの子会社が明かす、データ活用が「うまくいく組織」「いかない組織」の違い

データ活用を進められない組織は、目的を明確にせずに手段に悩んでいたり、プロジェクトを停滞させる文化の改善ができていなかったりする。本記事では、目的から逆算して始めるデータ活用と組織文化の改善について紹介する。

» 2025年10月17日 10時00分 公開
[キーマンズネット]

 データ活用に課題を抱えながらも、どのように進めるべきなのか分からずに二の足を踏んでいる企業は多い。データの種類や収集方法をはじめとして、データ活用にはさまざまな困難がある。

 アウトドア用品メーカーのスノーピークの下で企業向けソリューション事業を手掛けるスノーピークビジネスソリューションズの坂田真也氏(代表取締役社長)は「データ活用はあくまでも手段です。まずはデータ活用の出発点について改めて考えてみましょう」と話す。

 本記事は、2025年9月に開催されたアイティメディア主催のセミナー「変わる情シス 2025夏」で坂田氏が講演した「顧客の人生価値から始めるデータ活用と組織づくり」を基に、データ活用の目的と進め方について解説する。

データ活用は何から始めるべきか

 新潟県燕三条発のアウトドアブランドであるスノーピークは、社会的使命として「人間性の回復」を掲げている。文明の発達に反比例するように失われていく人間性を、野遊びで回復させるためにビジネスを展開しているのだ。

 坂田氏はスノーピークビジネスソリューションズの代表を務めると同時に、スノーピークグループ全体のDXを推進する役割を担っている。

 データ活用が求められる背景には、DXの推進や顧客体験を重視してロイヤリティーを高めるニーズが存在する。しかし、何から始めていいか分からない企業もあるだろう。

 この問いの答えを見つけるために、まずはデータ活用の出発点について考えてみよう。

 データ活用の悩みとしては、「何のデータを集めれば良いのだろうか」「有名なツールを導入したらうまくいくはずだ」「データ活用を進めるに際して社内に温度差がある」などがある。

 坂田氏は「これらは手段の話であり、データ活用の出発点ではない」と語る。データ活用の出発点となる問いは「顧客にどんな価値を提供したいのか」だ。手段から考え始めるのではなく、出発点となる提供価値を丁寧に整理する必要がある。

スノーピークが顧客に提供する価値

 スノーピークがデータ活用を推進する目的は「顧客の人生価値向上。そのために自然と人、人と人をつなげる」ことだ。

 そのためにスノーピークはさまざまな取り組みを進めている。一つが、100万人を超える会員コミュニティーの運営だ。スノーピークの従業員と会員が一緒にキャンプをするようなイベントを年に十数回開催している。

 スノーピークはオリジナルのアプリを使ったSNSも運営している。ユーザーが自身のキャンプの様子をアプリで発信し、他のユーザーとコミュニケーションを取るものだ。キャンプを通じてリアルで出会った人とQRコードを介してつながることでバッジを獲得できる。

つながる機能

 スノーピークはこれらの取り組みを通じて、地域や会員ランク、獲得バッジなどの会員データと、購入履歴やイベント参加履歴、キャンプ履歴などの行動データを収集している。これが同社のデータ基盤に入る。

 スノーピークはデータを活用して、顧客ごとのストーリーの把握に努めている。ストーリーとは、顧客がスノーピークの製品を購入し、従業員とのつながりを構築し、キャンプに出掛けて製品を活用し、コミュニティーに参加するなどの顧客による一連の行動だ。ストーリーを把握することで、顧客に提供できる提案やサービスが進化していく。

目的から逆算して必要なデータの定義を決める

 データ活用について考える際は目的が出発点となる。目的から逆算して必要なデータの定義を決める。

 スノーピークの場合、顧客が店舗に来店したときに企業と顧客に接点が生まれる。そこで「キャンプ場にお越しいただいてはいかがでしょうか」のように体験に誘導し、次に購入する製品に関するアドバイスをしたり、アプリでつながりを構築したりして、同社の目的である「人間性の回復」を目指していく。

 図2 データ活用について考えるポイント

 このように接点の構築から目的の実現に至るプロセスを逆にたどることで自社に必要なデータを設計できる。スノーピークは提供価値を実現するためにキャンプやイベント参加に関するデータ、ユーザー同士のつながりに関するデータ、来店データを収集している。

データ活用のプロジェクトを進めるための組織文化

 坂田氏は「目的から逆算して収集すべきデータが見えてきても、思うようにプロジェクトが進まない場合がある。その原因は組織文化だ。権威主義的な風土を持っていたり、コミュニケーションが不足していたり、失敗を許さない文化が根付いていたりするとプロジェクトが進まない」と述べる。

 データ活用のプロジェクトを進めるためには、心理的安全性のある組織を作らなければならない。従業員が「意見を出しても大丈夫」だと感じる環境が求められる。

 スノーピークは、自然の力を借りて組織が一体感を持つ機会を作っている。スタッフがそれぞれの肩書から解放され、自由にコミュニケーションを取る場だ。同社はこれらの取り組みを「組織変容のためのアウトドア研修」を通じて外部に広げている。

 アウトドア研修のコンセプトは、主体性や関係性、創造性、人間性を柱として、働く仲間との協働体験をデザインすることだ。プログラムはダニエル・キム教授が提唱した組織の成功循環モデルをベースとして、人間関係の質を高めることからスタートし、従業員の思考の質と行動の質を順番に高めて成果を生み出すモデルとなっている。

 図3 アウトドア研修

 坂田氏は、アウトドア研修の効果について「キャンプを通じて従業員の中に新たな関係が生まれる。『これまで話したことがなかったけれど、いざ会ってみると気さくで話しやすい』『オンラインの会話からは分からなかった考え方や価値観を知れた』のように従業員同士の絆が深まるのだ」と語る。

 2022年に当時の慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司氏と実施した共同検証実験では、アウトドアにより創造性と主体性、関係性が最大化し、実施後も効果が持続されることが明らかになったという。

 突然変化を求められると、人は拒否反応を起こす。固定観念や先入観を和らげ、組織に動きを作るためには3つのプロセスを踏む必要がある。

 1つ目は「WHYの合意形成」だ。なぜプロジェクトに取り組むのかについて全員で合意を形成する。それによりプロジェクトにおける判断基準が明確になる。プロジェクトが複雑になった際に基準に立ち返って判断できる。

 2つ目は「プロセスの共有」だ。プロジェクトの開始後、メンバーに進捗(しんちょく)を丁寧に共有し、目的や役割から意識が遠のくことを防いでいく。メンバーが常に当事者意識を持って行動できる環境を構築することが重要だ。

 そして3つ目は「良好な人間関係」だ。合意を形成した上でプロセスを共有しながらプロジェクトを進めることで、建設的な議論が起こり、チームコラボレーションが向上する。また、問題が発生した場合に迅速に解決できるようになる。

 図4 適切なプロジェクトの進め方

 「われわれは、どのようなプロジェクトにおいても3つのプロセスを意識している。適切なプロジェクトの過程で構築された良好な人間関係は、将来のプロジェクトの成功にもつながる」(坂田氏)

中心は常に事業

 データ活用を進めるためには、事業の目的を改めて確認する必要がある。目的から逆算し、必要なデータを定義することだ。必要なデータが明確になった後は、データごとに適切な収集方法を検討し、施策を進めていこう。

 データ活用を進めるためには良好な組織文化も必須だ。従業員を失敗を恐れずに建設的な意見を出せるように、スノーピークのアウトドア研修を参考にしながら組織文化の醸成に着手してほしい。

 坂田氏は「時代の流れとともに顧客とのつながりは変わっていく。当社は時代に合った顧客とのつながりを構築するためにさまざまな取り組みにチャレンジしているが、事業の目的から外れないように常に意識している」と語った。

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