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エイベックスが「ヒットし続けるエンタメ企業」を目指し奮闘した組織改革の裏側

90年代からヒットを生み続け、2018年も大きなヒットに恵まれたエイベックスグループ。音楽業界は再成長期に差し掛かる中、組織を再編するために構造改革を決意した。同社が目指すは「非連続成長を遂げる企業」だ。

» 2019年03月06日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 1988年に会社を設立し、音楽、エンターテインメント業界に新しい風を吹かせようと挑戦を続けるエイベックスグループ。90年代から多くのヒット作を生み出し、最近ではDA PUMPの「U.S.A.」のヒットが記憶に新しい。

 現在は従業員数1500人と組織も拡大、一見すると順風満帆かのように見えるが、組織成長において大きな悩みを抱えていた。世の中の大きなトレンドの変化を乗りこなすには、エイベックスも変わらなければと感じ、組織全体を見直すための構造改革に取り組むことを決意した。本稿では組織改革で重要な人事戦略に焦点を当て、エイベックス CEO直轄本部 戦略人事ユニット マネージャーの小川尚信氏に戦略人事部門が奮闘し、取り組んだ人事施策について聞いた。

再成長期の音楽業界で目指すは「非連続的な成長企業」

 エイベックスが構造改革を考えたきっかけは、音楽業界を取り巻く時代の変化にあった。CDの時代からデータ配信の時代になり、今やユーザーはスマートフォンなどで聞きたい曲をいつでもどこでも聴けるようになった。また、サブスクリプションサービスやライブの隆盛により、音楽、エンターテインメント業界はCD販売の低迷を乗り越え、再成長期に向かおうとしている。

 このように、デジタル機器や音楽の聴視環境、業界の動きが変わろうとしている中、過去の成功に引きずられることなく、トレンドの変化や潮流に敏感に対応できる組織と人材作りが必要だと感じた。そこでエイベックスは組織を再編するために、2015年から全社を挙げた構造改革に取り組んできた。

エイベックス 小川尚信氏 エイベックス 小川尚信氏

 音楽業界でイノベーションを起こすには、今までのような緩やかな曲線を描く成長では難しい。目指すは飛躍的な成長曲線を描く「非連続的な成長」を続ける企業。それには、組織を構成する一人一人の力を底上げすることが重要だと考えた。そうすることで、成長の起伏をより拡大できるだろうと考えたのだ。それには、社員の持つ力をエンパワーメント(能力開花)させる人事施策が必要だった。

 小川氏は「今後、われわれが目指すべき未来を実現するには、社員のパフォーマンス向上は欠かせません。そのためには、人事主体の活動ではダメなのです。人事部門と事業部門がうまく連携しながら戦略を考えていくことが重要だと考えます」と語る。

 現状を整理すると幾つかの課題が見つかった。組織が急激に拡大し従業員数が増えるにつれ、誰が何をしているのか、それぞれがどんなスキルを持っているのかを人事部も上層部も俯瞰(ふかん)して把握できていなかったという。今では、20社近くのグループ会社を持ち、グループ合計で約1500人の従業員を抱える組織になり、従業員や部門の活動、状況が見えにくくなっていた。

 この状態ではせっかく多彩なスキルを持つ人材を抱えていても、その能力を戦略的に活用することは難しい。

「戦略的な人事」を実行するには社員情報をどう生かす?

 社員が持つ能力を生かして事業を成長させるために、人事と事業を一体で考える「戦略的な人事」を実行しようと考えた。そこで、まず従業員一人一人を知ることから始めた。

 人材マネジメントツールに「カオナビ」を導入し、社員情報をカルテ化した。カオナビの社員情報入力画面「PROFILE BOOK」に、氏名や本人の顔写真、部門、部署名といった情報だけでなく、趣味や自己PR、スキル、過去に関わったプロジェクト、今後かなえたいこと、目標などのパーソナルな情報も入力してもらうようにした。

 入力項目に「かなえたいこと」を含めたのは、配置転換に生かすためだけではなく、「社員それぞれの夢をかなえられる企業にしたい。それには一人一人のかなえたいことを理解する必要がある」という企業としての思いがあった。個人の向かいたい方向を知ることで、配置転換の際のミスマッチも少なくなったという。

エイベックスのカオナビ使用画面(PROFILE BOOK)※画像はサンプルです。実際の使用データとは関係ありません(資料提供:カオナビ) エイベックスのカオナビ使用画面(PROFILE BOOK)※画像はサンプルです。実際の使用データとは関係ありません(資料提供:カオナビ)

 「氏名や評価だけではなく、社員のパーソナリティーを把握することも重要だと考えます。そして社員が入力したパーソナル情報は常に自分で更新をしてもらうこと。この癖を付けることで人事部だけでなく、社員個人も自分の持つ強みやスキルに気付くこともあります。これは私個人の考えですが、これからは会社に依存した働き方ではなく、個人が実現したい夢や目標に向けて動き、フリーランスのような働き方が当たり前になっていくのではと感じています。そうなると、自分のキャリアやスキルを整理できなければ取り残されていくのではないかでしょうか」(小川氏)

 また、副次的な効果としてコミュニケーションの活性化にもつながった。社員の顔が分かり「どういう人か」が見えるようになってから、コミュニケーションも活性化したそうだ。エイベックスの社内はフリーアドレス制を採用しているが、今までに面識のない人が隣に来ても、カオナビの「PROFILE BOOK」を見ればすぐにどういった人なのかが分かる。そこで互いの共通点が見つかれば、話題作りのきっかけにもなる。

「どの部門で何をやっているのか分からない」拡大する組織の悩み

 社員情報の次は、組織内に分散した部門の見える化だ。現在、エイベックスはグループを通して約100近くの部門を有する。音楽(レーベル、ライブなど)やマネジメント、アニメ、デジタルなど複数の事業を展開するため、気が付くと部門数も増えていた。

 ここまで拡大すると、もはや誰がどの部門に所属して何をやっているのかが分からない。社員個人がキャリアパスを描こうにも、どこに自分の能力を発揮できる部門があるのかが分からない。新しい案件やプロジェクトが発生しても、どこの誰に相談すれば良いのか分からない状態だった。

 部門を見える化するために、部門ポータルサイト「ブショナビ」を立ち上げた。カオナビでは社員情報を参照できるのに対して、ブショナビでは部門プロフィールを閲覧、検索できる。今までは社員すらも各部門の担当業務を把握しきれず、「これをやりたい」と部署異動の希望を出そうにもどこで実現できるのかが分からない状態だった。

 例えば、アジア事業に関わりたいと思っても、レーベルやライブ事業、マネジメント事業、アニメ事業といったように、関わり方はさまざまだ。部門も多くあり、それぞれが何をしているのかが分からず、どこへ異動希望を出せばよいかと迷う社員もいたようだ。こうした問題もブショナビで解決できた。

 ブショナビはまだ立ち上がったばかりだが、「部署を知るなら『ブショナビ』で、人を見るなら『カオナビ』で」という触れ込みでサイトを活性化させようとしている。

アガる音楽を提供するエイベックスが考える組織の“アゲ方”とは

 コミュニケーションを促し社員を盛り上げる施策として、社員向けの懇親会「HAPPY HOUR」(ハッピーアワー)を毎月開催している。社内にある社員食堂で実施され、アーティストを迎えたライブも行われている。

 レコード会社といっても、企画部門や管理部門などに所属する社員は、普段は所属アーティストと触れ合う機会がないため、自社事業やアーティスト、コンテンツに直接触れられる良い機会になっているようだ。「自分はこうしたアーティストの支えになっている」という意識付けにもなり、仕事に対するモチベーション向上のためにも一役買っているようだ。組織が拡大すると自分の役割や立ち位置が見えにくくなる。組織をエンパワーメントさせるためには、自社へのエンゲージメントを高める施策も必要なのかもしれない。


社員から挙がってきた不満の数々……解消に向けてどう動いたか

 こうして社員と部門の情報整理ができ、組織活用に必要なデータ基盤は整った。残るは、社員間の連携と関係性を強め、組織をどうまとめるかだ。

 エイベックスでは構造改革の一環として、社員に対してアンケートを実施している。そこからは、不満の声も幾つか挙がった。評価に対する納得性が低いことや上司とのコミュニケーションがうまくいっていないといった声も多く寄せられたという。

 アンケートのフリーコメントを基に分析すると、現場にこういった不満が生まれるのは管理職と一般職に“溝”があり、日常で互いにうまくコミュニケーションが取れていないため、上司から受ける評価に納得感が得られないのではないかと考えた。そこで上層部や管理職と一般職の溝を埋めるためにも、直属の上司と部下の1対1で行う「1on1」を月に1回行うことにした。

 1対1となると部下も構えてしまい聞きたいことが聞き出せないため、できるだけ部下がわだかまりを持たずに普段は言いにくいことでも言える場にするための環境作りに努めた。直属の上司との1on1が基本だが、さらに上のレイヤーと話がしたいといった場合は、階層を超えての1on1も実施できる。また、希望すれば事業部を横断することも可能としている。

 1on1で部下から聞いたヒアリング内容は、上司が常に意識し、何かあればその都度人事部にも相談している。

エイベックスが考える1on1を軸とした人事マネジメントシステム エイベックスが考える1on1を軸とした人事マネジメントシステム

 こうして、社員と部門を見える化し、上層部、役職者と現場との距離を縮めることで、バラバラだった組織を再編した。社員のスキルや属性、過去の実績といったデータも整理することで、人事情報を戦略的に活用できるようにした。

 最後に小川氏は「構造改革を取り組んで感じたことは、人事部門だからといって人事管理だけを考えるのではなく、人、組織、風土を合わせて考えることが重要だということです。それが組織成長を見据えた人事戦略の秘訣(ひけつ)だと考えます」と語った。

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