3次元の仮想空間でアバターが自由に行動する「メタバース」は、かつてセカンドライフが隆盛した時代から、大きく進歩した技術を駆使して脚光を浴びる。メタバースとは何か、また、メタバース内におけるお金と権利といった課題を集約した日本政府主導のガイドラインとは。新たな取り組み"バーチャル渋谷"と合わせて解説する。
Facebookが「メタ」に改称した際、創始者のザッカーバーグ氏が「メタバースに1兆ドル規模の投資を行う」旨を発表し、一気に話題が盛り上がった「メタバース」。具体的な定義は曖昧だが、例えば現在人気のオンライン対応ゲーム「Apex」や「フォートナイト」「あつまれ どうぶつの森」などが実現する「複数のアバターが、互いにリアルタイムで相互作用性のある活動ができ、コミュニケーションも取れる仮想の3次元空間」も広義のメタバースだ。
メタバースといえば、約15年前に一時隆盛となった「セカンドライフ」を想起する人も多いだろう。セカンドライフはユーザーが自分で店舗や各種施設といった不動産などを構築し、仮想の不動産やアバター関連のアイテムをユーザー同士が暗号資産で売買でき、しかも現金への交換も可能で、「新しい市場」になり得ると考えた人も多かった。現実には、現金化における不正やワールドの参加人数制限による過疎化、アダルトコンテンツの増加といったネガティブ要素が重なり、次第にユーザーを失っていった経緯がある。
現在取り沙汰されているメタバースは、セカンドライフ登場当時とはまるで異なるVR(仮想現実)/AR(拡張現実)/MR(複合現実)技術や、5Gなどの高速ネットワーク、スマホやヘッドマウントデバイスといった高性能デバイスを活用し、より豊かな体験ができる。多くのビジネスチャンスが公共かつ社会的メリットをもたらすように拡張された3次元仮想空間が想定される。
メタバースに期待されるのは、メタバースプラットフォーム上に多種多様な事業者(サービスやコンテンツの提供者)と一般のユーザー(=消費者)が集い、現実世界と同様に複数の事業者とユーザー間でのコミュニケーションや商取引などの経済活動や文化活動ができる世界だ。
提供されるサービスは、ゲームの他にもオンラインイベント、ライブステージなどのエンターテインメント、ショッピング、教育・医療関連のサービスやコンテンツといった、現実世界と同様かつ多岐にわたる。また、一つのメタバース空間だけでなく、複数のメタバース空間が連携して新しい経済圏を構成するとも予想される。具体的にどのようなものが出てくるのか、また技術的には可能でも法制度や既存の商慣習、現実での常識や倫理観と矛盾がないものにできるかどうか、期待と猜疑(さいぎ)が混ざった視線で注目される。
グローバル規模でメタバースは注目を集める中、日本では2020年5月から「渋谷区公認 バーチャル渋谷」(以下、バーチャル渋谷)というプロジェクトが進行している。バーチャル渋谷とは、上図のスクランブル交差点に代表されるような現実の東京・渋谷の街並みをデジタルツインのように仮想空間上に再現し、“渋谷らしい”サービスやコンテンツを提供する。また、行政や商工業者などとも協力、連携して、都市課題の解決や新しい街づくりに資する取組みをエンタメ領域から進める。例えば2020〜2021年と連続して開催された「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス」を筆頭に、2021年10月16〜31日には音楽ライブやトークライブを中心に多様なイベントを開催し、延べ55万人に上るユーザーが世界中から参加した。
この取組みは2019年9月にKDDIと渋谷区観光協会に加え、渋谷区など多数の組織が参画する一般社団法人渋谷未来デザインの三者共同による、5G活用「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」に端を発する。現在はさらに多くの企業が参画し「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」へと名称を変更している。2020年5月にはバーチャル渋谷初のイベントが開催された。「攻殻機動隊 SAC_2045」の空間ジャックや、イベント出演者と一緒にアバターでスクランブル交差点付近を散策しながら思い出を語るといった体験ができた。バーチャル渋谷は、現実都市の景観と行政や住民、商工業者が密に連携した組織が主体となって、仮想空間ならではの工夫を凝らした取組みをしたメタバースの活用例といえる。
KDDIの担当者は「そもそもメタバース構築が目的ではなく、5Gなどの技術で渋谷を盛り上げる仕組みがどう作れるかという視点でのチャレンジだった」と語るが、バーチャル渋谷の構築やイベント開催を通して得た知見と課題は、今後さらに拡張されたメタバースへの進化に多くの示唆を与えるものと思われる。
プロジェクトを推進してきたKDDI、渋谷未来デザインは「バーチャルシティコンソーシアム」を2021年11月に発足させた。東急やみずほリサーチ&テクノロジーも参画し、さらに渋谷区と経済産業省もオブザーバーとして参加する。コンソーシアムでは、メタバースと実在都市を中心とする物理空間とを機能的かつ経済的に連動させ、日本発の「都市連動型メタバース」プラットフォームの創造を目指して議論が交わされている。その成果の一つが、「バーチャル渋谷」などのこれまでの取組みでの具体的課題を含めて集約した「バーチャルシティガイドライン Ver.1.0」(2022年4月22日公開)だ。メタバースに関するガイドラインとしても世界に先駆けた取組みといえるだろう。
以下には、同ガイドライン(バーチャルシティガイドライン:http://shibuya5g.org/research/docs/guideline.pdf)の要点を記す。
同ガイドラインでは、都市連動型メタバースとは次の各要素を満たすものと定義されている。
(2)(3)(4)は15年前から実現できているが、(1)のスマホなどのデバイスやヘッドマウントディスプレイなどマルチデバイスからの恒常的なアクセスは近年になって実現した。また(5)の多数同時接続は5Gの特徴の一つでもあり、数十万人やそれ以上の同時参加が可能な技術は既に存在する。(9)に関しては渋谷区の他、大阪などでも取組みが進められ、成功事例が増えてくれば取組みは加速するだろう。それが実を結び出したときに、(7)のリアルと仮想の経済圏の連携、(6)の別の仮想環境との相互運用性が重要性を帯びてくる。
なお、ガイドラインでは、単に実在都市のデジタルツインを構築するだけでは「劣化版の現実」になってしまうとも指摘される。メタバースでどのような体験を提供するのか、目的を明確にするのが重要だということだ。セカンドライフがキラーコンテンツを提供できずに失速したように、少なくとも現実世界とは異なるメリットが実感できるようでなければ意味がない。またステークホルダーの全てが納得できる権利保護やプライバシー保護の仕組みも重要だ。
ガイドラインでは多くの論点が示されているが、主要トピックとしてここでは以下の項目を紹介する。ただし各項目は今回のVer.1.0においては課題の集約にとどまり、「提言」は次のバージョンに盛り込むべく議論を続けているとのことだ。
以下で、各項目について概説する。
現行法では建物などの景観の再現や改変に住民や自治体の同意を得ることは必須でないが、住民の生活に悪影響が発生せず、住民や自治体・地域団体との関係性を構築することが重要だと指摘している。
企業活動だけでなく自治体や地域の活動も同プラットフォーム上で行いやすいように意識して設計することが望ましい。また別のプラットフォームとの相互運用性やプラットフォームの継続性を一般的なメタバース以上に考慮すること、NFTが付与された仮想オブジェクト、ユーザーIDやアバターなどのデジタルアイデンティティーなどが複数プラットフォームで一貫できるよう考慮すべきとしている。
参加する事業者単位での商品やサービス、情報連携だけでなく、都市連動型メタバースで得られた収益の一部を連携する自治体や関連組織などに分配することも視野に入っており、今後オープンイノベーション形式で実施されるまたスーパーシティーやスマートシティー、デジタル田園都市国家構想などの議論、施策ともつながる可能性が示唆されている。
ユーザーがコンテンツやサービスを創造し、自由に提供できる環境が望ましいとし、ブロックチェーン技術を活用したNFTやDAO(自律分散型組織)の受け皿としてのメタバース活用も指摘された。NFTについては法的に未整理の部分が多く、既存の暗号資産のように投機的側面にのみ注目されるとユーザーの離反につながるため、関係者は事業者目線でなくユーザー目線での設計が重要としている。なお、ユーザーによる自律的運営のためのオープンガバナンスについても検討する余地があるとされる。
ユーザーの創作物であるUGCには著作権が創作者に帰属する。しかしUGCの複製や公衆送信、二次的著作物の作成ができないとプラットフォーマー側もユーザー側も活動が制限される。ガイドラインでは、メタバース利用規約にユーザーによる許諾や著作者人格権の不行使等を明記することを通して、ユーザーの権利保護とプラットフォーム運営のバランスをとることが重要だと指摘する。なお、UGCのn次創作を促す仕組みを構築する場合には、改変等のn次創作を許容するための条項を利用規約に含めるだけではなく、UGCに対してクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを創作者が簡単に付与し、別のユーザーがUGCのライセンスを確認できるといった柔軟な権利処理ができる仕組みが重要とした。
アバターも創作者に著作権があることを前提とした権利処理の必要も指摘されている。これについても複製や再頒布、公衆送信に関する許諾を得るため利用規約などに盛り込むべきとしている。また他のプラットフォームでデジタルアイデンティティーを保つ構成要素となるため、アバターのデータ使用の標準化やプラットフォームに依存しないデータ保存方法などについて、業界横断的な連携が必要と指摘している。なお、アニメ調やリアル調のアバターの肖像権の有無、衣類などの意匠権などさまざまなケースについて権利の考え方が記載されている。
以上のように、ガイドラインは必ずしもメタバースを前提としないサービスや仮想空間プラットフォームの構築・運用にあたっても重要な示唆を含むものとなっている。KDDIをはじめ「バーチャル渋谷」の実現に至るプロセスでのノウハウや課題ポイントが詰まっており、メタバースに関する議論のベースになる貴重な取組みだ。
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