今回の開発のポイントは、主に
の2点だ。上述の有機トランジスタの利点に加えて、この2つの機能は全く新しいデバイスの誕生を予感させる。
研究グループは、光で遠隔操作が可能な高速スイッチング素子や超高感度光センサーなどの既存システムの改良にとどまらない新たなイノベーションが期待できるとする。しかも、この手法は原理的に超伝導の利用に限らずさまざまな光駆動型相転移デバイスの開発につながる基盤技術としても利用可能だ。
もう1つ、極低温状態でオン、オフ動作を可能にしたことも重要だ。超伝導トランジスタの研究は1980年代から行われてきたものの、完全に超伝導電荷の有無(オン、オフ)をコントロールする方法が発見できず、ようやく2008年ごろに開発された無機材料(酸化物)を使った素子でオン、オフが確認できた。
しかし、極低温状態でのオン、オフは難しく、200ケルビン程度でオン、オフを行った後に超伝導状態になるまで冷やすといった方法がとられてきた。これは無機材料の電子の量が多いため、なかなか完全に電荷を追い出すことができないのが一因だ。
有機材料ではそもそもの電子の数が少ないので、完全にオフ状態にするのが比較的容易だ。5ケルビンといった極低温でもオン、オフが可能でその状態をずっと維持し続けられる。余計な温度操作をしなくとも高速スイッチングができ、無駄がない。
ちなみに、超伝導プロセッサ開発には世界各国の研究者が取り組み、2007年には8ビットの超伝導プロセッサが開発された。名古屋大学が提案した有機超伝導低電圧マイクロプロセッサでは、2013年に8ビット、2GHz動作で電力効率1700 GOPS/ワット(OPSはOperation Per Second)を実証した。
当時の2GHz 64ビットCMOSプロセッサの電力効率が0.04GOPS/ワットだったのに比べて約4万倍と、とてつもない効率が実現することが分かった(国際超伝導産業技術研究センター「超伝導Web21」2013年10月1日より)。
現在は64ビットプロセッサを10GHzで駆動するのが目標とされるが、やがては300GHzでの動作も可能になるといわれ、日本の経済産業省や米国などが大規模な投資を行って研究開発を進めている。
光駆動型超伝導トランジスタは、まずはネットワークルーターなどの従来電力消費の激しい機器の低電力化や高速化に応用されると考えられる。だが、量産ができるようになるのは、まだまだ先の話だ。超伝導プロセッサや超伝導ケーブル(線材)、超伝導材料によるメモリなどの技術開発とともに、今後に注目していきたい。
超伝導は電気抵抗がゼロになる現象。その応用には上述のような電子デバイスへの応用の他、電力をロスせずに強磁場を発生可能なことからリニアモーターカー、超伝導モーター船舶、自動車などの動力への応用、医療用の計測装置(MRIなど)への応用、電力ロスがない超伝導線材を利用したコイルや送電ケーブル、発電機、電力貯蔵装置、変圧器、などへの応用が研究され、一部実用化している。また大型加速器、核融合炉などにも利用される。
「光駆動型超伝導トランジスタ」との関連は?
光駆動型超伝導トランジスタは光の照射によって超伝導のオン、オフを行えるもの。光で遠隔制御可能な高速、低消費電力のネットワークルーターやコンピュータなどの機器に応用が期待される。またメモリへの応用、超高感度イメージセンシング機器への応用なども考えられる。
「Organic Semiconductor(OSC)」と呼ばれ、半導体として利用できる有機材料のこと。有機ELディスプレイ、有機太陽電池など、大面積のデバイスを作るのに好適だ。溶液にしてベース材料に塗布したり、インクジェットプリンタを用いて印刷したりして製造できるので、比較的低コストなプロセスで生産できる。また柔軟性が高く、衝撃で壊れにくいのも特徴だ。
「光駆動型超伝導トランジスタ」との関連は?
今回紹介した研究ではκ-Brという有機材料が利用された。通常は絶縁体だが、電圧をかけると電気抵抗が下がり、一定以上の電圧で超伝導状態になる。フォトクロミック分子の1つであるスピロピランを基板とκ-Br層の間に挟み、光によるスピロピランの分極を利用して、κ-Brの相転移を引き起こすのが光駆動型超伝導トランジスタの仕組みだ。他の超伝導トランジスタでも電圧によってスイッチングする有機半導体材料が利用される。
「フロップス(FLOPS、Floating-point Operations Per Second)」は1秒当たり何回の浮動小数点演算ができるかの数値で、コンピュータの性能の指標の1つだ。日本が誇るスーパーコンピュータ「京」は、1秒当たり1京フロップス(10ペタフロップス)の処理性能を持つが、その100倍の性能(10の18乗フロップス)に当たるのがエクサフロップスだ。今後数年で先端スーパーコンピュータは1エクサフロップスの処理性能に達するといわれている。
「光駆動型超伝導トランジスタ」との関連は?
より優れた超伝導技術を利用することで処理性能は上がり、ランニングコストは下がる。そのために超伝導技術開発は将来の超高速コンピューティングに欠かせない。超伝導コンピューティングにはさまざまな要素技術が必要であり、「光駆動型超伝導トランジスタ」もその1つになる可能性が考えられる。光通信データを超伝導回路に受け渡したり、光による超伝導回路の書き換えを行ったりなど、新しい発想での超伝導デバイスとして発展が期待される。
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