事業部門からの依頼や問い合わせ、定型業務と日常的に発生する非定型業務で多忙を極めるコーセーの情シス。こうした状況下であっても、スピーディーに社内のデジタル化を進められたという。同社が踏んだ3つのステップとは。
化粧品の製造、販売で知られるコーセーは、コロナ禍によるテレワークシフトを機に、データの保存先をクラウドに変え、社内ネットワークの接続方法も標準化するなど、IT環境と運用ルールの整備を進めてきた。現在の出社率は約20%と、テレワーク中心のワークスタイルにシフトした。今でこそテレワークに最適化された環境を実現しているが、1年前の環境は現在とは真逆のものだった。
1年前の同社は、従業員のクライアント環境はデスクトップPCが中心で、社内ネットワークの接続はもっぱら有線LAN経由だった。データはオンプレミスのストレージに保管し、テレワーク時はIP-VPNや広域イーサネットを経由して社内システムに接続していた。会議は集合、対面形式で、出社率は100%に近い状況だった。
IT環境の変革を推進した中心人物が、2020年2月にコーセーに入社した進藤広輔氏だ。同氏はかつてアマゾン ウェブ サービス ジャパンなど大手ITベンダーで経験を積んだIT戦略のプロフェッショナルだ。コーセーのIT戦略立案の中心となった同氏が、コーセーのIT環境改革のプロセスを振り返り、語った。
進藤氏が最初に取り組んだのが、IT統括部門の実情把握だ。「見ること、聞くことに集中した」という同氏は、従業員の表情や振る舞い、仕事の内容や質を観察し、さらに従業員との1対1での対話を通じて、自己評価や現状への課題、不満、やってきたこととやりたいことを聞き出した。過去の経験上、「ここに一番時間をかけなければ課題解決ができない」と知っていたからだ。
そして徐々に分かってきたのは、IT統括部門に「時間がない」ことだった。進藤氏は次のように振り返る。
「日々の事業部門からの依頼や問い合わせ対応、頻発する小さな不具合の対応、定型的業務の対応、そして非効率な業務体系で理不尽な業務が多く、業務時間の80%が定形業務や非定形の運用作業に割かれていた。しかも同部署への依頼や問い合わせはもっぱら電話やメールだ。こうした状況では、新たな取り組みを実行したいと考えていても、時間が取れない」(進藤氏)
こうした実情を目の当たりにした同氏は、時間を作り出すためのアクションを起こした。個人宛の問い合わせや依頼を原則として禁止にした。電話やメール、直接口頭での問い合わせや依頼を全てやめた。これは個人依存の仕事から、チームで対応するという仕事へのマインドチェンジを促すためだった。
次に実行したのが、定型業務のアウトソーシングだ。付加価値を生まない作業はできるだけ外部に委託し、35%の業務を外部に委託した。また非定型作業務も、よく調べると同じことの繰り返しで、定型化することができるものも多かった。それらは標準作業として定型化することで効率化を図った。
「事業会社の情報システム部門が新たなことに取り組むには、精神的、物理的な考える時間の確保が重要。個人の経験だけに依存した属人的な業務やルーティンワーク化した定型業務、定型化が可能だが非定型だと“思い込んでいる”非定型業務から脱却し、業務を外部に委託していかなければ現業に時間がとられて考える時間がなくなる。まずは徹底的に既存の業務を洗い直し、どの作業を手放せるかを決めていくことが重要だ」(進藤氏)
このようにマインドチェンジと業務の見直し、業務をアウトソーシングしながら、変更を進めたのがITインフラだ。データセンターで運用していたオンプレミスのシステムを「Amazon Web Services」(AWS)に移行し、従来のVPNアクセスの仕組みをインターネットアクセスへと切り替えた。
次に整備したのがソフトウェアだ。Web会議やチャット、社内SNS、ポータルサイト、リアルタイム/オンデマンド動画配信などが可能なアプリケーションをそろえた。テレワーク化とDX推進のためにITインフラがボトルネックになることを懸念してのリプレースだった。
またAWSのマネージドサービスを利用することで、専門的なIT人材がいなくても新しいサービスの構築が可能になった。
2020年4月の緊急事態宣言発出時、集合形式の入社式や新人研修が困難になった。コーセーは、せめて社長の言葉を新人に届けたいとの思いから、何とかして入社式を形にするために、動画配信システムを自前で整えることに取り組んだ。AWSのマネージドサービスを利用したことで、動画配信システムの開発が未経験であっても、たった2人で3週間で内部向け動画配信システムを構築できたという。
この動画配信システムは「KoCoTube内部向け配信サービス」と名付けられ、2020年4月1日の入社式で使われた。その後、外務ユーザーも使えるオンデマンド/リアルタイム動画配信サービスを内製し、現在、研修やセッションに利用している。
また、コロナ禍で小売店の化粧品売場に足を運ぶことに懸念を覚える顧客のために、店頭混雑状況の可視化システムも開発した。AWSのソリューションアーキテクトが参加し、コーセーの新人社員3人とのCo-Working(共働)で開発を進め、開発期間1カ月半という短期間でのリリースに成功した。
こうした取り組みと実績を背景に進藤氏は「デジタイズとデジタライズを組み合わせたのがDX。単なる業務改善でもなく、特定部門のものでもない。全社で取り組んでこそ、ニューノーマルの確立とニュービジネスの創造が可能になる。コロナ禍の対応やDXの取り組みは今までにない不連続な外部環境への挑戦であり、正解はない。これを推し進めるには社内のマインドの変容も必要。失敗を許容する文化を醸成し、スピードを重視してチャレンジを繰り返す組織と人、そして仕組みが重要。失敗してもやり直せる仕組みやプロジェクトを実現したい」という。
そのためには「ITベンダーとのCo-Workingが有効」だと強調した。AWSへの完全シフトとマネージドサービスの導入、サーバレスの全面採用を用いることで、スピーディーなサービス開発が可能になった。その一方で、スピードを低下させないために形式的なプロジェクト管理を撤廃し、システムの標準化と共通化を進めた。これが進められたのも、前提となる業務プロセスの整理に取り組んできたからだ。
進藤氏は「重厚長大なプロジェクト管理はDXには向かない。いかにチャレンジし続け、失敗を成功の糧にできるかが重要」だと言う。そのようなDX推進体制を組むためにも、ITベンダーとのCo-Workinngは重要だった。
同社とAWSとのCo-Workingは、単にアドバイスや技術支援を受けるという一般的なベンダーサポートとは異なる。情報統括部員がAWSソリューションアーキテクトとペアになり、AWSソリューションアーキテクトが仕事を進める横で、コーセーの部員が一緒に仕事をしながらノウハウやナレッジを学ぶというやり方を採った。
「当社の従業員はAWSソリューションアーキテクトの仕事ぶりを見てIT利用のノウハウやナレッジを習得し、AWSソリューションアーキテクトはコーセー社員の立場でタスクに取り込むことで事業会社のビジネスを深く学べる『Win-Win』の関係が築ける。業務委託型ではノウハウやナレッジはベンダー側に蓄積されるばかりでブラックボックス化し、情シス部門の空洞化を招きがち。ベンダーエンジニアの一挙手一投足を観察することで自社にノウハウやナレッジを蓄積できる」。
このようなCo-Workingでのプロジェクトを進めることで目指すのは、コーセー社員自身によるプロジェクト運営だ。「1回目のプロジェクトでITベンダーのノウハウやナレッジを身に着け、2回目のプロジェクトでは当社従業員だけでプロジェクトを運営できるようスキルアップを図る。依頼してやってもらうのではなく、自分たちが先導しながら一緒にやっていく姿勢が大事」(進藤氏)
なお、進藤氏はAWSのエンジニアリングに関するサービスの特徴を図4のようにまとめて、利用法をアドバイスした。無償サービスでは開発のベストプラクティスが期待でき、ライトなシステムやアプリ開発を高速に、一緒に楽しく検討することができる。また2種の有償サービスではAWS側に責任を確保してもらいながら企業のコアシステムの検討や運用のライフサイクルにわたる支援が得られる。違いを知って使い分けることを進藤氏は勧めた。
「DXは不連続への挑戦であり、見えているもの、分かっていることは一部だけ。AWSをクイックに使い倒し、トライアルを繰り広げていくスタイルが、『Have fun,Work hard(楽しんで、一生懸命働く)』なDX推進に有用だ」と進藤氏は期待を込めた。
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