RPA業界で一世を風靡(ふうび)した「RPAしくじり先生」がいちばんやさしいDXの進め方を披露した。ポイントは3つあるという。
求人情報サイトの「バイトル」や「はたらこねっと」などを展開するディップは、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進のために各部門がDX実行計画書を作成したものの、ツールが誰にも使われない、ある部署だけにとどまる、現場を巻き込めない、データがない、などの課題に直面した。
しかし、「半径5メートル以内」のプチ業務改善からはじめて、RPAその他のITツールを使いながら徐々にデジタル化を進め、今ではAI(人工知能)などを使ったビジネスモデル変革に取り組んでいる。ディップの進藤 圭氏(執行役員 次世代事業準備室 室長)が “DXしくじりポイント”を押さえた「いちばんやさしいDXの進め方」を解説した。
ディップは営業がメインの会社であり、社員の65%にあたる1500人が営業職だ。同社はDX推進のために各部門がDX実行計画書を作成したものの、「ツールが誰にも使われない」「ある部署だけにとどまる」「現場を巻き込めない」といった壁に当たり、DXが進まないという経験をした。進藤氏はこれについて、「最初からDXの実現を目指すのは、素人が何もせずにオリンピックに行くようなものです」と指摘する。
DXには段階があり、アナログデータをデジタル化する「デジタイゼーション」、ビジネスプロセスをデジタル化する「デジタライゼーション」を経て、新しい価値を創出する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の実現が可能になる。DX推進はこの段階を踏む必要があり、最初からDXの実現を目指さないことが重要だ。以下でその進め方とポイントを紹介しよう。
進藤氏は、DX推進ではまず「小さく改善して成果を上げる」ことを提案する。
これは業務フロー全体ではなく、3〜5分で完了する作業をRPAやSaaSで自動化することを指す。RPAには無料や月5万円から始められる製品もあり、試験的な導入がしやすい。進藤氏によると、業務全体の流れを変えない小さな作業から始めるのが望ましいという。いわば「半径5メートル以内」のプチ業務改善だ。
もう一つポイントになるのが、RPAやAI、DXではなく「業務改善」という言葉を使うことだ。「業務改善のため」としてアンケートで自動化したい業務を募り、集めた業務を自動化できるものとできないものに仕分けする。自動化できる業務はRPAやSaaSで実現するものとAIで実現するものに分け、自動化できない業務はアウトソーシングするかやめるかの判断をする。こうすれば自然と業務が整理できる。
アナログデータのデジタル化も重要だ。データがデジタル化されていなければ、「デジタライゼーション」に進むことができない。FAXの電子化やPDF化を実施し、自社の状況に応じてRPAやSaaS、AI OCRによる業務効率化と並行して進めていくのが望ましいという。
「大切なのは最初からDXの実現を目指すのではなく、RPAやSaaSから小さく一歩を踏み出すことです。最初の一歩を踏み出してしまえば、その後はスムーズに進みます」(進藤氏)
次に進藤氏が提案するのが、「業務改善を現場に広げて仕組みを見直す」ことだ。
RPAやDXの推進では、従業員の成功体験を共有して社内で評価される文化を作ることが欠かせない。ディップは従業員が自分の業務を自動化した事例を自社サイトで紹介している他、社外広報活動も積極的に行っている。進藤氏は「自動化や効率化を評価する文化が社内になければDXは拡大していきません」と強調する。
業務改善を手掛ける人材の育成も重要だ。ディップはRPAやDXに関する知識の習得を目的として、「dip Robotics RPA Academy」という独自の教育プログラムを展開している。全従業員がこの教育プログラムを受講し、成績が優秀な社員や素養があると見なされた従業員がRPAの開発を担当する。同社は社員1人とインターン4人がチームになってハンズオンで教育を実施し、開発者育成に貢献している。さらにIT部門とDX推進担当を兼務する「DXアンバサダー」が200以上の課に1人ずつ在籍し、IT部門と現場をつないでいる。
RPAによる自動化である程度の効果が出てきたら、重複する自動化の有無を確認する必要がある。ディップでは複数の課で同じような業務をRPAで自動化している、あるいは自動化の要望があることが判明した。そこで、それらを「Sansan」や「kintone」「Slack」といった専用システムで実行することにした。その結果、Slackのチャットをトリガーにして月800万通のメールを削減するといった成果を上げられたという。
「RPAによる業務の自動化は、自社に合ったシステムを導入するチャンスでもあります。RPAで現場のニーズを把握してシステムを導入し、システム同士をつなげることで、ハイパーオートメーションを実現することができます」(進藤氏)
DXが「新しい価値を創出すること」だとすると、実現のためには何をすればよいのだろうか。進藤氏はDXを実現するための手段の一つとして、「ITで自社の強みを伸ばす」ことを挙げる。
ディップの強みは1500人以上の営業が、顧客を直接訪問してニーズを把握できる点だ。同社はこの強みを生かす目的で、自社専用の顧客管理システムを開発した。この顧客管理システムはスマートフォンで操作できるので、営業が外出先から顧客情報を入力できるようになった。
ディップの場合、受注業務は次のような流れで実施している。まずSansanで顧客情報をデータ化して、自社で開発した顧客管理システムで顧客データを管理する。次にMA(Marketing Automation)ツールのマーケロボで顧客フォローを行い、受注が決まったらkintoneで受注管理をする。この仕組みを導入することで、受注率などのデータを取得できるようになった。
このようにDXのためのシステムを一から構築するのではなく、自社の強みに投資してシステム同士をつなげ、データを判断の基準にできる経営を目指すことも重要だ。
ディップは自社で開発した営業の仕組みを既存顧客である派遣会社などに向けて販売している。併せて自社のノウハウを基にしたAI・RPA事業も開始し、約3年でビジネスモデルの変革に成功した。
ディップでは現在100体を超えるRPAロボットが稼働し、2万時間以上の業務を自動化した。新たに導入したシステムも大きな成果を上げている。Sansanを使って20万枚以上の名刺管理を効率化する他、kintoneで作成した申し込み受付システムによって1万5千時間以上を削減している。
自社開発した顧客管理システムには機械学習を導入し、受注業務を6万時間削減することに成功した。今では顧客管理システムが顧客データを分析し、適切な営業先の提案をしてくれるようになったという。進藤氏はこうした成果を踏まえて次のように語る。
「少子高齢化が進む社会で企業が成長するためには、一人あたりの生産性を上げるしかありません。RPAやAI、DXは未来の成長戦略です。日本は再びオフィスの生産効率でも世界最高の現場を作れると確信しています。ぜひ一緒に日本を、世界を変えていきましょう」(進藤氏)
本稿は、「ITmedia DX Summit vol.14 DIGITAL World 2022」(2022年11月7日〜10日)のセッション「RPAしくじり先生が教える『いちばんやさしいDXの進め方』」の内容を編集部で再構成した。
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