BIツールの活用が思うように定着せず、データの分析、活用が苦手な組織は3つのポイントを抑える必要がある。ポニーキャニオンとNTTコミュニケーションズの事例を基に、解説する。
この10年ほどの間で業務システムで扱うデータ量は格段に増え、オンプレミスシステムのみならずSaaSで扱われるデータ分析ニーズも増えた。また、WebサイトやSNSのデータ、業務現場で日々生成されるドキュメント類などの非構造データを含めた分析ニーズも急増した。そして、ビジネスの意思決定に、よりリアルタイム性が求められるようになった。
BIツールの登場によってERPやCRM、DBMS(データベース管理システム)などの専用分析ツールでは困難だった、システムを横断したデータ収集と加工、分析、レポートの作成が容易になった。だが、BIツールは分析プロセスの多くを自動化したとはいえ、まだ専門知識と分析スキルを必要としている。また、データアナリストや専任者の数は限られている。データの所在や属性を知り、関連する各種システムに通暁し、分析の手法を正しく使える人材はそう多くはない。
この課題を解消するのが「セルフサービスBI」だ。非IT部門の従業員でもデータ分析やレポート作成が可能となり、担当部署に依頼して結果を待つ時間が省けると同時にタイムリーな意思決定を下すことができる。だが、2023年のキーマンズネットのユーザー調査(実施期間:2023年9月15日〜9月29日、回答件数:184件)を見ると、セルフサービスBIを「導入している」と回答したのは21.7%にとどまり、半数が「今は利用しておらず、今後も利用する予定はない」と回答した。「データを見るだけで『活用』につながっていない」など、思うような成果を得られていないのが現実のようだ。なぜ、こうした結果になるのだろうか。
セルフサービスBIはこれまでのBIと同等の機能を有するもので、バックエンドの基本機能も仕組みも大きな変わりはない。異なるのは操作性やユーザーインタフェースだ。データ分析や可視化など目的に応じてあらかじめ用意されたひな型を選び、直感的な操作でレポートやダッシュボードを作成できるよう工夫されている。
現場ではなじみのある「Microsoft Excel」(以下、Excel)を簡易的な分析ツール代わりとして利用することも多いだろう。だが、Excelでは処理が可能なデータ数に限りがあり、大量のデータを扱うとなるとトラブルが生じがちだ。また、マクロや関数を使って作成された数式は作成者に依存し、ブラックボックス化を招く点も指摘されている。セルフサービスBIはこれらの難点をクリアし、Excelシートに入れ込むことが難しい各種システムのデータを取り込んで、横串での分析を容易にする。
問題は、セルフサービスBIを導入しても期待した成果が得られないケースがあることだ。それには3つの原因が考えられる。
(1)データを活用する組織文化が育っていない
(2)従業員のデータリテラシーが成熟していない
(3)データがロケーションやシステムごとに分散、散在している
セルフサービスBIのような現場主導のデータ分析を可能とする環境を用意しても「ダッシュボードなどでデータを見るだけで、行動に結び付かない」こともある。これでは結果が得られないのは当然だ。まずは経営陣やトップが率先してツールを利用することで手本を見せて、データを活用する文化を組織に根付かせることから始める必要がある。また従業員のデータリテラシーの成熟度も、データ活用の成果が得られない原因の一つとして考えられる。
セルフサービスBIの導入によって成果を創出できた企業はどのような工夫を凝らしたのだろうか。原因(1)と(2)の解決策について、分析プラットフォーム「Tableau」の導入事例を基に一例を紹介しよう。
CDやDVDなどを商材とするポニーキャニオンでは、Tableauを使って作品ごとの収支を可視化することでデータ活用の有効性を組織内に周知させた。売上枚数ベースで利益を漠然と捉える従来の手法から脱却し、作品ごとの権利利益を可視化して従業員が共有することで、利益を上げるための収支計画を最適化する動きが作り出せたという。
また、SNSのフォロワー数をアーティスト別に可視化し、分析できる仕組みを構築したことで、コンテンツのアップロード数に比例して動画サイトのチャンネル登録数が上がるというこれまでの定説が覆され、より現実的なプロモーション計画が可能になった。
全従業員に収支やプロモーション効果を目に見えるようにしたことで、これまで根拠なく信じてきた収支や人気の指標が必ずしも現実に即していないことが明らかになった。この取り組みによって、従業員にデータ分析、活用の重要性を認知させ、業務改善や利益増進の意欲の向上を実現できた。
NTTコミュニケーションズは、BIツールの肝の一つであるダッシュボードを基に従業員のデータリテラシーの向上を果たした。
企業のデータを統合する分析基盤を構築したNTTコミュニケーションズは、Tableauで作成したダッシュボードコンテストを開催している。従業員が作成したダッシュボードは3000を超え、その中からビジネスに貢献する優秀なダッシュボードを作成した従業員を表彰することでモチベーションを上げようという試みだ。表彰されたダッシュボードを全従業員が参照できるようにし、Tableauを基にしたデータ活用に積極的に取り組む意欲を沸き立たせられるよう工夫した。
また、社内のコラボレーションツールにデータ分析のコミュニティーを開設し、データ分析に関する相談ができるようにした。コミュニティーには2000人近くが参加しているという。また、DX部門やベンダーによるセミナーを開催するなど、データ分析スキルを向上する施策も続けている。
これらの取り組みがデータ活用文化の醸成と従業員のデータリテラシーの向上に大きく貢献したという。
データ分析とツールの利用法について、異業種のユーザーと自由に会話できるユーザーコミュニティーがあれば、リテラシー向上に大きく寄与するだろう。中にはユーザーコミュニティーを運営しているBIツールベンダーもあるので、まずは参加してみて参考になる事例やアイデアを探してみるのもいいだろう。ユーザーコミュニティーがあるかどうかも、ベンダー選定の重要なポイントと言える。
3つ目の「データの散在」は、悩みが深い課題だ。横串で分析しようにも一部のデータが利用できないのでは正しい結果は導き出せない。分散した各種システムのデータを統合するには、データレイクやデータウェアハウス、ETLツール、OLAPツールなどを利用して、使いやすいデータマートを構築する必要がある。
ERPやCRMだけが対象ならば基幹系システムと結合したBIツールを利用すればいいが、それ以外のデータソースが必要な場合は生データを収集し、分析用に加工する必要がある。このプロセスを支援する機能がどれだけ充実しているかも、セルフサービスBIツールの重要な選定ポイントと言えるだろう。ベンダーによってはデータ加工や可視化など、得意とする領域が異なる場合もあるので、見極める必要がある。
また、BIツールの標準機能では足りない場合は、ベンダーから提供されるデータ加工専用のツール(データソースコネクターとそのプロセス管理機能など)を使う手もある。Tableauは、分析プラットフォーム「Tableau Desktop」「Tableau Server」の他に、データの事前加工ツールとして分析用にデータの結合や形式変換、クリーニングができる「Tableau Prep Builder」を提供している。各種システムやデータ形式に対応していて、特別な開発の必要なくBIとの連携が可能だ。分析対象とするシステムやデータの種類によっては、こうしたツールの提供や利用事例があるかどうかも重要な選定ポイントになるだろう。
セルフサービスBIツールの活用が進まない原因と解決策、ツール選定のポイントを解説してきたが、そもそもどこから手をつければいいのかと悩む企業もあるだろう。
中にはデータ活用のガイドブックを無償で提供しているベンダーもある。例えば、Tableauはデータドリブン組織を実現するためのガイドライン「Tableau Blueprint」をWebで公開している。データ活用、分析のベストプラクティスをまとめたものだ。まずはこうした情報を参考にしながら、BIツール活用の浸透を進めるといいだろう。
また、セルフサービスBIツールの中にはダッシュボードやレポートのテンプレートが用意されているものもある。例えば、Tableauには部門や業界に特化したダッシュボードのテンプレート「Tableauアクセラレータ」がある。
テンプレートの中から最適なものを選び、一部を編集、加工するなどして自社にマッチした形に整形することで簡単にダッシュボードやレポートが作成できる。目的にフィットしていなくても、テンプレートを試用してみることでデータ活用の手法やツールの操作性を実感できるだろう。
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