2021年にSAPが発表した「RISE with SAP」は、クラウドシフトを加速させる。ここで改めてERPの現状と未来、トレンドを分析し、RISE with SAPや関連サービスBTPの活用事例を紹介する。
ERPのクラウドシフトが急速に進む中、2021年にSAPが発表した「RISE with SAP」はこのトレンドをさらに加速させる。本稿ではERPの歴史や現状、未来、トレンドを確認しつつ、RISE with SAPの基本やクラウドシフトを後押しするサービス「SAP Business Technology Platform」(以下、BTP)と活用事例を紹介していく。
ERPの基本と現在のクラウドシフトのトレンドについて解説する。
ERP(統合基幹業務システム)は、個別業務に最適化された各種業務システムが乱立することで発生するデータの重複や矛盾、入力作業の重複、企業活動全体の状況把握の困難を克服するため、「部分最適から全体最適」を目指すシステムとデータの統合に大きな役割を果たしてきた。
統合による効果は個別業務の効率化にとどまらず、適時の経営指標把握や分析、経営リソースの無駄のない有効活用、経営管理の合理化・効率化、企業全体としての生産性向上にも及ぶ。さらに現在では、単なる業務効率化ツールではなくビジネス変化を的確に捉え、即応するためのデータ分析・活用のベースとなるシステムとしての様相を呈する。
そのシステム形態は、古くはメインフレーム中心のスクラッチ開発に端を発し、70年代にはオープンシステム向けのERPパッケージが誕生、SAPがリードする形でパッケージ導入が進んだ。ERPパッケージには各種業務のベストプラクティスが機能として追加され、製品として洗練されていったが、企業個別の要件を全て反映したわけではなく、特に日本では独特の商習慣に合わない部分もあってアドオン開発で機能を補うのが一般的だった。
その後、国産の業務特化型のERPパッケージが登場したり、汎用的なパッケージが特定業種や業務向けに提供されたりすることで、企業の個別業務に即応可能なものに進化した。なお、アドオン開発の種類や量は減少傾向だが、いまだにその必要性はなくなっていない。
現在は従来のようにパッケージをオンプレミスシステムに導入・構築するケース以外に、プライベートクラウド(IaaS、PaaS)で導入・構築するケース、あるいはパブリッククラウド(SaaS)としてパッケージ機能を利用するケースも増えた。
作業場所を問わずにアクセスでき、初期費用が軽減し、運用管理の負担も軽減できるとあって、ERPのクラウドシフトは世界的なトレンドだ。調査会社ITRの「ERP市場2022」によると、2020年度のERPパッケージ市場(国内)は前年度比2.4%減のマイナス成長だが、SaaS市場は同27.2%増と高い伸びを示しており、今後もその高い成長率が続くとみられる。
SaaSは基本的に、アドオンのないあるがままのサービスを利用が基本だ。クラウドERPでもそのように利用される一方で、従来と同じように機能のアドオンを望む企業も多い。
ERPパッケージの普及に大きく貢献したのは「SAP ERP」や、その後継の「SAP R/3」(以下、R/3)だ。R/3ユーザーは今も多いが、後継製品「SAP S/4HANA」のリリース後、R/3のサポート終了期限は2025年と発表された。これは後に修正され2027年までとなったが、R/3ユーザーはこの数年で新たな対応を迫られることになった。
サポート切れを気にせず使い続ける選択はリスクが高い。他のERPパッケージに乗り換えるには新規構築の負担が大きい。S/4HANAへの移行がスムーズにできるかどうかにも不安が残る。また、他のERPパッケージ導入企業もS4/HANAへの移行負担が軽ければ、クラウドシフトを進める選択肢となろう。
このような状況下で2021年にSAPが発表したのが「RISE with SAP」だ。これは「S/4HANA Cloud」などの同社製品をベースにERPをクラウドシフトするソリューションだ。現在のERP形態についてSAPの資料を基に見ておこう。
この図に見るように製品の提供形態は7種類だ。オンプレミスやプライベート/パブリッククラウド向けの形態からSaaS形態までが取りそろえられ、それぞれにSAPと導入ベンダーの責任範囲が区別されている。
RISE with SAPソリューションが対象としているのはSaaSとして提供される「S/4HANA Cloud(Public)」(以下、Public)、「S/4HANA Cloud(Private)」(以下、Private)の2種類だ。ソフトウェアライセンスも違うが、大きな違いはPublicではアドオン開発がSAPのside-by-side拡張と呼ばれる拡張方法に絞られる点と、テンプレートやアプリケーション運用もSAPが責任を持つ点だ。基本的にはアドオン開発は最小限に、コア機能を中心とした利用に向き、そのかわり運用の負担はSAPに任せて負担を軽減できる。
Privateは、従来のアドオン開発を含むオンプレミスの構築とよく似ているが、プラットフォームがクラウド化しSAPが運用責任を持つというイメージだ。どちらも導入や移行の負担が少ない形態となり、これからクラウドERPへのシフトを図る企業には適切なプランになるだろう。
SAPは同社が「Intelligent Enterprise」と呼ぶ、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、アナリティクスなどの最新技術を活用して、ユーザー企業の従業員の生産性を高め、予測に基づく先見的なビジネスを可能にすることを戦略として掲げている。
プラットフォームからビジネス・プロセス管理に至る部門横断的な数々のソリューション提供に及ぶが、コアとして位置付けられているのがERPだ。RISE with SAPは、SAPが掲げる「Intelligent Enterprise」の実現を加速するサービスとして生まれた。
このサービスの特徴の1つは、既存のERPからS/4HANA Cloudへの移行のステップに応じたサービスの提供だ(図3)。
例えば、業務の現状と改善余地について把握するための「Discovery Report」により既存ERPデータを分析し、課題発見を手助けする。システム移行においては、アドオンされた開発コードの解析をする「Custom Code Analyzer」や、移行準備のための技術情報を提示する「Readiness Check」が利用できる。それらの結果を基に、自社最適な形でS4/HANA Cloudを設定し、運用するためのインフラサービスも用意される。
つまりシステム面から、従来は膨大な負荷がかかるポイントになっていた業務分析とシステム改善アセスメントを効率化し、その上で新プラットフォームのERPが利用できるというわけだ。
多様なパートナー企業と連携可能なビジネスネットワークや、他の業務システムと連携にしたり機能拡張したりするための基盤「Business Technology Platform:BTP」も提供されている。
BTPは次のようなポイントを実現するとSAPは示す。
BTPでどのようなサービスが利用できるかは、SAPの公式サイトで解説している。
ERPである以上、既存業務が効率化しなければ導入・移行の意義は薄い。マッキンゼーが2020年に日本企業に向けて公開した緊急提言「デジタル革命の本質:日本のリーダーへのメッセージ」では、デジタルで生み出される価値の7割は既存事業の変革により生み出され、残りの3割が新規のディスラプティブなビジネス創造から生まれるとの推定が語られている。
DXは新たなビジネスモデルを生み出す側面に脚光が当てられがちだが、実際には既存事業をデジタルで変革することによって生まれる価値のほうが大きいというわけだ。
経済産業省の「DXレポート」で示された「2025年の崖」はレガシーシステムの運用をこのまま続けると運用コストが増して最大年間12兆円の経済損失が生まれると警鐘を鳴らしたが、そこで意識されたレガシーシステムにはR/3を含むサポート切れ間近のERPも想定されている。
これらの点も考え合わせると、まずはレガシー資産の束縛から抜け出し、既存業務の効率化を図ったうえで、新技術を活用した新ビジネスモデルを構想できるERPでなければならない。
上述のようにRISE with SAPとBTPサービスを組み合わせたシナリオとして、SAPは次のようなユースケースを示す。
PDFや画像で受け取った請求書を手入力する代わりに、RPAがメールボックスから該当メールや添付ファイルを抽出してフォルダに移動する。「Document Information Extractionサービス」や「Document Classificationサービス」を使用し、ドキュメントの特定のフィールドからテキストデータを抽出したうえ、「REST API」経由でSAP S/4HANAに請求データを自動入力する。
入力後、修正可能性があるデータや不一致エラーに自動でフラグ設定し、修正を容易にできる。業務生産性と精度が向上させられる。
取引先や社内営業担当からの照会依頼を受けた、請求書や購買依頼伝票の確認などが発生した際、手順確認や複数システムへのアクセス、ID番号のコピーアンドペースト作業などに手間と時間がかかり、繁忙期には問い合わせの相手を長時間待たせることがある。この作業を、自然言語処理で応答するチャットbotに一部任せ、半自動化できる。
「SAP Conversational AI」のドラックアンドドロップUIを使用して、チャットbotロジックを迅速に構築可能で、そのデータはREST API経由でS/4HANAがリアルタイムに取得できるよう作り込める。
取引先や社内営業担当は、社外向けポータル画面やモバイルデバイスなどからチャットbotにアクセスし、照会情報をセルフサービスで取得可能になる。
製造業では生産設備の故障は機会損失に直接結び付く。「IoT Service」を用いてデバイスからのセンサーデータをS/4HANA Cloudが受信し、データベースに格納し、「Machine Learning Foundation」のライブラリを用いて、相関性の分析・モデル化を簡易に実施する。分析結果から故障予測をスコアリングし、結果をS/4HANA Cloudに書き戻すようにすると、故障可能性の判断が精度良くできる。
自動もしくは監視オペレーターの指示により、「SAP Ariba」やS/4HANA Cloudに購買発注やサービスオーダーの送信が可能になる。故障要因のモデルは、故障時期の予測や故障確率のスコアリングに利用でき、スコアをダッシュボードなどで監視し、交換が必要な機械部品を判別し自動で購買発注を指示できる。
以上のように、RISE with SAP、BTPサービスは従業員の負担を軽減し、SAPが唱えるIntelligent Enterpriseにいっそう近づけるためのソリューションとなっている。
今回はSAPのツールについてのみ紹介したが、他のERPベンダーも同様にクラウド移行サービス、アドオンの容易化、AIやアナリティクス技術への対応、既存システムや他サービスへの連携などに注力しているところだ。
ERPのクラウドシフトはDX推進に特に効果的だ。自社に最適なクラウドERP選びの参考にしてほしい。
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