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「これからはモデルより自社に寄り添うAI」 Microsoft最新発表をプロはこう読む

AIは高性能であればいいわけではない。「どの場面でもフェラーリが必要なわけではないのと同じだ」と語るMicrosoft MVPの太田氏。AIモデルが次々と登場する時代に企業が見直すべきは、最新モデルへの依存ではなく、自社の業務や知識をAIが理解できる環境だという。

» 2026年07月02日 07時00分 公開
[平 行男キーマンズネット]

 情報システム部門の関心は「どの生成AIを使うか」から「自社の業務でどう活用し、AIが価値を発揮できる環境をどう作るか」へと移りつつある。一方で、AIモデルは次々と進化し、用途に応じた選択肢が広がっている。高性能モデルほど高度な処理が可能になるが、利用量に応じたコスト負担も大きくなる。これから企業に求められるのは、常に最高性能のAIを選ぶことではなく、業務や目的に応じて最適なモデルを見極め、組み合わせて活用する判断力だ。

内田洋行 太田浩史氏

 2026年6月2〜3日にかけて開催されたMicrosoftの開発者向けイベント「Microsoft Build 2026」では、新たなAIモデルをはじめ、AIをローカル環境で実行するための基盤や開発環境の強化など、企業のAI活用の進め方に関わる発表が相次いだ。

 では、選択肢が広がるAIを企業はどのように使いこなしていくべきなのか。長年にわたりMicrosoft Buildを追い続ける内田洋行の太田浩史氏(エンタープライズエンジニアリング事業部、Microsoft MVP)は、今回の発表から見えるAI活用の変化をどう捉えたのか。企業が押さえるべきポイントを独自取材で聞いた。

なぜあの会社のAIは賢いのか? 考えるべきは「コンテキスト」

 2025年のMicrosoft Buildでは、AIエージェントを「どう作るか」という開発環境やフレームワークが大きなテーマだった。一方、2026年は、作成したエージェントを企業の業務でどう安全に運用し、コストを管理しながら活用するかという、実運用を見据えた仕組みづくりに焦点が移った。

 こうした流れの中で注目されたのが、AIエージェントを一元管理する仕組み「Agent 365」だ。Microsoft Build 2026では、エージェントを安全に開発、運用するための管理やガバナンスの重要性が強調された。エージェントごとの権限や利用状況、行動履歴を管理し、人のアカウントと同じように統制できる環境を提供する。これまで企業ごとに設計する必要があったAIエージェントの管理基盤を、Microsoftのプラットフォームで利用可能にするものだ。

 つまり、AIエージェント活用の課題は、「作れるかどうか」から「どう管理し、業務に定着させるか」へ移りつつあるということだ。企業に求められるのは、どの業務でエージェントを使うのか、誰が管理するのか、どの程度のコストを許容するのかといった運用ルールを設計することだ。もっとも、エージェントを安全に管理できる土台が整っても、それだけで業務で価値を出せるわけではない。

 AIを巡る関心は、これまで「どのモデルを選ぶか」「どれだけ高性能なAIを使えるか」が注目されてきた。一方で、太田氏は、実際の業務でAIが価値を発揮できるかどうかを左右するのは、モデルそのものの性能だけではなく、「AIが企業の業務や状況をどれだけ理解できるか」だと考える。

 そこでキーワードとなるのが「コンテキスト」だ。

 AIに自社の業務や必要な情報をどれだけ理解させられるかによって、同じAIでも業務で得られる成果は大きく変わる。

 AIがユーザーにとって価値のある回答を返すには、一般的な知識だけでなく、その企業や業務に関する情報を理解している必要がある。Microsoftは、こうしたAI活用に必要な情報基盤として「Microsoft IQ」を位置付けている。

 Microsoft IQは、社内業務に関する情報を扱う「Work IQ」、Web上の情報を扱う「Web IQ」、そして、社内データや組織情報を活用する「Fabric IQ」と「Foundry IQ」を組み合わせ、AIエージェントが必要な情報にアクセスするための共通基盤となるものだ。目指すのは、どのエージェントを利用しても、利用者の業務や状況に応じた回答を返せる環境だ。

 業務に必要な情報を参照できるAIは、一般的な回答ではなく、利用者の仕事に直結した回答を返せる。一方で、十分な情報が与えられていなければ、同じ生成AIでも期待する効果を得にくい。

 この考え方は、Microsoftの取り組みにも表れている。同社の社内IT部門であるMicrosoft Digitalでは、「Microsoft 365 Copilot」に新たなコンテンツを追加していない期間でも、回答品質や利用者満足度の指標が向上し続けたという。その背景には、Work IQを通じて業務に関する情報を継続的に活用し、AIの理解を深めていたことがある。

 この事例が示すのは、AI活用の成果は導入時点のモデル性能だけでは決まらないということだ。AIが自社の業務や知識を適切に参照できる環境を整えられるかどうかが、実際の価値を左右する。

 企業に求められるのは、AIツールを導入すること自体ではなく、自社のデータや業務知識をAIが活用できる形に整えることだ。ユーザーにとっては、日々の「Microsoft 365」での活動がAIの理解を深める材料になる。一方、情シスには、社内に分散する情報を整理し、AIが継続的に価値を発揮できる環境を整備する役割が求められる。

フェラーリか、軽トラか 最高性能モデルを選ばないという選択

 コンテキストが重視される背景には、もう一つ現実的な課題がある。AI活用におけるコスト管理だ。

 高性能なAIモデルほど、利用量に応じた従量課金の負担が大きくなる傾向がある。そうした中、Microsoft Build 2026の終了後間もなく一般提供開始が発表されたCopilotの新機能「Copilot Cowork」は、処理するタスク量に応じて課金されるサービスであり、企業にとっては「どのモデルを、どの業務で使うか」という判断がこれまで以上に重要になる。

 太田氏は、高性能モデルを常に選ぶことが最適とは限らないと考える。Microsoftが発表した推論モデル「MAI-Thinking-1」についても、AIモデルとして性能のみを追求するのではなく、コストと実用性のバランスを重視したモデルとして位置付けられていると太田氏はみる。さらに、自社業務向けに調整する「Frontier Tuning」と組み合わせることで、企業ごとのコンテキストを取り込みながら活用することが想定されている。

 太田氏は「全員がフェラーリを欲しいわけではありません。軽トラックで十分な用途もあるのに、フェラーリを買えばコストと効果が見合わないでしょう。AIモデルも同様で、進化が進むにつれて、一定水準以上の性能を備えたモデルであれば、多くのユーザーのニーズを満たせるようになるのではないか」と説明する。

 新しいAIモデルが登場すると、性能の高さに注目が集まりやすい。だが、全ての業務やユーザーが最高性能のモデルを必要としているわけではない。太田氏は、今後はフラグシップモデルを使う場面は限られ、多くの業務では用途に見合ったモデルを選ぶことが重要になると考える。

 では、AIモデルが次々と進化し、入れ替わっていく時代に、企業に残る価値とは何か。太田氏が挙げるのが、ここでも「コンテキスト」だ。その理由を次のように説明する。

 「AIモデルは入れ替えができます。性能向上によって新しいモデルに移行することもあれば、コストの観点で別のモデルに替えることもあるかもしれません。そのときに自分たちに何が残るのか。それを考えると、やはりコンテキストが重要になります」(太田氏)

 Microsoftも、将来、ユーザーが「どのモデルを使うか」を意識せず、AIが業務や目的に応じて適切なモデルを選ぶ世界を目指しているのではないか。その土台となるのが、同社のAIモデルカタログ「Microsoft Foundry」だ。企業は用途に合わせてモデルを使い分けながら、より効率的にAIを活用できる環境が整いつつある。

AI時代に変わるPC選び 重要になる使い分けの視点

 コストを抑える選択肢として、AIをPCで動かす「ローカルAI」の活用が広がっている。Microsoftは、大規模言語モデルだけに頼るのではなく、手元のPCで動く中小規模モデルと組み合わせる使い方を示した。

 その基盤となるのが「Windows」だ。これまでAI処理は、NPU(AI処理に特化した演算装置)を搭載したPCが中心だったが、今回の発表ではGPUやCPUも含めた幅広い環境でAIを動作させる方向性が示された。処理内容によってはPCで完結できるため、クラウドAIのような利用量に応じたコストを抑えられる可能性がある。

 ただし、全てのAI処理をローカルに移せばいいわけではない。太田氏は、クラウドとローカルを用途に応じて使い分けることが現実的だと考える。

 「同じ処理でも、クラウドなら10秒で終わるものが、ローカルだと長い時間がかかる場合もあります。それならお金を払って、少しでも早く終わらせたいでしょう。時間はかかっても安く済ませたいのか、お金を払ってでも早く終えたいのか。ユーザーが選択するのが現実的だと思います」(太田氏)

 ローカルAIの広がりは、企業の端末選びにも影響を与える。これまで社内システムの多くは、Intel製CPUを搭載したPC環境を前提としてきた。だが今後は、AI処理性能を重視し、「Snapdragon」などのARMベースPCを選択肢に加える企業も増えていくだろう。

 もちろん、既存システムが問題なく動作するかどうかの確認は必要だ。ただ、今後は全従業員に同じ性能のPCを配布するのではなく、AIを積極的に活用する従業員、通常業務が中心の従業員など、用途に応じて適した端末を選ぶ考え方が重要になる。

 また、AIを業務に組み込むための開発環境も進化している。Microsoft Build 2026では、開発環境の構築を簡略化する仕組みや、ターミナルでエラーの原因や修正方法を提案するAIエージェントなど、開発者の作業を支援する機能が発表された。

 こうした機能は、AIを組み込んだアプリケーションや業務ツールを、より効率的に開発するための基盤となる。太田氏は今回の発表について、「開発環境まわりの内容は、どちらかといえば開発者向けのものですが、AIを活用した仕組みを作りやすくするための土台だと考えています」と説明する。

Microsoft Build 2026が示した、AI活用の次の課題

 モデルやハードウェアの選択肢が増える一方で、現場の担当者が常に最適な組み合わせを判断するのは容易ではない。では、AI活用を進める上で、ユーザーや情シスは何に取り組むべきなのか。太田氏が一貫して重要性を訴えるのが「コンテキスト」だ。

 AIが業務に役立つ回答を返すには、企業や個人の仕事に関する情報を十分に理解している必要がある。そのためには、日々の業務の中でMicrosoft 365などにどれだけ情報を残し、AIが参照できる状態にできるかが重要になる。

 「例えば、立ち話や電話で意思決定をしてしまうと、その内容はWork IQに取り込めません。立ち話で決まったこともチャットやメールに残しておく。会議は全て録画する。そうやって日々の業務の中で情報を残し、コンテキストを強化することは、情シスの方も現場のユーザーも意識したいところです」(太田氏)

 太田氏がさらに重視するのは、AIに何を任せるのか、どの方向へ活用するのかを人が示す役割だ。Microsoftのサティア・ナデラCEOは、Microsoft Build 2026閉幕後の自身の発信においても、人が持つ知識や経験を「人的資本」、企業が蓄積するAI活用の基盤を「トークン資本」と表現し、これらを組み合わせて成長させる考え方を示した。

 AIが業務情報を取り込み、人の仕事を支援する。その結果として新たな知識や判断が蓄積され、さらにAIの活用精度が高まる。人とAIが互いに学び合うこの循環こそが、ナデラ氏の語る人的資本とトークン資本を組み合わせるという考え方の核となる。

 一方で、高度なAI活用は、全てのユーザーが同じように使うものではなくなりつつある。その一例が、Microsoftが新カテゴリー「Autopilots」の第一弾と位置付ける、常時稼働の自律型AIエージェント「Microsoft Scout」だ。Scoutはメールやカレンダーなどの業務情報と連携し、利用者から都度指示を受けなくても、会議調整や資料準備などを支援する。

 ただし、こうした機能を有効に使うには、適切な権限設定や利用ルールが欠かせない。高度なAIほど、利用者側にも一定の理解や判断が求められる。ここでも、AIが参照できるコンテキストをどれだけ整えられているかが、得られる価値を左右する。

 Microsoft Build 2026から見えてくるのは、AI活用の競争軸が「どのモデルを使うか」から、「AIに何を理解させ、どう活用するか」へ移りつつあることだ。

 太田氏の見立てに沿えば、情シスに求められる役割は、単にAIツールを導入することではない。自社の業務知識やデータをAIが活用できる形に整え、人とAIが協力して価値を生み出せる環境を作ることだ。そして現場の一人一人が日々どのような情報を残すかが、AIモデルの世代交代を超えて引き継がれる自社のコンテキストを築いていく。それこそが、これからのAI活用の成果を左右し、企業の競争力につながっていく。

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