SaaSの「ツギハギ管理」に悩んだクラシル、管理費24%を削減したAI時代のツール集約
SaaSの増加に伴い、台帳の突合や手動管理に追われる情シスは多い。クラシルはSaaS管理台帳を「zooba」へ集約し、ツール費用を24%削減した。しかし同社の真の目的はコスト削減ではなかった。クラシルの情シスが考える、AI時代のIT資産管理戦略とは。
IT資産の管理を「Excel」や「Google スプレッドシート」に頼っている企業がある。この方法は情報が分散しやすく、更新や突合作業も手作業になりがちで、情シスの負担につながる可能性がある。
上場準備やセキュリティ監査を機に台帳を整備しても、データの正確性を保つことに追われ、本来取り組むべきIT戦略や業務改善に手が回らないこともある。そして、従業員からのライセンス確認やログインに関する問い合わせ、アカウントの棚卸し作業も残る。背景にあるのは、台帳を「人間が確認するもの」として扱っている構造的な問題だ。
こうした課題に対して、レシピ動画サービスを運営するクラシルは、SaaSや従業員の台帳を一元管理することで管理ツールの費用を24%削減した。しかし、同社が真に目指したのは、台帳を単なる管理情報ではなく「AIヘルプデスクが自律的に参照・回答するためのデータ基盤」に変えることだ。
台帳管理ツールを一本化できなかった、ある事情
クラシルが台帳管理に取り組み始めたのは2022年ごろのことだ。当時はSaaSも端末もGoogle スプレッドシートで管理していた。上場準備の審査を機に資産管理の必要性を改めて認識してSaaS管理台帳ツールを導入したと、同社の山田裕貴氏(経営管理本部 情報システム部 情報システムセクション セクションマネジャー)は振り返る。
最初に導入したのはSaaS管理サービス「dxeco」(現applog)だ。当時は従業員台帳がなかったため「Google Workspace」のアカウント一覧を従業員リストとして活用して、各アカウントにひも付くSaaSやライセンスをdxecoと連携させて管理していた。
その後、PCのキッティングをジョーシスに委託したことを機に、端末台帳も同サービスに移行した。SaaS台帳と端末台帳を、それぞれdxecoとジョーシスで管理する形となった。
さらに、情シスへの問い合わせにAIで対応する「zooba AIヘルプデスク」(以下、zooba)も利用していた。zoobaにも台帳機能があるため、その結果、台帳管理機能が3つのSaaSにまたがる形となった。
機能の重複を解消するためにジョーシスへの統合も検討したが、クラシルのシステム環境には、単純なツールの集約では解決できない事情があった。
同社はGoogle Workspaceのテナントを4つ運用して雇用形態や事業ごとに「Googleドライブ」などのアクセス権限を分けている。情シスには、各テナントのアカウントを集約し、「従業員マスター」として一元管理する必要があった。
dxecoは複数テナントの自動連携に対応していたが、ジョーシスが対応するのは1テナントだけだった。國井百萌氏(経営管理本部 情報システム部 情報システムセクション)は、当時の状況をこう振り返る。
「当社はM&Aによって複数のワークスペースやドメインが合流している組織構造です。テナントごとに個別アプリとして切り分け、誰がどの組織のワークスペースに所属しているかを正確に把握する必要がありました」
こうした課題を抱える中、山田氏はzoobaの台帳情報をAIエージェントが参照できることを知ったという。
「ちょうどその頃、社内で『Claude Code』を積極的に使うようになっていました。AIが参照するデータは、AIにとって可読性が高く、アクセスしやすい場所にあるのがいいと気付いたタイミングが重なり、台帳をzoobaに移行できないかと考えました」
ただし、台帳の移行に当たっては、既存の運用を維持できることが前提だった。条件は「dxecoと同等の自動化・自動連携ができること」と「Google Workspaceの複数テナントを自動連携できること」の2つ。検証の結果、zoobaは同社が利用するSaaSの大半とAPI連携でき、dxecoと同等の自動化に加えて複数テナントの連携にも対応していた。
さらに決め手となったのが、テナントごとのデータの扱い方だ。dxecoは複数テナントを連携できるものの、システム内部ではそれらを合算し、「1つのアプリ」として扱う仕様だった。そのため、誰がどのテナントの権限を持っているかを個別に把握しにくかった。
一方、zoobaは「1ドメイン=1アプリ」の考え方で、テナントごとにアプリを分けて連携できる。Google WorkspaceだけでなくNotionなども、ワークスペース単位で台帳にひも付けられる設計だ。
こうして、端末管理はキッティングとの兼ね合いからジョーシスに残し、SaaS台帳は複数テナントに対応するzoobaへ移行した。既存の運用を維持しながら、自動化とデータ精度を両立させる選択だった。
「AIヘルプデスク×台帳」の効果は?
では、SaaS台帳をzoobaに集約したことで、AIヘルプデスクの運用はどう変わったのか。
同社は情シスへの問い合わせを減らすために「Notion AI」とzoobaを使い分けている。まず従業員がNotion AIで解決策を調べ、解決しなかった場合に、専用の「Slack」チャンネルで「@zooba」とメンションして問い合わせる仕組みだ。この運用により、従来は月約200件あった問い合わせが50~80件程度まで減少したという。
2つのAIを併用する理由について、國井氏は次のように説明する。
「問い合わせをNotion AIだけで完結させると、従業員が何に困っているのかを情シスが把握しにくくなります。zoobaへの質問をチケットとして起票すれば、問い合わせ内容が蓄積され、マニュアルの改修など次のアクションにつなげられます。また、Slackチャンネルで問い合わせてもらうことで、他のメンバーも内容を確認できる点も重要です」
一方、AIヘルプデスクが台帳を参照して回答するケースは、現時点ではそれほど多くない。当初想定していたのは、例えば「ツールにログインできない」という問い合わせに対してAIが台帳を参照してライセンスの有無を確認し「ライセンスがないため、ワークフローから申請してください」と案内する使い方だった。
だが、同社では入社時のオンボーディングで、有料ツールの利用にはワークフローシステム「バクラク」での申請が必要だと周知している。従業員自身が申請履歴からライセンスの有無を確認できるため、情シスにライセンスについて問い合わせるケースはほとんどないという。「想像以上に真面目な方が多くて」と山田氏は笑顔を見せる。
もっとも、今後の組織拡大やM&Aによる経営統合を見据えると、ヘルプデスクの対象者が急増する可能性もある。新たに加わった従業員に既存の運用ルールが浸透するまでには時間もかかる。山田氏は、今回の台帳統合を将来の組織拡大に備えた基盤整備と位置付ける。
「問題が起きてから対処するのではなく、組織が拡大してもスムーズに運営できるよう、あらかじめ土台を作っておくという考え方です」
zoobaへの移行後、台帳を見た内部監査部長から「自分も閲覧権限が欲しい」と要望があったという。必要な範囲の閲覧権限を付与したことで、監査証跡の収集方法も変わった。
「以前は監査側から依頼を受け、われわれがライセンス情報をエクスポートして渡していました。今は内部監査部門がzoobaに直接アクセスして証跡を確認できるため、双方の手間が減っています。これまでは、自分でdxecoの画面を確認するより、情シスにエクスポートを依頼する方が手軽だったのでしょう。zoobaはUIが見やすく、自分で確認した方が早いと感じてもらえたのだと思います」(山田氏)
総務部門でも、情シスとは別にzoobaを使った総務向けAIヘルプデスクを運用している。今後は、総務が手作業で管理しているセキュリティカードの台帳などもzoobaに集約する構想があるという。
クラシルが目指す「情シス業務の自動化」
SaaS台帳の整備を終え、次に見据えるのが、手作業が残るプロビジョニング(アカウントの作成・停止)業務の自動化だ。
現在、社員が入社すると、キッティングを委託するジョーシスにメールアドレスが登録され、「Okta」によってGoogle WorkspaceやSlackなど主要ツールのアカウントが自動的に発行される。退職時も、Oktaと連携できるツールは「GitHub Actions」経由で自動停止している。
一方、Oktaに対応していないSaaSや社内システム(レシピの入稿システムなど)は、現在も担当者が手作業でアカウントを停止している。
こうした作業の自動化に役立つのが、統合した台帳だ。従業員名簿の原本となるGoogle Workspaceのアカウントが停止されているにもかかわらず、他のSaaSのライセンスが残っている場合、zoobaで差異を検出して一覧化できる。
山田氏は今後このデータを基に、ClaudeなどのAIエージェントやzoobaのオートメーション機能を使って手作業が残るアカウントの停止まで自動化したい考えだ。
山田氏は、zoobaを「情シスの仕事をする上でのOSのような位置付け」と捉えている。
「台帳の整備は、あくまでも業務を進めるための前提であり、整えてからが本当のスタートです。家を建てたいのに、基礎の土台を作り続けるのは本末転倒だと思います。台帳は極力自動で正確に整えた上で、それを使って何をするのか考えることが大切です」(山田氏)
「台帳の整備や連携は自動化して、人は戦略策定などの『人にしかできない領域』に工数を使うべきです。ルーティン作業に忙殺される状態から脱却するための仕組み化が重要だと思います」(國井氏)
クラシルの情シスが掲げるスローガンは「事業の最高速度をITで支える」だ。事業部門を待たせない環境を整えることが、同社の目指すAI時代のIT資産管理の形と言える。
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