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愛媛の伊予鉄がなぜRPA外販の道を選んだのか

伊予鉄総合企画ではRPA(Robotic Process Automation)を学んだメンバーが、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進だけでなく社外向けのアウトソーシング事業でも活躍し成果を上げている。なぜ鉄道系企業がRPAの外販を始めたのか。

» 2022年09月22日 11時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 先が見通せない時代に、企業におけるDX推進が叫ばれている。だが、特に地方の中小企業ではDXを担う人材やコスト、ノウハウ不足といった問題を抱えがちだ。

 伊予鉄グループの一員として、四国全域で広告事業や人材ビジネス事業、DX推進事業、BPO事業などを展開している企業として伊予鉄総合企画がある。同社はRPAの活用のみならず、RPAを通じて地方の中小企業におけるDX人材育成に貢献している。

 ただ、プロジェクトの工程では、RPAの学習につまずいたり、コロナ禍の影響でRPA事業が立ち行かなくなったりするといった困難があった。どのように乗り越えたのか。

非IT部門の従業員がRPAを独学し挫折

 2022年7月28、29日に開催された「SoftBank World 2022」に登壇した伊予鉄総合企画の岡田亮氏(営業本部 DX推進部 DX推進課 課長)が、RPAをDXのトリガーツールと考えるようになったいきさつと伊予鉄グループのDX推進について語った。

 伊予鉄総合企画は、伊予鉄グループのDX推進を担う事業会社として、「事務処理の集約および効率化」「DX人材の育成」「事業会社のDX推進」の3つの役割を担っている。このうちDX人材の育成は、同社のRPA活用に端を発するという。

 岡田氏は伊予鉄総合企画がRPAに出会ったきっかけを次のように振り返る。

 「静岡県の鉄道グループがRPAを使って業務効率化を図っていると聞き、2018年7月に現地を視察しました。視察の結果、伊予鉄グループでも同様にRPAを活用できるのではないかと考え、グループ内導入に向けて検討を始めました」(岡田氏)

 2018年10月にRPAテクノロジーズが展開する「BizRobo!」のハンズオンセミナーを社内で実施したところ、従業員から「想像以上にロボット作成が簡単」といった感想が上がった。こうした反応を見た経営層が「社内活用だけでなく、他の中小企業にも展開が可能」だと判断し、2019年3月にRPAテクノロジーズとBizRobo!の販売パートナー契約を締結した。

 伊予鉄総合企画はBizRobo!の販売を開始するにあたり、まず社内でモデルケースを作成しようと考えた。同社は自社内にIT部門がないケースが多い地方中小企業の実態を考慮し、非IT部門である営業部門主体で学習を進めるとともに社内説明会を実施し、自動化対象業務を募った。

 技術習得のためのプロジェクトメンバーは営業職3人で構成された。2019年4月には営業職採用の新入社員を中心に5人増員し、eラーニングサイトでの自己学習を中心に約1カ月間のトレーニングを実施した。しかしこの試みは思うように進まず、自動化対象業務も期待したほどは集まらなかったという。

 そこで同社はIT部門のシステムエンジニア(SE)に短期間でBizRobo!を習得させ、SEを講師とした勉強会形式の学習方法に切り替えることにした。プロジェクトメンバーは一度挫折したことからITに対する強い苦手意識を持っており、それを克服する目的で勉強会の開催前に各自がつまずいたポイントをヒアリングした。

 ヒアリングの結果、HTMLや正規表現、変数などがつまずきやすいポイントだと判明したことから、勉強会ではこれらのポイントをできるだけIT用語を使わずに解説したという。変数についてはExcelの関数を引き合いに出し、普段から何げなく使っているツールにも変数が存在すると説明するなど、さまざまな工夫を凝らしてプロジェクトメンバーの苦手意識を取り除いた。

 BizRobo!の機能や業務ステップの多いロボットの作成などもつまずきやすいポイントだったため、独自の学習用ポータルサイトを開発するとともに、実業務でも使えそうなBizRobo!の機能も一つずつ丁寧に解説した。機能を学習した後、プロジェクトメンバーに「簡単な機能のみでステップ数が多いロボット」の作成を課題として与え、実業務と同レベルのステップ数のロボット作成に慣れさせた。

 丁寧な指導を約2週間実施した結果、最後に実業務と同レベルの難易度の課題を与えると、全員が問題なくロボットを作成できたという。

 2019年6月から7月にはBizRobo!のパートナー企業の技術者を招き、業務ヒアリングの仕方や設計書の書き方といった、ロボット作成以外のノウハウも習得させた。

 こうした一連の学習を経て顧客企業にもBizRobo!の技術支援が可能になり、製品の販売が徐々に進んだ。2020年1月頃にはRPA販売事業が軌道に乗り始めたが、2020年4月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延の影響で愛媛県に緊急事態措置が適用された。それまで同社が対面で実施していた営業活動や支援活動、研修活動が全てストップする事態となった。

コロナ禍の危機をどう乗り越えたのか

 ようやく軌道に寄り始めたRPA販売事業を進められなくなり、旧業務を取り入れながら試行錯誤していたところ、伊予鉄総合企画はRPAの営業活動で面識のあった財団法人から新型コロナウイルス関連の協力金と給付金申請における申請書のデータ化の相談を受ける。これについて岡田氏は次のように説明する。

 「三密回避のために少人数で実施し対面でのやりとりを極力減らすという今までにない案件であり、かつ1週間という短期間での立ち上げが必要な、かなり厳しいご相談でした。しかしRPAを学んでいたプロジェクトメンバーが中心となり、AI-OCRやクラウドサービスなどのRPA以外のツールを活用し、素晴らしい提案をしました」(岡田氏)

 また、外販が進められないために同社が運営している指定管理施設における業務を見直すことになった。ここでもRPAのプロジェクトメンバーが中心となり、BPR(Business Process Re-engineering)を進めるとともにローコードツールによるアプリ開発やRPAのロボット作成などを手掛け、デジタルを活用した業務再構築を実施していった。

 伊予鉄総合企画はこうしたコロナ禍の受託事業がきっかけとなり、その後さまざまな自治体や関連団体からデジタルやBPOに関する相談を受けるようになったという。その結果、デジタルを活用した良質なアウトソーシング事業の提供が可能になった。

 営業活動においても全営業職がノートPCを所持し、Web会議ツールを活用して非対面での商談を行うなど、コロナ禍でも継続できる営業体制を確立した。その結果コロナ禍前を上回る規模の営業活動ができるようになり、改めて事業が軌道に乗り始めているという。

RPAの学習と活用を通じて地方中小企業のDX人材育成に貢献する

 岡田氏はこうした一連の流れを振り返り、次のように分析する。

 「社内におけるRPAの学習と活用はDX人材の育成につながるのではないかと考えるようになりました。DXを実施するために検討、実施しなければならない事項とRPAでロボットを作るために検討、実施しなければならない事項は類似している部分が多く、なおかつそれほど難しくないRPAの学習を実施することで、他のデジタルツールを活用する際の意識的なハードルが下がるのではないかと考えています」(岡田氏)

 この気付きを基に、伊予鉄総合企画では社内におけるDX人材の強化を目的として「新入社員にはまずRPAを学習させ、ITの素養を計るとともにデジタルへの関心を高める」「人事異動でDX人材を各部署に配置し、全社的なITリテラシーの向上を図る」「DX推進部門に長期インターンシップを受け入れ、DX素養のある人材の獲得を目指す」といった施策を実施している。

 さらに伊予鉄総合企画は営業活動を通じ、地方中小企業のDX推進には「社内にDXを推進する人材がいない」「何をすればよいか分からない」の2つの課題があることに気付いたという。これらの課題を解消するために、同社はRPAをDXのトリガーツールとして顧客企業に提案している。

 これについて岡田氏は、「当社は自社の経験から、RPAの学習と活用による人材の育成が地方のDX人材育成を推進すると考えています。RPAをDXのトリガーツールとして顧客企業に提案した結果、複数の企業から『RPAの導入をきっかけに社内DXが推進された』『経営層のDXに対する考え方が前向きになった』などの声を頂きました」と語る。

 しかしRPAだけで全ての課題を解決できるわけではない。伊予鉄総合企画は今後AI OCRや電子入力システムなどのRPA周辺のデジタルツールの取り扱いを徐々に増やし、顧客である地方中小企業のDX推進を総合的に支援していくつもりだという。岡田氏はセッションの最後に次のように意気込みを語った。

 「今後も新しい技術やノウハウをいち早く取り入れ、地方DX推進の先駆者となれるよう、まい進していく次第です」(岡田氏)

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