プログラミング経験の浅い、あるいは全くない人による開発を可能にするロー/ノーコード。AIブームに沸く今、なぜ同ツールへの投資が拡大するのか。その背景と導入を検討する際に押さえておきたいポイントを探る。
ITとビジネスとのつながりが強まる中、スピードが重視される傾向が進んでいる。システムやアプリケーション(アプリ)を外部委託して一から作り上げるようなスピード感では他社との競争に後れを取るとの懸念を持つ企業が増えている。こうした中、プログラミングの経験や知識の浅い事業部門のメンバーでも業務アプリケーションが開発できるローコード/ノーコード開発ツールが改めて注目を集めており、投資の拡大が予測されている。
ただし、キーマンズネットが実施した最新調査では、ローコード/ノーコード開発ツールの導入効果について「期待を下回った」と評価する声も上がっている。ローコード/ノーコード開発ツールは選び方や運用方法によって効果が出るかどうかが左右されやすいツールと言えそうだ。
そこで本稿ではローコード/ノーコード開発ツールがAI時代の現在、注目を集める背景や、導入する際に押さえておきたい製品の特性、最近登場している「AIサービス」はローコード/ノーコード開発ツールの代わりになり得るのかを、有識者の見解を交えつつ解説する。
ITコンサルティングと調査を手掛けるアイ・ティ・アール(以下、ITR) プリンシパル・アナリストの甲元宏明氏は、ローコード/ノーコード開発ツールが先行して広まった米国の開発文化について、「日本が米国に比べてローコード/ノーコード開発ツールの利用が遅れているのは間違いないと見ています」と語る。
「『米国企業はパッケージ製品やSaaSをよく使う。日本企業は何でも一から作りたがる』などという話もありますが、私の見たところ、米国のユーザー企業には『使えるものは使う。使えるものがなければ、自分たちで手早く作る』という傾向が強くあります。そうした中でローコード/ノーコード開発ツールは長く利用されてきました」(甲元氏)
一方、最近は変わりつつあるものの、日本企業ではユーザー企業に在籍するITエンジニアが比較的少ないこともあり、特に大企業では業務で必要なシステムやアプリの開発を外部に委託する流れが長く続いた。「日本企業では時間をかけて確実なシステムを作り上げるという文化がありました」(甲元氏)。しかし、冒頭で言及したような環境の変化により、日本企業でも米国企業のように役に立つアプリを早くリリースして使いたいというニーズが広がってきた。
まず、ローコード/ノーコード開発ツールの市場推移を見てみよう。ITRの調査データ(2024年2月発表)によると、同市場は右肩上がりで伸びており、パッケージとクラウドサービスを合算した市場全体のCAGR(年平均成長率)(2022〜2027年度)は14%と2桁成長が続いている。
従来型のパッケージの伸びが前年比約8%なのに対して、クラウドサービスの伸びが前年比約16%と約2倍であることから、特に新規購入層を中心にクラウドサービスが今後は主流になると予測される。
よく使われている製品は何か。
ITRの調査レポート(『ITR Market View:ローコード/ノーコード開発市場2024』) では、売り上げ高ベースでシェアが大きな製品としてはSalesforceの「Salesforce Lightning」がトップで、サイボウズの「kintone」、Clarisの 「Claris FileMaker」が続く。Microsoftの「PowerApps」の2022年度、2023年度(予測)の成長率はともに前年比約130%で、今後伸長が予測できるものの現状の売上額はまだ小さい。
一方、利用者数をベースとしたITRの別調査「アジャイル開発関連調査」(調査期間:2024年2月)では、シェアが大きな製品としてはPowerAppsがトップで、kintoneやNTTデータ イントラマートの「intra-mart」が続くという。
甲元氏は、「売り上げベース第1位のSalesforce Lightningが大企業を中心に使われているのに対して、利用者数ベースのシェア第1位のPowerAppsは安価に利用できることから、中小企業でもよく使われています」と話す。
便宜上、本稿では「ローコード/ノーコード開発ツール」と一括りにしているが、最低限のコーディング作業が必要なローコードツールと、コーディング作業を全く必要としないノーコードツールでは開発の自由度に差があることを注意する必要がある。
甲元氏はこの点について、「PowerAppsやkintoneのようなノーコードツールはコーディングの経験や知識を持たない事業部門の人でもすぐに開発できるのが強みです。しかし、作れるもの・作れないものがはっきりしており、自社で開発したいアプリとツールの機能が合致しているかどうかを見極める必要性がより高いツールです。一方、OutSystemsの『OutSystems』や、Mendixの『Mendix』のようなローコードツールはノーコードツールよりも作れるものの範囲が広く、カスタムコードを追加することでより複雑な機能や要件の実装も可能ですが、やはり制限はあります」と解説する。
いわゆる手組みで一から開発する手法と比べると、ローコードツール、ノーコードツールはともに開発における自由度がある程度制限される。「ローコード/ノーコード開発ツールは決して『魔法の杖』や『銀の弾丸(たま)』ではありません。導入したが、思ったようなものが開発できないという悩みの原因は、『自社でどんなアプリを開発しようとしているのか』と『導入しようとしているツールの機能』という2つを正しく把握していないことにあると私は考えています」(甲元氏)
ローコード/ノーコード開発ツールには海外製品と国産製品があるが、使い勝手に違いはあるのだろうか。「PowerAppsやGoogleの『AppSheet』に代表される外資系のツールは汎用(はんよう)性が高いことや使い勝手が良いこと、ノーコードツールとしては実現できる機能の幅がある程度そろっているところが特徴です。kintoneやintra-martに代表される国産ツールは使い方にやや特徴があることから、誰でも使いやすいかというと、少し劣るというのが正直なところだと見ています」(甲元氏)
詳しくは後編で述べるが、プログラミングの経験や知識が浅い人でも利用できることから、一見手軽に扱えそうなローコード/ノーコード開発ツールだが、特徴や機能にはかなりバラつきがある。
ローコード製品とノーコード製品の違い、ローコード製品/ノーコード製品の中でのそれぞれの製品の特徴や違い、「限界」を踏まえ、これから開発しようとしているアプリ作成が可能かどうかを正しく理解することが重要になりそうだ。
内製化に取り組もうとする企業が検討すべきローコード/ノーコード開発ツールの「ライバル製品」はあるか。「際立ってよく似ている製品はない」というのが甲元氏の見方だ。ただし、最近次々と登場している自然言語を利用したアプリケーション開発を可能にするAIサービスに注目しているという。
「幾つかのAIサービスを組み合わせることである程度のアプリを開発することは可能になっています。例えば、プロトタイプのGUIを迅速に作成したり、『こういうアプリを作りたい』といった要望を自然言語で伝えると要件を作成したりといった、アプリ開発における『パーツ』作りを支援するサービスを提供するスタートアップ企業が次々に出ています。ただ、開発が完結するプラットフォームがスタートアップから提供される段階にはなく、各サービスの実績や成熟度はまだ低いのが実態です」(甲元氏)
現時点では新技術に意欲的にチャレンジしようという開発経験者が、複数のAIサービスを組み合わせ、さらに自身の知識やスキルで補うことでアプリが完成するというのが実情であるようだ。
つまり、ビジネス的なニーズに応えるために、開発経験のない事業部門の担当者がアプリを開発するという用途で利用するには時期尚早ということになる。ただし、AIの進化は早いことから、内製化を考える企業にとって、ローコード/ノーコード開発と並ぶ選択肢になる日もいずれ訪れるだろう。
こうしたAIサービスは今後、どのような点でローコード/ノーコード開発ツールの「ライバル」になり得るのだろうか。「自然言語で要件を作成して、その要件からコードを生成するといったタスクを支援するAIサービスが今後、最も大きな脅威になるのではと見ています」(甲元氏)
AIと絡めたローコード/ノーコード開発ツールの動向として触れておきたいのが、2025年度の投資動向だ。ITRの「国内IT投資動向調査2025」によると、2025年度に投資が期待される製品・サービスとして、ローコード/ノーコード開発ツールは、投資増減指数ランキングの3位に食い込んでいる。
ITRは「投資増減指数」について「導入済み企業における2025年度の投資額の増減傾向を算定して分析したもの」としている。ちなみに1位は「生成AI」、2位は「AI/機械学習プラットフォーム」とAIの製品・サービスが並んでおり、非AI製品・サービスとしては実質1位となっている。
2024年度には10位圏外だったローコード/ノーコード開発ツールが3位に躍り出た背景にはやはりAIブームがあるようだ。ITRは「AI機能を組み込んだ業務アプリケーションの開発ニーズが拡大しているため」と分析する。
キーマンズネットの調査でも生成AIやAIを導入する企業、導入を検討する企業は年々増えていることが分かっている。2025年以降、AIのビジネスでの活用はより本格化するだろう。
AIの用途も現在多くの企業が取り組んでいる文章要約や翻訳から、データ活用をはじめとするより専門的な業務へと取り組みが多様化・高度化する様子が同調査からも浮かび上がっている。ローコード/ノーコードで開発されるアプリもまた、AIブームの影響を受けて変化を遂げそうだ。
ここまでローコード/ノーコード開発ツールの概要や、内製化を進める企業にとってAIサービスが選択肢になり得るかどうか、また、AI時代になぜ、ローコード/ノーコード開発ツールの投資を予定する企業が急増しているのかについて触れた。
後編では、以下のトピックを取り上げる。ローコード/ノーコード開発ツールを導入する目的として検討する企業も多い「脱 Excel」を目指す際に注意すべきポイントを中心に、導入を検討する際の参考となる情報をまとめる予定だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。