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3万時間分の労働力が失われる――宝塚市が語るハイパーオートメーションの肝

2040年に市職員の減少で年間約3万時間分の労働力不足を見込む宝塚市。業務改革に着手したが、各部署で個別最適が進み「組織風土が改革を阻害する」こともあった。壁を乗り越え、組織横断的な業務の自動化を成し遂げられた理由は何か。

» 2021年11月17日 09時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 自治体における業務改革は、「個別最適からの脱却ができない」「組織風土により改革が阻害される」「改革の必要性は感じながらも行動に移せない」ことが課題として取り上げられる。

 兵庫県宝塚市も同様の課題を抱えていた。2040年には市民の高齢化により市の財政状況が厳しくなることが予想される。さらに市職員が減少することで年間約3万時間分の労働力が失われることを見込む。

 この状況を打破するには、総労働時間の適正化や職員自らが「働き方を変えなければならない」とする意識の醸成が必要だ。だが当初は、職員の間で業務変革の必要性やRPAなどの手段に対する認識にギャップがあり、各部署で個別最適に進む業務の手順を変えられない状態だった。

 ところが今は、市職員の意識が徐々に変わりつつあり、組織を横断した市全体の最適化によって、職員が「人ならではの価値」を創出できる体制にシフトしようとしている。同市は“トランスフォーメーション”をどのようにして成し遂げようとしているのか。宝塚市の3つの工夫を聞いた。

本記事は、Automation Anywhere主催のイベント「Imagine Digital Japan 2021」における「The Transformation of Takarazuka」のセッションを編集部で再構成した。


年間約3万時間の労働力が失われる、宝塚市の危機

 宝塚市の吉川 達氏(企画経営部 行財政改革室 行革推進課 係長)は、同市がRPAの導入に着手した背景として「2040年問題を背景とした課題」「新型コロナウイルス感染症がもたらした新たな日常への対応」の2点を挙げる。

 宝塚市は2040年に生産年齢人口が全人口の5割を下回り、65歳以上の高齢者が全体の4割以上を占めるようになると予測される。市税収入の伸びが見込めないだけでなく、社会保障関連費の増加が懸念される。シミュレーションによると、2027年から市の職員数が減少し始め、労働時間に換算して年間約3万時間分の労働力が失われる見込みだ。

 また、新型コロナウイルス感染症拡大によって人々の暮らしや価値観が変化し、以前とは異なる課題に対応しなければならない現状がある。

 「課題に対応するためには、市民や地域を起点としたサービスや価値を創出し、経営プロセスを変革し続ける仕組みを構築して、変革と協働による時代にふさわしい行財政経営を実現しなければなりません。そのためには職員の意識を変えた上で、行政内部の業務プロセスをトランスフォーメーションすることが必要だと考えています」(吉川氏)

トップダウンとボトムアップで意識改革を推進

 2040年問題に対応するために宝塚市は2019年に業務改革に着手した。まずはRPAなどを活用して業務を自動化し、従業員が「自ら業務を変えることができる」という実感を得ることを最初の目標としたという。

 だが、当時の宝塚市にはRPAに関するノウハウがなく、プロジェクトは、市の実態に即した手段をとれるようにコンサルティング事業者との共同研究という形で進められた。

 RPAツールの選定は、ツールの操作性やBotの管理機能の他、「Microsoft Excel」との親和性やプロジェクトに伴走するCSM(カスタマーサクセスマネージャー)の存在が決め手となり「Automation Anywhere」のVersion11を採用した。

 「本市はExcelで管理するデータが多く、プログラミング経験のない人でもRPAによるExcel操作が容易にできることが重要でした。また、最大限のROI(投資対効果)を出すためには、CSMの存在が欠かせないと判断しました」(吉川氏)

 今後、全ての機能がクラウドで動作する「Automation 360」へのマイグレーションを進める予定だ。

 同市が業務改革に着手した当初は、市職員の間で業務改革の重要性が十分に浸透していなかった。改善に向けてまずは幹部職員に対してワークショップを実施したところ、2040年問題を背景としたBPR(Business Process Re-enginieering)やRPAによる業務自動化の必要性について理解が得られたという。

 トップダウンだけではなく、職員一人一人の意識改革を進めてボトムアップの取り組みを醸成するために、管理職クラスや一般の職員に対してもセミナーを実施した。業務改革を進める担当者向けには、BPRの研修を2日間、RPAツールの研修を3日間実施した。

 BPRのフェーズは、既存の業務フローを可視化し、RPAとの共存を前提としたフローを見出した。コンサルティング事業者サポートを得て、手順を組み替えた業務フローの中から担当者自身が自動化に適した部分を見つけ、順にRPAを適用した。

「総論賛成、各論反対」の組織風土を変えるための3つの施策

 業務改革の推進には壁も立ちはだかった。次第に「個別最適からの脱却ができない」「改革を組織風土が阻害する」「業務改革の必要性は感じても行動に移せない」といった課題が浮上してきたという。吉川氏は次のように説明する。

 「宝塚市では部や課の意識が非常に強く、同じ目的の業務を異なる独自の手法で実施している場合があります。また、前例を踏襲した方法で業務を進める傾向があり、新たな業務手法へ移行するハードルが高いと言えます。いざ業務を変えようとしても、業務改革の重要性が十分に浸透していないことや、前例踏襲を重んじる組織風土がその行動を阻み、また方針レベルとしての総論は賛成するが、方策が具体的になると反対意見が出るような『総論賛成、各論反対』の状態も相まって行動に移せないことがありました」

 これを踏まえて2020年度は、「それまでの場当たり的なアプローチではなく、プロジェクトを戦略的に進めていくためのロードマップ策定に注力し、取り組みを進めた」という。具体的には次の3つの施策を実施した。

 1つ目の施策として各部署の業務を可視化し、幾つかの類型に分けた。同市の業務プロセスの特徴を明らかにするとともに、業務改革による効果を確認した。

 2つ目の施策として、職員の労働力の減少と業務の自動化が与える影響をシミュレーションした。目指すべきゴールを明確にするとともに、同市が置かれている状況や、業務を変革しなければ市民サービスを維持できないことを明らかにした。

 3つ目の施策は、2021年度以降の業務改革を効果的、効率的に進めるためのロードマップの策定だ。類型化した業務からモデルケースを選定し、同じ類型の業務に展開することで、効果的・効率的に業務変革が進められることを示した。ロードマップは今後減少する職員の労働力に対応するために「いつまでに何を進めなければならないか」を明確にしている。

 なお、2019年度と2020年度にRPAで自動化した業務は、「市税収納業務や生活保護に関する業務、予算査定業務など17業務であり、これによって年間1170時間の削減効果があった」(吉川氏)。

 これまでの取り組みによって業務を変えられると実感した人の中から「自発的に業務改革を進めようとする職員が増えていることも事実」(吉川氏)だという。

 「業務を変えるには、場当たり的なアプローチではなく、ストーリーやビジョンなどをもって取り組むことが重要だと改めて気付きました。特に組織に根付いた風土を変えるには、短期的な取り組みでは効果が出ません。長期的な視点で目的を明確にし、ベクトルを合わせた取り組みが重要だと考えています」(吉川氏)

 さらにRPAについて、吉川氏は次のように見解を述べた。

 「RPAは業務を大きく変化させることができるツールであることは間違いありません。しかし、RPAと人との共存を前提としたBPRを行わなければ、本来の効果を発揮できません。既存の業務フローを前提として導入するのではなく、人ならではの価値を発揮できるところとそうでないところを整理し、業務フローを再構築した上で、RPAを導入することが肝要だと思います」

 RPAなどの新たなツールを導入すると本来の目的を見失い、いつの間にかツールの導入が目的となってしまいがちだが、「RPAはあくまでも目的を達成するための手段であることを忘れないようにしなければならない」(吉川氏)と強調した。

ハイパーオートメーションにより、地域、市民、職員の価値を中心とした経営スタイルへ

 同市が抱えるさまざまな課題は「もはや担当課を主体とした取り組みでは間に合わない」(吉川氏)ため、業務改革を市全体の経営課題として捉え、個別最適から全体最適へ、組織横断的に取り組みを進める予定だという。

 「これまでの取り組みにより、自ら業務を変えられるという『実感』が、意識改革や組織風土の変革につながることが明らかになりました。今後は、組織横断的な業務変革や風土変革をさらに追求していくとともに、職員が人でしかできない業務に移行し市民や地域を起点としたサービスや価値を創出すること、経営プロセスを変革し続ける仕組みを構築して変革と協働による時代にふさわしい行財政経営を実現することを目指しています。令和3年7月に策定した『宝塚市行財政経営方針』にもその内容を掲げ、取り組んでいます」(吉川氏)

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