2022年からSlack活用を始めたコクヨは、導入から1年ほどで100円ショップ向けの商品売上前年比138%増を達成した。どのような施策によって、成果を生み出せたのか。
文房具やオフィス家具の製造販売などで知られるコクヨは、2030年に向けた中期経営計画「長期ビジョンCCC2030」を掲げ、売り上げ3000億円から5000億円への押し上げを目指す。組織成長には社内と社外の関係者を交えながら新規ビジネスを立ち上げ、顧客へのさらなる価値創出が必要だった。それには「経営層と現場」「組織と組織」で情報がスムーズに流れ、現場のコミュニケーションの活性化が欠かせない。
そこで同社は、経営層から現場への情報発信「縦のコミュニケーション」と、従業員の意見を交えた議論を醸成する「横のコミュニケーション」の改革を目指した。バリューチェーンを密着させて組織の壁を超えたプロジェクトの推進を目的に、2022年に「Slack」を導入した。100円ショップ向けの商品を担当する部門では、売上前年比138%を達成したというが、コクヨはSlackをどう使ったのか。導入から成果創出に至るまでのプロセスを見ていく。
コクヨはIT部門だけに頼るのではなく、経営企画部門と広報部門のインターナルコミュニケーションチームが経営層を巻き込みながら、従業員視点で現場にSlackの利用を促した。Slack推進チームが使い方を伝えながら利用意欲を盛り上げて、そこから出た小さな疑問をIT部門が拾いながらフォローする「三位一体の推進体制」で進めていった。ビジネスチャットツールは立場や役職によって用途や利用頻度が異なるため、役員や管理職向けに個別の研修やワークショップなども必要だった。
一般従業員向けの研修では、まず文字や絵文字の入力から始め、徐々にテクニックを伝えていった。そして「パレートの法則」(2:8の法則)から派生した「2:6:2の法則」に基づき、積極的にSlackを利用する2割が流動層に当たる6割に対して利用を促し、利用をためらう残りの2割に対しても利用を促した。
コクヨは2022年1月にSlackを導入後、同年4月時点には国内社員3000人に、同年7月にはグループ企業の従業員約2700人へと展開し、段階的にSlackの展開範囲を広げていった。2023年4月時点でログインユーザー数は5888人に到達し、月間アクティブユーザー数は5474人を数えた。
順調に利用を広げられた理由には、Slackの公開範囲と熟練度に合わせた展開方法にあった。まず2割の積極利用層のアンバサダーに対して導入研修やフォローアップ研修を実施し、使い方とメリットを理解してもらうことから始めた。アンバサダーの定例会で業務のワークフローに合ったSlackの活用方法を考えた。
定例会で生まれた活用法の一つが「電話伝言ワークフロー」だ。これは地方の販売拠点が作成したもので、担当者不在時にSlackから相手の情報や受電時刻、問い合わせ内容などを伝えられ、その伝言メッセージに対して絵文字を押すこと電話を受けた相手にリアクションを伝えることができる。こうした工夫によってSlackの良さを理解してもらおうと考えた。
利用が進むとチャンネルが乱立し、“情報迷子”になる経営層もいた。そこで役員と一緒に手を動かしながら情報を整理する「経営層向け相談会」を個別に開催した。役員の名前を付けた絵文字や、OKスタンプを独自に用意するなどの工夫を重ねたことで、役員層へのSlack浸透を図った。また、社内のポータルサイトに掲載していた各種業務システムへのリンク一覧を「サービス起動メニュー」としてSlackに移管した。現在は約4600人が利用している。
こうしてSlackの定着に取り組んできたことで、導入から約1年で週4日以上Slackを利用する従業員が85%に達し、現場から次々とアイデアが上がるようになった。
「国誉(コクヨ)百均道場」がその一例だ。これは、文房具販売部門が100円ショップ向け商品の売り上げを拡大させる取り組みだ。これまでは30件以上の商品をメールでやりとりしていたが、商品ごとにメールのスレッドが乱立しいてどこにどの商品情報があるのかが分からなくなるケースもたびたびあった。
商品ごとのスレッドをSlackに立てて情報を整理しながらやりとりすることで、皆が同じ情報を見ながらやりとりすることが可能になった。開発部門と営業部門、生産部門などのメンバーが毎月1回店頭に訪問し、商品が陳列されている様子をカメラで撮影して市場調査を実施していたが、視察した情報をメンバー全員にSlackで共有することで気付きや知見を共有でき、販売促進や商品開発のアイデア創出につなげることができる。この取り組みによって、売上前年比138%増を果たしたという。
他にもSDGsの浸透と社内組織横断型コミュニケーションの活性化を目的に、従業員間で不要品を譲り合う「ゆずLOOPA」を2023年4月から開始した。いわば“社員版メルカリ”だ。
Slackが社内に定着したのはアンバサダーの働きが大きい。現在、20〜30人に1人がアンバサダーを担当し、その数は合計217人に上るという。アンバサダーは現場への影響力が強い若手従業員や現場リーダーを任命した。アンバサダー100人以上が参加する月例の定例会では各事例を紹介し合い、「うちの部署でも使いたい」と相互コミュニケーションを取っているという。加えてSlackの新機能を演習する時間も設けた。年に1回、アンバサダーを表彰する「アンバサダーアワード」を開催し、ささやかなプレゼントを贈ることで活動に対する感謝を伝えている。
順風満帆に見える同社のSlack導入だが、海外拠点では思うように利用が進んでおらず、今後の課題だという。海外拠点は一つ一つが小さく、相応の導入費用も必要だ。また、言語の壁もある。翻訳アプリケーションを使う手もあるが、ワークフローの起動や絵文字挿入のワンアクションも阻害要因だ。
今後のロードマップとして、情報集約ツールの「Slack canvas」や「Salesforce Sales Cloud」、そして生成AIを連携させながら新しいコミュニケーションの形を模索しているという。
Slackは時間の経過とともにタイムラインに情報が流れてしまう。これまでは「Googleスプレッドシート」を併用していたが、Slack canvasに情報を集約することで検索性の向上や新たな知見の発見につながる。また、Salesforce Sales CloudとSlackを連携させて、多忙な営業部門の負担を軽減したいという。
プライベートチャンネルの削減を進め、現在は約8割がパブリックチャンネルだという。そこに蓄積された情報を活用する上で生成AIが大きな力を発揮するのではと考え、コクヨはさらなるSlack活用を模索しているところだ。
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