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"片田舎の町工場"のDXから学ぶ、1日30分を捻出するGoogle Workspace活用術

東邦工業はGoogle Workspaceを活用し、紙や固定電話をベースにした業務の進め方を徐々に変革している。そのアプローチには幾つかの工夫があった。中小企業ならではのDXの進め方とは。

» 2022年02月07日 09時00分 公開
[斎藤公二インサイト合同会社]

 企業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれ、中堅中小企業もその例外ではない。だが、大規模な企業と比較して人のリソースやお金が潤沢でないという理由から、DXの取り組みをなかなか進められないといった悩みも聞かれる。

 東邦工業は、150人の従業員を擁するプラスチック製造企業で、2022年に創業62年を迎える。従来は、固定電話や紙の回覧、ホワイトボードで情報を共有しており、業務には幾つもの二度手間が発生していた。こうした状況にメスを入れようと「Google Workspace」を導入したが、すぐに浸透したわけではなかった。

ハンコのせいで生産計画をリアルタイムに確認できない……

 同社は“中小企業ならではの進め方”によって二度手間を削減し、業務の変革を実現している。東邦工業のIT化推進室 室長を務める堀 敦史氏が、自社の取り組みと中小企業におけるDXの在り方を共有した。

 東邦工業が効率化を進めた業務の一つに「工場の生産スケジュールの確認作業」がある。従来は、紙に印刷した生産スケジュールを関係部署の間で回覧していたため、最新の情報をすぐに確認できないことを課題に感じていた。

「生産部門が1カ月分、1週間分の生産予定を作り、紙に印刷して回覧していました。関係部署がハンコを押しながら回覧するため、月曜日に生産予定を作成しても回覧が終わるのは木曜日になります」(堀氏)

 回覧の途中で内容に変更があった場合は、生産予定を作り直す必要がある。最新情報は事務所のホワイトボードに記していたが、関係者がわざわざ事務所に出向いてホワイトボードを確認する手間が発生した。生産部門に「今日は機械が使えるか」と問い合わせの電話が寄せられる場合もあり、その対応に苦慮していたという。

 「電話は事務所のデスクにあるため、担当者が工場にいる間はつながりません。担当者が電話に応対するために、現場を離れて事務所まで戻らなければならないこともあります」(堀氏)

 この状況を改善するために、東邦工業はまず生産予定を「Google スプレッドシート」で作成することにした。「たったこれだけのことで、生産予定の作成と作り直し、印刷と回覧、問い合わせとその対応にまつわる数多くの無駄が解消されました」と堀氏は振り返る。

 「書類を作る時間は変わりませんが、製造担当者、営業部員、事務員の約20人について、1人当たり1日平均30分の作業時間を別の仕事に当てられるようになりました。無駄な手間と時間を省いて生産性が上がり、コミュニケーションとコラボレーションが加速しました」(堀氏)

Google Workspaceの浸透のコツは?

 2020年には固定電話のスマホ化と、Google Workspaceの導入にも取り組んだ。「会社での働き方は日常生活ほど便利になっていない。せめて世間に追い付こう」という思いがあった。

「日常生活ではあらゆる作業をスマホで完結させていますが、会社に来た途端にスマホを使えなくなります。備品を購入する際は、専用用紙に必要事項を記入してハンコを押さなければなりません。会社でもスマホを使って業務を効率化させたい。最先端でなくてもいいから、せめて世間に追い付こうと考えました」(堀氏)

 150台の固定電話を10台に減らし、残りをスマートフォンに代替した。これに伴ってスマホでチャットツールやグループウェアを利用できるように「Google Workspace」も導入した。だが、ツールを導入しただけで何かが変わるわけではなく、従業員からは「仕事でチャットなんか使えるか」という声も上がったという。そこで同社は、従業員が日常的にツールを利用できるようなルール作りを始めた。

 「不在メモをデスクやPCに張り付けるのではなく、チャットを使うよう働きかけました」(堀氏)

 ルールを作る際は何かを禁止するルールではなく、「上司、上役でも必要なときはチャットで連絡しても良い」「自由にグループチャットやルーム、スレッドを作成して良い」など“許可するルール”を作ることを心掛けた。「このように小さな事からコツコツと取り組んでいくことが重要です」と堀氏は話す。

中小企業のDXは「小さなことを矢継ぎ早に」実施することがポイント

 同社では、従業員が気付いていない非効率な作業をIT推進化室が積極的に改善することで業務の変革を進めている。郵送作業や内線番号表の更新作業、食券購入申込書の記入時に、同じ項目を二重にタイプしていることに気付き、スプレッドシートで情報を共有する運用に変えたというケースもあった。

 「従業員に『何か無駄がないか』と聞いても、明確な答えが返ってくることはまれです。私たちから“親切を押し売っていくスタイル”で二度手間を見つけることを意識しました。身近な業務が便利になったと従業員が実感すれば、良い雰囲気を醸成できます。小さなことでよいので、矢継ぎ早に取り組みを進めることが重要です。文化と意識を変えることこそがDXで目指すべきものです」(堀氏)

“片田舎の町工場”が変われた理由

 東邦工業は、経営方針として「超合理化主義」を掲げ、新たな取り組みも開始した。従業員の行き先予定や会議室の使用状況をひと目で確認できるサイネージの導入、お知らせや各種リンクを備えたポータルサイトの構築、稟議・決裁のワークフロー構築などがその例だ。同じ悩みを抱える企業に対し、これまでに構築したサイネージのシステムやワークフローの仕組みを提供する意向もあるという。

 「DXは何かを変えることではなく、変化し続けて行った結果、DXにたどり着くと考えています。東邦工業はどこにでもある片田舎の町工場でした。ただ1つ違ったのは、社長が変化を望んだこと、それに応えうる人材を見つけたことです(堀氏)

 最後に堀氏は、中小企業におけるDXのコツを示して講演を締めくくった。

 「DXによってボタン一つで書類を作成できるようになったり、モノを作る速度が速くなったりすることはありません。DXによって生産性を高めるとは、二度手間、三度手間をなくし、必要な情報にみんなが素早くアクセスできるようにすることです。いきなり大きな成果を求めず、小さな一歩を積み重ねていくことが、中小企業がDXを推進していくポイントだと思います」(堀氏)

本稿は、Googleが8月31〜9月1日にオンラインで開催したセミナー「Collaboration Cloud Summit」における「中小企業におけるリアルなDXの始め方」の内容を再編集した。


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