競馬情報の全てが集まるJRA公式Webサイトは、大レース開催日だけPVが急増する。JRAはこれまで、3か月前から負荷に耐えるための準備をしていたが、コンテナ化により作業を大幅に短縮した。
競馬にはドラマがある。何十回とレースを走っても善戦続きでなかなか勝ちきれなかった馬が、最後のレースで勝って日本初の記録を作ったり、名騎手の子供が数十年前の父を彷彿させる完ぺきなレース運びを見せたり、馬主が自分の所有する馬の勝利を見て放心する姿を見てこちらも喜んだり、ジャパンカップで外国馬が20年ぶりに勝利したと思ったら2400m世界レコードだったりと、表舞台だけでもさまざまなストーリーを目の当たりにできる。
舞台裏にも、日々馬の面倒を見る厩務員や調教師、生産者などがいて、それぞれが馬に愛情をこめている。今回はそれとはまた違う舞台裏の話だ。
競馬は農林水産省管轄の公営ギャンブルだ。人々はどの馬が勝ちそうかを予想して「馬券」を買い、成績に応じてリターンを得る。どんな馬がレースに出るのか、その馬の過去の成績はどうなのか、馬のコンディション、騎手、人気など、さまざまな情報を見て、どの馬を選ぶかを決める。
こういった情報を掲載している公式Webサイトが「JRA日本中央競馬会」(以下、JRA公式サイト)のページだ。競馬場の指定席予約システムやオンラインでの馬券購入サイトもここからアクセスできる。
JRA公式サイトが特徴的なのは、大レース開催日とそれ以外でPVが大きく違うことだ。平日のPVは1日500万程度であるのに対し、年末の大一番「有馬記念」の当日には1日で5000万PVに達する。
先日開催された「天皇賞(秋)」の午後2時30分から午後4時までのPVの推移を見てみると、全体的には毎分10万PV程度で推移し、レースが始まった午後3時42分からレースに集中するためPVが約2.6万まで急激に落ち込む。レースが終わるとすぐに結果の確認などのためPVが急増し、最高で1分当たり26万PVに達していた。
これだけ平時とのPV差が大きい場合、Webサイトのインフラはスケーリングさせるのが自然だ。平時のPVを基準にインフラを用意していては人が集まるときにWebサイトがダウンし、大レース開催時を基準にすれば平時に不要なコストがかかってしまう。
日本中央競馬会(JRA)関係会社で、JRAの業務にかかわるシステムの開発と保守、運用などを手掛けるJRAシステムサービス(JRASS)の小城新二氏(システム開発部 上席調査役)によると、同社は1年で最も注目度が高い有馬記念に備えて、3カ月前からアクセス集中に備えた準備をしていたという。
「以前はVMwareの仮想サーバを使っていたのですが、サーバの増設に約3カ月かかってしまうため、今すぐサーバ負荷に対応したいと思っても瞬時に対応はしづらい。有馬記念に負荷が一番かかるので、それに備えて準備するというのを毎年やっていたのですが、それが非常に負担でした」
仮想サーバを新規に構築するには、追加台数や通信要件、セキュリティ要件をヒアリングシートにまとめて提出する必要があり、この作成とサーバ構築の実働作業にかなり時間かかっていた。
そこでJRASSはJRA公式サイトのインフラを仮想サーバからコンテナに変更し、Red HatのOpenShiftを採用した。2022年に移行の検討を始め、2023年に着手、2024年10月に運用を始めた。2024年の有馬記念は移行後の環境で対応した。オンプレミスでの運用が可能なことや運用機能の充実が挙げられる。
移行に当たり、閲覧者の数だけ生成されるキャッシュの量が問題になった。それまで仮想サーバごとに保存していた静的コンテンツをオブジェクトストレージに保存する形式にしたことで、負荷が集中することになった。2024年の移行完了直後は想定以上のアクセスがあり、レスポンスが遅延することがあったが、CDNの有効活用を含め慎重に調整を重ねていった。
逆に、VMwareの仮想サーバで動いていたアプリケーションは、仮想サーバとコンテナの違いを踏まえた作り変えを除いて、OpenShiftへの移行によって大幅に改修することなく移行できた。
コンテナを採用したことでスケーリングはほぼ自動化できた。新機能のリリース時間を5時間を1時間に短縮できたり、6カ月に1回しかできていなかった脆弱性対応を2カ月に1回できるようになったりと、JRA公式サイトに関する作業の短縮に成功した。
JRAはiOSとAndroid OS向けの無料アプリ「JRA公式アプリ」も提供している。閲覧できるコンテンツはJRA公式サイトとほぼ同様で、こちらも2025年9月にインフラをOpenShiftに移行した。2023年にリリースし、12月の有馬記念の直前には50万MAUほどの会員を獲得していた。今では190万MAUを超え、大レースがある週には土日合わせて2万MAUを獲得するほどになっているが、コンテナ化したため、2025年の有馬記念に向けて数カ月かけてインフラを準備する作業は発生していない。
3カ月の時間が浮いたことで、他システムの機能改善に向けた開発に時間を充てられるようになり、リリース頻度も上がった。
競馬に関する情報をインターネットで快適に閲覧できるのは、こういったインフラ整備のたまものだ。競馬のドラマを楽しむための安定した情報環境を整備する関係者にも敬意を表したい。
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