「ハードウェア故障が起きないことを祈っている」「壊れたらあきらめてもらうしかない」――キーマンズネットの読者調査に寄せられた声からレガシーシステム運用の現場の課題が浮かび上がった。経産省が公開するレポートが示すレガシー刷新の"成功の方程式"(理想)と"現実"とのギャップとは何か。
日本企業全体では61%、大企業に限ると74%がレガシーシステムを保有している。2018年に経済産業省(以下、経産省)が警鐘を鳴らした「2025年の崖」を迎えてもなお多くの企業がレガシーシステムを抱えている現実が、同省が2025年に公開した「レガシーシステムモダン化委員会総括レポート」(注1)から浮き彫りになった。
同レポートは2024年6月21日に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の重点政策である「レガシーシステムモダン化委員会」(経産省とデジタル庁、IPAが事務局)での議論(2024年7月〜2025年3月)と、約4000社のユーザー企業やITベンダーを対象に実施した市場動向調査(実施期間:2024年12月〜2025年2月)の結果を基に、レガシーシステム脱却の方向性と提言をまとめたものだ。
「レガシーシステムモダン化委員会総括レポート」は、レガシー脱却を成功させるための「3つのポイント」を挙げる。これは調査データに基づく相関分析から導き出された、「こうすれば成功する」といういわば“成功の方程式”だ。しかし、キーマンズネットが実施した読者調査「レガシーシステムに関する実態調査(2025年)」(実施期間:2025年11月6日〜14日、回答件数:185件)の結果を突き合わせると、この方程式(理想)と現場との間には深い溝があることが見えてきた。
1.経産省が示す「レガシー脱却 成功の方程式」
2. 「可視化」以前の問題とは? 製造業の約4割がITインフラを把握していない
3. 「攻めのDX」vs「守りの延命」 レガシー脱却の目的に見る深刻なズレ
4. 「祈り」から脱却するために
経産省レポートは、レガシーシステムのモダン化(レガシー脱却)が成功している企業の特徴を相関分析によって明らかにしている。特に重要なポイントは以下の3点だ。
経営層・情報システム部門・業務部門の間でシステムに関する情報が共有されている企業では、レガシー脱却が進む傾向がある。レポートによると、情報が共有されている企業の47%が「レガシー脱却を進めている」と回答した一方、情報共有がない企業では68%が「レガシー脱却を進めていない」と回答した。
システムの仕様や課題を明確化してデータや機能、ドキュメントの関連を可視化することが内製化やレガシー脱却の起点になる。CxO(CDO《最高データ責任者》、CIO《最高情報責任者》などの各専門領域の最高責任者)を設置している企業では75%が「可視化している」と回答し、未設置企業の52%を23ポイント上回った。
自社の業務プロセスを共通システムの仕様に合わせて見直し、複数企業で共同利用することでレガシー脱却と同時にコスト低減も図れる。IT人材やITベンダーが首都圏に比べて少ない地方企業では個別にシステムを作り込むよりも、標準化や共同利用を図る割合が高い。
同レポートは「DX(デジタルトランスフォーメーション)の本質は、レガシーな現行システムを刷新・高度化することにとどまるものではなく、単なる改善活動でもない。固定観念化しているレガシーな企業文化から脱却し、変革すること」と強調する。つまり、システム刷新の目的は企業の競争力向上にあり、システム刷新自体はあくまでその手段であるという考え方だ。
筆者が見たところ、経産省のレポートが示す「システム刷新のあるべき姿」とキーマンズネットの調査結果とのズレが特に大きいのがこの点だ。これについては後述する。
ここまで経産省のレポートが示す「成功の方程式」(理想)を見てきた。これに対する現場の実態(現実)はどうか。キーマンズネットが実施した読者調査によると、販売・生産・在庫管理システム(基幹系システム)の稼働基盤について、「把握していない」との回答が製造業では31.4%に達した。
一方で、稼働基盤を把握している回答者の所属企業が利用している基盤は「オンプレミスのWindows Server」(サポート切れ含む)が最多(37.3%)で、「パブリッククラウド」は7.8%にとどまった。
経産省のレポートは、基幹系システムを含む全てのシステムを競争領域(付加価値を産む業務で使用)と非競争領域(標準的な業務で使用)に切り分けた上で、競争領域に対しては「モダンな基盤で柔軟にシステムを構築。データ活用で他社と差別化」を、非競争領域に対しては「標準パッケージやSaaSへの移行」を推奨している。今回の読者調査からは、こうしたアクションを実行している企業がまだ少ないという現実が見えてくる
また、経産省のレポートは「可視化」をレガシー脱却の起点として位置付けている。前述の通り、今回の読者調査結果で「IT基盤を把握していない」との回答が製造業では31.4%に達した。「何が動いているか分からない」という状態は可視化以前の問題だ。調査に寄せられたフリーコメントにはこうした声があった。
「昭和50年代から動き続けているアセンブラで構築されたシステムで、作成者はとっくに退職している」
「属人的なVBAで記載されていて、新しく作るのが困難」
ちなみに、DX部門か情報システム部門に所属する製造業の回答者でシステムがどの基盤で稼働しているか把握していない割合を見ると、基幹系システムは23.8%、業界・自社特有の業務システムは36.8%、データ分析基盤(DWH、BI)では42.1%に上った。
おそらく業界・自社特有の業務システムやデータ分析基盤は事業部門が主導で導入するケースも多いため把握率が低い傾向にあるのだろうが、DX部門・情報システム部門でさえも基幹系システムがどのような基盤で動いているのかが一定程度分かっていない状態にある。
経産省のレポートは、DXの目的を「顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革」し、「競争上の優位性を確立する」ことと定義する。データ活用による価値創出、いわば「攻めのDX」だ。
しかし、キーマンズネットの調査でレガシーシステム刷新の目的を尋ねたところ、最も多かったのは「サポート切れ対応」(44.6%)、次いで「運用・保守コストの削減(TCO差削減)」(32.5%)だった。
一方、「AIやデータ活用の実現」を目的に挙げた回答者は2.4%、製造業に限ると0%だった。経産省が推奨する「攻めのDX」は、企業では少なくともレガシー脱却の目的としてはほとんど意識されていないことが分かる。
現場の本音は、フリーコメントに如実に表れている。一部、「勝手にネットワークにつないでた」「故障が起きないことを祈るしかない」 レガシー運用のホンネ【調査】で紹介したものと重複しているが、現場の生々しい声を伝えるものなので再度引用する。
「ハードウェアのサポート切れが迫っており、故障が起きないことを祈っている」
「仕様を誰も理解していないが、使わざるを得ないシステムがある。壊れたら諦めてもらうしかない」
「サポート切れのOSやハードで稼働しているシステムの延命と障害リスクの軽減を、コストを抑えながらも運用負荷がかからないように実現するのが難しい」
「諦め」を前提にして「祈り」でシステムを維持しているのが実態のようだ。
経産省のレポートが掲げる理想と運用現場の実態に大きなズレがあることを見てきたが、こうしたズレはなぜ生じるのか。調査結果とフリーコメントから、3つの構造的要因が見えてくる。
サポート切れ対応やコスト削減、セキュリティ対策、障害リスクへの備えといった目の前の課題に追われ、「攻め」に転じる余裕がない。ある回答者は「サポート切れの機器やOSなどの保守延長期間が、全体システムの更改時期と重なり、判断が難しくなっている」といった苦悩を吐露した。
経産省レポートは「経営層との情報共有」を成功要因として挙げるが、現場からは「お金を払う経営層が費用対効果の面で(システム刷新を)重要視していない」「経営者の理解不足」「PCやオンプレサーバのサポート切れに関して、経営陣の理解や認知度が低い」といった声が上がった。
「販売システムをメンテナンスできる従業員が1人だけ」「10年前に自社開発ソフトが開発担当者の退職、後任採用の難航でレガシー化している」など、特定の個人に依存したシステム運用が常態化し、その従業員の退職などでブラックボックス化している。
経産省レポートも、レガシー脱却の契機として「大規模なシステム障害」「保守要員の離脱」など受動的な要因が上位を占めることを指摘し、「経営層のトップダウンの方針で自律的にレガシー脱却を決断する企業はまだ少ない」と警鐘を鳴らしている。
経産省のレポートが示す「経営層との情報共有や可視化の徹底」「標準化によるコスト低減」といった方程式が有効であることは調査データが裏付けている。
しかし、「可視化せよ」と言われても「全容がつかめない」壁は厚いようだ。長期間利用されてきたシステムであれば、開発当初の仕様や業務プロセスを知る人が自社でもパートナー企業でも退職しており、ブラックボックス化はかなり深刻だ。「経営層を巻き込め」と言われても、「経営者理解不足」の壁に阻まれる。キーマンズネットの調査から見えたのは、「現状把握」という最初の一歩すら踏み出せていない企業が多いという現実だ。
ではどうすべきか。経産省のレポートは「スモールスタート」の有効性を示唆している。影響度が低くリスクが高い領域――例えば古い帳票システムなどから着手し、成功体験を積み重ねることで、組織にノウハウを蓄積できるというのが同レポートの示す“処方箋”だ。
ITシステムを「諦め」と「祈り」で運用している企業は、まず自社のITシステム資産を棚卸しする必要がある。ハードウェアやソフトウェア、ネットワーク、データベース、ツールといったITシステム資産を全て把握するだけでなく、それらの相互関係を明らかにする。棚卸しは潜在的なリスクを洗い出す。刷新の優先順位を付けるためにもどのようなシステムがどのような基盤で動いているのか、あるシステムを刷新する場合にその影響はどこまで及ぶのかを正しく把握することが重要だ。
今回、キーマンズネットの調査結果とのギャップを中心に重要ポイントを紹介した「レガシーシステムレガシー脱却委員会総括レポート」には、日本企業を対象としたレガシーシステムに関する調査結果やレガシー脱却のための対策だけでなく、今後システムをブラックボックス化させないための方策やIT人材の需給ギャップを埋めるための対応、経営層の意識改革の必要性、今後のデジタル政策の方向性といった内容を網羅している。
特に情報システム部門向けの「DX実践手引書 ITシステム構築編」「プラットフォームデジタル化指標」の案内や経営層に向けた意識改革の必要性を説いた項は、情報システム部門がITシステム刷新やDX施策について経営層に向けてプレゼンする際に役立つ内容なので、未読の方は参照されたい。
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