わずか8カ月で40業務を自動化し、その7割を「非IT人材」が開発する。JTOWERは、急拡大する事業を支えるため、「ITのプロ」に頼らず、新卒社員さえも巻き込みながら市民開発を定着させた。
JTOWERは、携帯キャリア各社が共同で利用する屋内・屋外の通信設備シェアリングサービスを提供しており、その導入施設を急速に拡大してきた。共用通信設備(アンテナ)の設置件数は、2022年の316件から2025年10月には710件へと倍増した。さらに、屋外通信設備(鉄塔)のキャリアからの買い取りや新設を積極的に進めた結果、現在では約7400基のタワーを保有するまでに成長している。
同社のIT企画部でDX推進を担う千葉美帆氏は、業務ワークフローを自動化する「Workato」を活用した社内の市民開発が定着した理由と、その背景にある具体的な工夫について語った。
事業拡大に伴い、JTOWERの業務量と業務領域は継続的に増加した。だが、2024年以前は手作業や「Excel」に依存した業務運用、「Google チャット」や「Gmail」を使った分散的なコミュニケーションに頼っており、次の3つの課題が顕在化した。
業務量の増加に対し、人手中心の作業では対応が追い付かなくなることが懸念された。また、業務が属人化し、経験者でなければ対応できない場面が増えたことで、対応品質にばらつきが生じ、メンバー間の業務負荷にも偏りが生じていた。
Excelでのデータ管理が一般化していたため、機密情報の管理が難しく、バージョン不一致も頻発していた。情報の正確性や一貫性の確保が困難な状況にあった。
統一されたコミュニケーション基盤がなかったため情報が分散し、必要な情報を探し出すのに時間を要していた。入社時期や所属によってアクセスできる情報が異なることも、社内の情報格差を助長する大きな要因となっていた。
こうした課題をどのように解決すべきか。同社はデジタル化に全く着手していなかったわけではないが、業務ごとに個別最適で導入されてきた多様なツールが混在しており、業務をどのように連携させればいいのかが不透明だった。そのため、まずは業務実態を正確に把握し、業務構造を可視化することが必要だった。その上で、IT環境を再構築し、将来の変化にも対応できる社内体制を構築することが求められた。
同社はこの取り組みを次のように4段階に整理し、以下の施策を進めた。
最初の取り組みは現状把握だ。全社的な業務の棚卸しをするため、IT企画部を新設し、属人化していた業務構造を整理した。業務改善の基盤を整備し、システム連携や自動化を見据えた体制構築を2024年1月に開始した。
同年5月には既存のIT環境を抜本的に見直し、業務基盤の整備を進めた。具体的には、業務の中核となるツールとして「Salesforce」を導入し、全社コミュニケーション基盤として「Slack」を採用した。また、既存ワークフローシステムをリプレースし、情報の一元管理とコミュニケーションの効率化を図った。再構築に当たっては、将来的な拡張を見据えたシステム連携の柔軟性を重視した。
分散したデータを適切に活用し、柔軟なシステム連携を実現するため、多様なAPIに対応し、データ形式の違いを吸収して正しくマッピングできるiPaaS(Integration Platform as a Service)の導入が必要だった。その要件を満たすプラットフォームとして「Workato」を採用し、社内システムを横断する連携基盤として構築した。現在では、Workatoを活用した業務連携および自動化の事例が次々と生まれており、全社的な業務効率向上に寄与している。
次の段階として、全従業員が主体的に業務改善に取り組める体制の構築を目指す。AIをはじめとした先進技術の活用を推進し、業務品質の向上と継続的な成長を支える環境づくりを進めていく方針だ。
Workato導入から8カ月が経過した時点で、冒頭に記した通り約40本のレシピ(アプリケーション間の処理を自動実行するワークフロー)が作成された。現在では週に1本のペースで新規レシピが生まれており、自動化の取り組みは着実に拡大している。
なぜ、これほど短期間で業務自動化が進展したのか。その要因として大きいのは、Workatoがノーコード/ローコードで開発可能であり、視覚的な操作性によってITに精通していない業務担当者でも容易に習得できる点だ。Salesforceを業務基盤の中核とする同社では、現時点でSalesforceへの情報集約を目的としたレシピが54%、Slack bot関連が34%、その他が11%という利用内訳だ。
特に注目すべきはレシピ作成者の構成比だ。IT出身者が28%であるのに対し、非IT出身者が71%を占めている。千葉氏は「IT企画部はIT出身者と非IT出身者が半々の構成だが、専門的スキルがなくても業務改善に取り組めているのはWorkato導入の効果だと感じている」と語った。
一方で、Workatoの導入・運用コストは決して小さくはない。費用対効果を最大化するには、全社のユーザーが積極的に活用することが不可欠だ。社内に業務効率化・自動化への機運を高め、ツール活用を促すには、ツールの機能性や操作性だけでは十分とは言えない。同社はどのような普及策を講じたのだろうか。
Workatoの導入効果を社内で最大化するため、同社が初期段階から取り組んできた工夫は大きく4点に整理できる。
IT企画部ではシステム導入と並行して、実現したい連携アイデアを部内で洗い出し、Workatoのオンボーディング期間中に全てをレシピ化することを目標にした。オンボーディングでは基本的な連携だけでなく、Slack botの構築など高度な設定も含め幅広いスキル習得を図った。
コネクター改修が必要な場面でもスピーディーに対応でき、こうした支援により各アイデアを確実にレシピ化できたという。この過程を通じて推進チームはWorkatoの可能性と業務適用性を深く理解し、「社内からの要望に対して最適な方法を即座に示し、具体的な改善につなげられるようになった」と千葉氏は振り返る。
ユーザーがツールを意識せず自動化の恩恵を受けられるよう、既存業務フローに自然に溶け込む仕組みづくりを重視した。
例えばIT企画部のヘルプデスクでは、Slackワークフロー以外(DMやチャンネル投稿)からの問い合わせは、手動によるスプレッドシートへの記録が必要で、抜け漏れが課題となっていた。同社はユーザーの問い合わせ方法を変えず、従来ツールも踏襲しながら、全ての問い合わせをSalesforceに集約した。
新しい仕組みでは、ユーザーが特定のスタンプを押すだけでbotが起動し、「Google Gemini」が内容を要約した上でSalesforceへ自動的に登録する。これはSlackからSalesforceという逆方向の連携であり、この効率化によりSalesforceの活用領域も大幅に拡大した。
Workatoの有用性を実体験として感じてもらうことで、心理的ハードルを取り除くことも重視した。
象徴的な事例が、新卒社員の仮配属時の取り組みだ。経理部に仮配属された2人がRPAでデータダウンロードの自動化を試みたが、当初は失敗に終わった。IT企画部がWorkatoを提案したところ、2人は生成AIも活用し、仮配属2カ月目に同業務のレシピ化に成功した。このレシピは現在も経理課で継続利用されている。
この成功により「未経験者でもノーコードでレシピ作成できる」「作成物を他の担当者へ容易に引き継げ、属人化を避けられる」点が実証された。また、この事例を社内へ共有することで、「新卒でもできるなら自分にもできる」という意識醸成につながった。
IT企画部は、「システム連携は時間がかかる」という従来のイメージを払拭(ふっしょく)するために、要望への迅速な対応を心掛けた。
ある部署ではMonday.comとSalesforceを何度も行き来する作業が負担となっていたが、Workatoで両システムを連携すると、詳細データがSalesforceに集約され大幅な効率化が実現した。これをきっかけに、見積書など帳票の自動作成、さらに稟議(りんぎ)システムとの連携へと要望が広がり、スピード感ある小規模改善が連鎖していく好循環が生まれた。
千葉氏は「このポジティブなサイクルを生み出せたことが成功の鍵だ」と語る。一部署での成功が他部署にも波及し、結果として全社的な利用促進につながった。
以上4つの取り組みにより、同社の業務自動化は大きく前に進んだ。だが、IT企画部は現状に満足せず、市民開発文化をさらなる段階へ発展させようとしている。具体的には、「Freee」とSalesforceの連携強化、アカウントライフサイクル管理の全社展開、市民開発の成果を競うコンテストなどのインセンティブ制度の導入を進めている。「楽しみながら市民開発を広げていきたい」と千葉氏は語った。
iPaaSの導入ではコストが問題視されがちだが、その効果を早期に最大化するには、IT部門だけでなく業務部門の積極的な活用が不可欠だ。データ集約はデータ基盤の強化につながり、他業務の効率化をさらに後押しする。JTOWERの短期間での自動化成功は、その好例だと言える。
本記事はWorkatoの日本法人が主催するイベント「World of Workato(WoW) Tokyo 2025」イベントでの講演を基に編集部で再構成した。
AIエージェント時代、業務自動化は「こう変わる」 見直したい情シスの役割、変わる予算感とは?
早稲田大学、利用者5万人、ペタバイト超のデータをたった2人で管理するストレージ運用Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。