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中堅・中小企業の老朽化システム、どうする? 「コストを抑える」「丸投げしない」ためのガイドIT導入完全ガイド

ITRによると、中堅・中小企業で老朽化したシステムのモダナイゼーションを実施済みの企業はわずか14%にとどまっている。モダナイゼーションを阻む壁は何か。そして壁を乗り越える「現実的」な解決策とは。

» 2025年10月14日 07時00分 公開
[平 行男, 田中広美キーマンズネット]

 「2025年の崖」と呼ばれる老朽化したITシステムであるレガシーシステムの問題が、いよいよ現実のものとなってきた。レガシーシステムを抱え続けることで起こる問題はIT領域にとどまらず、事業経営にとっても大きなリスクになる。

 それにもかかわらず、多くの中堅・中小企業では依然としてモダナイゼーションが進んでいない。IT専門の調査・コンサルティング会社のアイ・ティ・アール(以下、ITR)が2024年に実施した「IT投資動向調査2025」によると、従業員300人未満の中小企業でレガシーシステムのモダナイゼーションを実施済みと回答した割合はわずか9%にとどまり、300〜999人の中堅企業でも14%にとどまっている。

図1 レガシーモダナイゼーションの実施状況:従業員規模別(出典:アイ・ティ・アールの提供資料)図1 レガシーモダナイゼーションの実施状況:従業員規模別(出典:アイ・ティ・アールの提供資料)

 34%が「実施済み」、56%が「実施済み〜2025年末までに着手予定」と回答した5000人以上の大企業との差は歴然としている。

 一方で、IT投資の重要度を尋ねた調査では「レガシーシステムのモダナイゼーション」は7位にランクインしている。つまり、レガシーシステムのモダナイゼーションは重要だという課題認識はあるものの実行に移せていない状況が見て取れる。これは単に予算や人材の問題だけではなく、より構造的な課題が潜んでいることを示唆している。

 そもそもレガシーシステムとは、経済産業省の定義によると、「技術面の老朽化、システムの肥大化・複雑化、ブラックボックス化等の問題があり、その結果として経営・事業戦略上の足かせ、高コスト構造の原因となっているシステム」(経済産業省「DXレポート」より)を指す(注1)。COBOLや古いJバージョンのJavaで書かれたいわゆる“塩漬け”にされたシステムだけでなく、サポート切れの「Windows Server」を搭載したサーバなどさまざまだが、基本的には何も変えずに使い続けている業務システムだ。

 なぜ中堅・中小企業では、このような深刻な問題を抱えたシステムが放置されているのか。そして、どうすればモダナイゼーションが進むのか。ITRの入谷光浩氏(シニア・アナリスト)に聞いた。

この記事で取り上げる内容

1. レガシーシステムが招く「3つの経営リスク」とその深刻度

2. 中堅・中小企業のモダナイゼーションを阻む「壁」

3. 経営陣を説得するための「優先順位マトリクス」

4. 「丸投げしない」「コストも低減」するためのパートナー選び

5. AIへの過信は禁物

レガシーシステムが招く「3つの経営リスク」

 レガシーシステムを放置することはなぜ危険なのか。入谷氏が指摘するのが、次の3つのリスクだ。

1. ビジネスの機動性を著しく損なう

 業務システムが古いと、市場や顧客ニーズの急速な変化に対応できない。製造業で仕入れ先を変更しようとしても、システムの改修に時間とコストがかかり、市場変化への対応が大きく遅れてしまう。「ブラックボックス化したシステムでは、どう作られているか分からないため改修に時間がかかります。市場の変化への対応が遅れ、ビジネスチャンスを逃すことになります」

2. 深刻な人材リスク

 レガシーシステムを理解できる人材が年々減少し、運用・管理を担当してきた従業員の退職により、完全にブラックボックス化する危険性が高まっている。SIerにもレガシーシステムに対応できる技術者が減少しており、障害発生時の復旧に膨大な時間を要するようになる。

3. セキュリティリスク

 古いOSやミドルウェアには多くの脆弱(ぜいじゃく)性が含まれており、サポート切れのシステムを使い続けることで、ランサムウェアなどのサイバー攻撃の標的となりやすい。国内でも中堅・中小企業がランサムウェア被害に遭い、取引先の大手企業にまで影響が及んだ事例が多く報告されている。

 これらのリスクはもはや将来の懸念ではなく、今まさに多くの企業が直面している現実の脅威となっている。

中堅・中小企業のモダナイゼーションを阻む「壁」

 中堅・中小企業がモダナイゼーションを進める上での最大の障壁は何か。入谷氏は「経営者の理解不足」を第一に挙げる。

 「近年のDX(デジタルトランスフォーメーション)の盛り上がりを背景に、大手企業経営者のITリテラシーは高まっています。一方、中堅・中小企業の経営者の場合、ITに対する意識やリテラシーがまだ十分ではなく、『ITシステムのことはよく分からない』と言う方も多いのが現状です」

 このリテラシーの差が、モダナイゼーションの遅れを招く大きな要因となっている。モダナイゼーションを進めている大手企業ではIT部門を戦略的パートナーとして位置付け、積極的に投資を進めているところが多い。一方、モダナイゼーションにまだ手を付けられていない中堅・中小企業の経営者にはIT部門を依然として「コストセンター」として捉え、投資優先度が低いケースが多い。現場のIT担当者はレガシーシステムを抱えるリスクを認識していても、それを経営層に理解してもらえず、結果として問題が先送りにされ続けている。

 もう一つの壁は、システムの複雑化・属人化だ。長年にわたって事業部門の要望に応え続けた結果、つぎはぎだらけになっているシステムは多い。特に問題となるのが「Microsoft Excel」のマクロ機能を駆使して構築された業務システムだ。こうしたしすてむは手軽に作れる半面、作成者以外には仕様が分からず、メンテナンスも困難になりがちだ。SaaSへの移行時に事業部門から「現状と同じ機能」を維持するように求められ、移行が頓挫(とんざ)するケースも多い。

経営陣を説得するための「優先順位マトリクス」

 では、どうすれば経営層の理解を得られるのか。入谷氏が推奨するのは、自社のIT資産を棚卸しし、「優先順位付けマトリクス」で整理することだ。

図2 モダナイゼーションの優先順位付けマトリクス(出典:アイ・ティ・アールの提供資料) 図2 モダナイゼーションの優先順位付けマトリクス(出典:アイ・ティ・アールの提供資料)

 このマトリクスは、縦軸に「影響度」(売上・利益・顧客満足度への影響)、横軸に「リスク」(技術的負債の大きさ)を設定する。影響度は、そのシステムが止まった場合の経営への影響を金額ベースで算出する。リスクは、老朽化の度合い、サポート状況、ドキュメントの有無、運用コスト、対応可能な人材数などを点数化する。

 右上の「高影響・高リスク」領域にあるシステム、例えばCOBOLで開発された受発注システムや、古いWindowsで作られた会計システムなどは最優先で対応すべきだ。

 「ここが一番、経営に説明しやすい部分です。『ここが止まるとビジネスが止まる』『サイバー攻撃を受けたら企業としての信頼性が失墜する』といった形で説得しやすいのです」

 このマトリクスにより、IT部門は感覚に頼らず、客観的なデータに基づいて経営層に論理的で説得力のある説明ができるようになる。ただし、入谷氏がまず着手すべき領域として推奨するのは、右上の最重要領域ではない。

 「右下が一番始めやすいと思います。影響力が少ない領域で一度やってみて、『モダナイゼーションとはこういうものだ』という成功体験を作ることで、次の段階に進みやすくなります」

 古い帳票システムなど、影響は限定的だが技術的負債が大きいシステムから始めることで、組織全体でノウハウを蓄積できる。長い間システムを塩漬けにしてきた企業では、改修経験自体がないケースも多い。段階的にスモールスタートで進めることが、成功への近道となる。

IT部門だけで進めない。事業部門と経営陣の巻き込み方

 優先順位を決めて段階的にモダナイゼーションを進める上で、重要なポイントになるのが、IT部門だけで取り組むのではなく、事業部門と経営層を積極的に巻き込むことだ。

 事業部門については、要件定義のために意見を聞くだけではなく、システムの設計段階から積極的に関わってもらうことが重要になる。最近では事業部門でもローコード/ノーコード開発ツールを使う動きが広まってきた。ローコード/ノーコード開発ツールを利用することで、実際にシステムを利用する事業部門が使いやすいようにUIを設計したり、業務フローを最適化したりすることも可能になる。

 事業部門を巻き込むことの利点はもう一つある。IT部門で不足しているリソースを補えるだけでなく、ITシステムへの当事者意識が生まれることだ。「自分たちが使っているシステムは、自分たちが責任を持って運用していかなければいけないと自覚してもらうことが大切です」と入谷氏は強調する。

 経営層については、プロジェクトの初期段階からステークホルダーとして参画させることが重要だ。定期的な進捗報告会を設定し、SIerとの重要な会議にも参加してもらう。これにより、経営者にとっても「自分ごと」になり、必要な意思決定も迅速に実施されるようになる。IT部門主導でプロジェクトを進めると、経営層の理解が得られないまま進行し、重要な局面で支援が得られないリスクがある。最初から巻き込むことで、予算確保や組織横断的な協力も得やすくなる。

「丸投げしない」「コストも低減」中堅・中小企業向けのパートナー選び

 適切なパートナー選びも重要なポイントだ。従来のように外部SIerに丸投げする方式では、コストが膨らむだけでなく、自社にノウハウが蓄積されないというリスクもある。さらに、大手SIerは既に大手企業のDX案件で手一杯であり、予算規模の小さい中堅・中小企業の案件は後回しにされがちだ。

 そこで注目すべきなのが、新しいタイプのパートナーとの協業だ。近年、ローコード/ノーコードツールを使って一部のシステムの内製化を進めながらシステムのモダナイゼーションに取り組むような、伴走支援型のサービスが登場している。

 「一緒にやることでユーザー企業にもノウハウが溜まります。中長期的に見ると、ちょっとした改修であれば自社で対応できるのは大きなメリットです」

 モダナイゼーションのアプローチは「5R」としてよく整理されているが(図3)、入谷氏は中堅・中小企業にとって最も現実的なのは「リプレイス」、つまりSaaSへの移行だとみている。

図3 モダナイゼーションの5つのアプローチ(5R)(出典:アイ・ティ・アールの提供資料) 図3 モダナイゼーションの5つのアプローチ(5R)(出典:アイ・ティ・アールの提供資料)

 会計や人事、勤怠管理などの標準的なプロセスを持つ業務は、既存のSaaSで十分対応可能だ。ここで重要なのは、業務プロセスをSaaSに合わせてカスタマイズを最小限に抑える発想の転換だ。

 一方、製造業の独自生産管理システムなど、自社特有の業務プロセスでSaaS化が難しい領域も存在する。こうしたシステムこそ、パートナーと協力しながら段階的にモダナイゼーションを進める必要がある。

AIへの過信は禁物

 レガシーシステムのモダナイゼーションにおいて、生成AIやローコード/ノーコード開発ツールなどへの期待は高い。しかし、技術先行で進めることの危険性を理解する必要がある。特に生成AIによるコード変換については、慎重な評価が必要だ。

 「COBOLや古いJavaなどは学習データが少ないため、精度が低くなります。生成AIで変換しても、一貫性や保守性に劣る場合が多いです」と入谷氏は警告する。

 Pythonなど、「GitHub」で多くのソースコードが公開されているモダンな言語に関しては、生成AIで比較的精度が高いアウトプットが期待できる。一方で、レガシーシステムで使われている言語は学習データが不足しており、実用レベルに達していないというのが入谷氏の見立てだ。変換されたコードが毎回異なる結果になったり、メンテナンスしにくい構造になったりすることも生成AIを利用するかどうかを検討する際は考慮したい。

 ローコード/ノーコード開発ツールについても注意したいポイントがある。「既に導入済みのツールがあるから」といった理由で、何もかもそのツールを利用して業務アプリケーションを作り、それによって業務が制限されるケースもあるという。ローコード/ノーコード開発ツールでは複雑な業務ロジックの実装に限界があり、後から「この機能は実現できない」という問題が判明することも多い。「技術やツールはあくまで手段であり、システムのモダナイゼーションや業務プロセスを最適化するといった当初の目的を見失ってはなりません」

マイグレーションではなく、モダナイゼーションを

 そもそもなぜ老朽化したシステムをモダナイゼーションすべきなのか。ただリスクを抑えるためであれば、モダナイゼーションでなくマイグレーションでもよいはずだ。入谷氏は、モダナイゼーションの本質的な意義について次のように語った。

「なぜ最近『マイグレーション』ではなく『モダナイゼーション』と言うか。マイグレーションは単に既存システムを新しい環境に移行させるだけの作業を指します。一方モダナイゼーションとは、IT部門の考え方や取り組み方そのものを、現代のビジネス環境に合わせて変革することです。デジタル時代に対応できる組織になるためには、モダナイゼーションが不可欠です」

 そして、成功に向けた具体的なアプローチについても言及した。

 「経営者を巻き込み、段階的に進め、そして何より自社が主体となって取り組むことが重要です。もはやSIerに丸投げして済む時代ではありません。パートナーに伴走してもらいながら協働し、自社にスキルとナレッジを蓄積していく。そうした主体的な姿勢でモダナイゼーションを進めてほしいと思います」

 2025年を迎えた今、もはや先送りは許されない。経営層の理解を得て、スモールスタートから着実に前進することが、中堅・中小企業がレガシーシステムの呪縛から解放され、持続的成長を実現するための第一歩となるだろう。

(注1)(「DXレポート 〜ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開〜」(経済産業省 デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会)

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