自治体はDX人材不足と限られた予算の中でデジタル化を進めなければならない。その難題の解決策として提案されているのがIT内製化だ。これをもう一段進めるアイデアとして「シェアDX」が提案されている。その詳細と事例について自治体DX推進のキーマンが語った。
「行政のDX(デジタルトランスフォーメーション)は(デジタル田園都市構想を掲げる)岸田政権下でも喫緊の課題とされています」と語るのは、サイボウズの公共特化営業チームの瀬戸口紳悟氏だ。総務省は2020年に「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」を策定し、2021年10月にはデジタル庁が発足し、政府・自治体のDX推進が本格化する状況にある。一方で自治体においては、職員数の減少や業務量の増加が続いており、業務の改善および効率化が求められる。
本稿は、サイボウズが2021年11月26日に開催した「サイボウズ Media Meetup Vol.8」での講演「『シェアDX』が変える日本の未来」を基に編集部で構成した。
DX人材が不足する自治体では、DXの推進に幾つかの「壁」を感じている。業務内容がニッチなため、パッケージソフトでは対応できず、結局は「Microsoft Excel」のマクロを駆使したような個人技に頼った個別ツールが乱立する。これでは担当者が異動すると業務の引き継ぎに支障が生じるリスクがある。中央省庁の場合は自治体よりも厳しいセキュリティや運用のガイドラインが設定されている場合もあるため、民間企業に比べIT開発や運用の負担はさらに重くなる。
課題の多いシステム運用状況を打破する方法として注目を集めるのが、ドラッグ&ドロップなどの操作でアプリを作れるローコード/ノーコード開発ツールだ。サイボウズのkintoneは、政府情報システムのセキュリティ評価制度(ISMAP)に準拠し、総合行政ネットワーク(LGWAN)への接続要件も満たしている。
2019年から兵庫県神戸市や千葉県市川市などで導入が始まり、2020年にはコロナ禍対応での需要増を受けて県庁、中央省庁での利用が広がった。2021年には各種助成金の活用やワクチン接種関連の運用業務など多様な用途のアプリ開発に利用され、現在は138自治体が導入している。以降で、3つの自治体におけるアプリ開発内製化の成功事例と「シェアDX」の効果を見ていく。
埼玉県川口市では、従来のExcelマクロ中心の業務環境を見直した。一部署のアプリをkintoneで内製するスモールスタートで始め、徐々に利用者を増やし全庁規模に利用を拡大した。具体的には、「コロナ緊急支援金支給進捗状況管理アプリ」「庁内情報照会アプリ」「データパンチ依頼アプリ」「公用車運転日報アプリ」を内製した。
同市の事例のポイントは2つある。1つ目は、アプリの内製化と並行して開発部門以外の部門でクラウドサービスを利用する環境を用意したことだ。自治体のシステムは業務領域によってインターネットや総合行政ネットワークを使い分ける「三層分離」が基本構成だ。同市では仮想ブラウザの採用などにより、kintoneをはじめとするクラウドサービスをスムーズに利用できる環境を整えた。セキュリティを維持しながら利用時のストレスを軽減する策を組み合わせたことが、大きく利用拡大の促進に寄与した。
2つ目のポイントは、情報政策課(民間企業のIT部門にあたる)が主体となった「kintoneアプリ作成支援キャンペーン」の展開だ。情報政策課が各部門に伴走して「1アプリだけ」の開発を支援し、内製化にあたり必要な知識やノウハウを伝え、ツールを活用できる人材を増やすことに成功した。情報政策課が全ての要望に応えることは難しいが、1部署1アプリに限って対応することで、かえってアプリ内製化が広く社内に認知され、活用される呼び水となった。
東京都では、2000を超えるユーザーが利用する庁内情報照会アプリの開発からkintoneによる内製化をスタートした。従来、庁内の情報照会はメールでのファイル添付が前提だった。各部署に情報記入用Excelファイルをメールで送り、回答ファイルを受け取って集計していた。担当部署のメール送信や管理に多大な負荷がかかる上、各部署でも回答記入やメール返信に手間がかかった。kintoneを利用して作成した庁内情報照会アプリでは、担当部署が回答依頼をアプリに登録すれば各部署に自動で通知され、アプリで簡単に回答ができる。回答の督促や集計も自動化し業務負荷は大きく軽減した。庁内の意見収集にも広く活用されるようになり、各部署のコミュニケーション活発化にも寄与しているという。
ワクチン接種関連の運用業務では、医療機関にkintoneライセンスを付与し、ワクチン接種に必要な医療券をkintoneに出力して受付から実施までの業務効率化に役立てた。このアプリはワクチン接種の初動対応に大きく寄与したという。
現在は全庁規模にkintoneを展開しており、2021年8月に発表した「シン・トセイ加速化方針」では「予算、人事、計画の3部門でのペーパーレス化」を宣言し、kintoneの活用も明言している。
大阪府堺市では、モバイルワークの改善をテーマにkintoneでアプリ内製化を進め、すでに100以上のアプリを稼働させた。
具体的には「工事現場に出向いての状況報告」や「戸別訪問でのケースワークなどの報告」に活用している。従来は現場で手入力した情報を帰庁後にExcelに転記し、管理者にメールで送っていた。報告用アプリの作成により、現場でタブレットアプリに入力したものを即座に管理者が確認可能になり、情報共有の時間が劇的に短縮した。
建築課の現場調査記録アプリでは、タブレットで撮影した画像をテキスト情報と合わせてアプリに登録して報告の時間を短縮し、健康福祉課の指導監査アプリでは、監査の指摘基準の例文を自動で取得し入力の労力を軽減した。非効率な業務を改善し、職員の可処分時間創出に成功している。
同市の取り組みの特長は、アプリ開発を全て内製化せず、システムベンダーが提供する「対面開発サービス」を効果的に取り入れている点だ。ベンダーによるワークショップで課題の整理と解決方針を策定後、現場担当者にベンダーの技術者がヒアリングを実施する。プロの知識やノウハウを駆使してシステム開発や評価を進め、改善を継続的に繰り返すアジャイル型の開発スタイルで業務改善を進めている。
アジャイル型の開発スタイルは、成果物を前提とする自治体の予算編成になじまず採用が難しくなりがちだが、定額制の開発サービスは予算化の課題を解決する一策になっている。
現在、自治体で生み出された多様な業務アプリやノウハウを他の自治体と共有する試みが広がりつつある。兵庫県加古川市の「加古川市新型コロナワクチンWeb抽選申込システム」は、同市の「オープンデータカタログサイト」で公開され、岐阜県岐阜市はそのテンプレートを利用した。大阪府が公開(シェア)した「大阪府新型コロナウイルス対応状況管理システム」のテンプレートは兵庫県や埼玉県で活用され、兵庫県神戸市の「公用車運転日報システム」は埼玉県川口市や愛知県知立市、鹿児島県奄美市で活用された。
瀬戸口氏は、「kintoneで作成したアプリをテンプレート化し、他のkintoneにコピーすることや、取り入れ後に変更や修正をすることは自由にできます。弊社では2020年から公共専属グループを立ち上げ、自治体への提案活動を強化しました。自治体職員なら誰でも参加可能な『Govtech kintone community』(通称ガブキン)を開設し、kintoneテンプレートのシェアやノウハウ共有を促進しています。現在、200自治体500人が参加するコミュニティーとなり、技術面の議論や利用促進のプレゼン方法、セキュリティの説明方法のシェアなど、さまざまな動きが広がってます」と述べる。
同社では業務改善ノウハウをセミナー形式で伝授する「ガブキン道場」や、自治体作成アプリを参照可能にする「自治体kintoneずかん」、動画解説をする「ガブキンYouTubeチャンネル」などでもシェアDX促進に取り組んでおり、2020年度からは公共機関との人材交流も実施し、他の自治体との課題共有やITベンダーの組織文化に触れる機会も提供する。
瀬戸口氏は、「kintoneの導入は、DX人材が豊富で情報収集に積極的な、県庁や政令指定都市、中核市が圧倒的に進んでますが、大多数の自治体ではまだ導入に消極的な状態です。そのキャズムを超えていくため、組織だけでなく広く自治体間で仕組みをシェアする『シェアDX』を推進します」と抱負を述べた。
民間企業の場合も競争力に関わる技術やノウハウの公開は難しいが、RPAテンプレートの共有をはじめ、競争力に直接関わらない周辺領域の情報公開など、オープン化が盛んになりつつある。シェアDXというキーワードは、公共機関にとどまらず今後ますます広がりを見せそうだ。
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