「OAM」はOrbital Angular Momentum(軌道角運動量)の略であり、電波の性質の1つを表す言葉だ。電波をグラフに描くとき、時間を横軸にして縦軸で振幅を表す波型(コサイン波)を描くことが多いが、その絵を描いた長い紙を捻ってらせん状にしてみるとイメージしやすいかもしれない。そのように、進行方向に対して同一位相の軌跡がらせん状に回転して進む性質が電波にある。それがOAMだ。
それなら、らせん状に回転して進む複数のデータストリームを、回転数を変えて同時に送信できれば、一度に多くの信号が伝送できるはず、というのが「OAM多重」の考え方だ。らせん状にとぐろを巻く電波を、二重らせんや三重らせんのように、複数絡み合わせるようなイメージである(図2)。
OAM多重の原理は古くから知られてはいた。しかし原理は分かっていても「実際に実験するのは困難だった」と研究チームの李 斗煥氏は言う。「このような性質を持つ電波は、低い周波数では離れたところの受信機に届くまでにエネルギーが拡散するため、異なる位相の回転数を持った複数のOAM波を、限られたサイズのアンテナで正常に受信側に届け、分離することができなかった。
しかし近年のミリ波帯などの高い周波数帯の集積回路技術の進歩により、高い周波数帯での装置製造が容易になったことと、ミリ波帯以上の高い周波数では電波の拡散を抑えられるアンテナのサイズが実現可能な大きさであるため、OAM多重が試せるようになった」のだと言う。
つまり低周波数帯では電波の拡散を抑制するためにアンテナが大きくなりすぎて実験が難しかったOAM多重技術が、準ミリ波以上の高周波数帯でやっと、比較的小型なアンテナを用いて実現可能になったというわけだ。
らせん状に回転するOAM波の位相の回転数を「OAMモード」と言い、理論的には無限に設定できる。受信する側では、送信側と同じ回転を(逆向きに)受信する必要がある。「それはボルトとナットの関係のようにらせん構造が合致するものである」と李氏は言う。これを逆に言えば、それぞれのOAMモードに合った位相の回転数で受信できる受信機なら、各モードのOAM波は干渉することなく、きれいに分離できることになる。
ただし、回転数を上げるほど電波が拡散していく性質があり、十分な強度で伝送することが難しくなるという課題もある。また、広い帯域を用いて、各モードのOAM波生成や受信時の分離には高度な信号処理技術が必要になり、多くのモードを生成したり受信したりするには技術的困難が大きい。
NTTでは変調多値数とチャネル符号化率を適応的に判断する適応変調符号化技術(AMC:Adaptive Modulation and Coding)、送信電力制御技術、受信側の信号分離技術を駆使し、ついに5つのOAMモードと4セットのアンテナによるMIMOを組み合わせての伝送にまでたどり着いたのである。
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