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ベネッセがNotionでパワポ報告書と決別 多忙なDX組織を変えた戦略とは

ベネッセのDX組織は、数百人が関わるような大規模かつ難解なプロジェクトを幾つも抱えている。業務効率化のためにMicrosoft 365といったコラボレーションツールを利用してきたが、それでも会議資料の作成や情報の共有といった、本質的ではない業務に時間を取られることに悩んでいた。この状況を打破するためにNotionを導入し、ドラスティックなルール作りの末、生産性が圧倒的に向上したという。

» 2023年07月10日 07時00分 公開
[白谷輝英キーマンズネット]

 通信教育の「進研ゼミ」や「こどもちゃれんじ」、出版事業の「たまごクラブ」「ひよこクラブ」などで広く親しまれているベネッセホールディングス(以下ベネッセ)は近年、大胆なDX戦略を推進している。その担い手が、2021年に設立された社長直轄の新組織であるDigital Innovation Partners(DIP)だ。

 DIPでは、数百人が関わるような大規模かつ難解なプロジェクトを幾つも抱えている。そのため、早くからさまざまなコラボレーションツールを導入し、仕事の効率化を進めてきた。しかし、それでも会議資料の作成や情報の共有といった、本質的ではない業務に時間を取られることに悩んでいたという。

 こうした状況にメスを入れようと導入したのが「Notion」だ。同社では既に「Microsoft 365」を導入していたが、Notionを使い始めたことで生産性が大きく向上した。同社の植田省司氏(インフラ・テクノロジー推進部 部長)に、導入の効果を最大化するためのドラスティックな戦略を聞いた。

「Power Point」や「Excel」で作る会議資料の作成、情報共有で時間を空費していた

 DIPは800人以上のエンジニアやデータサイエンティストなどから成る組織で、事業部門のメンバーと連携しながらグループ全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している。

 植田氏が部長を務めるインフラ・テクノロジー推進部は、DIPの中でITインフラの整備を進めている部門だ。近年は、小中学校向けタブレット学習ソフト「ミライシード」の利用者急増に対応するためのインフラの設計、そしてクラウドに移行した「進研ゼミ」デジタルサービスのインフラアーキテクチャの最適化に注力している。

ベネッセ 植田省司氏

 どちらのミッションも重要かつ膨大な数のプロジェクトをスピーディーに進める必要がある。そのために、インフラ・テクノロジー推進部では、メンバーの業務のスピードアップを課題にしてきた。

 「中でも深刻だったのが、コミュニケーションのテンポが遅いことでした。ある案件について部署内で合意を取りたい場合、まずは「Microsoft Power Point」で資料を作りますが、多くの人はきれいな資料を作ろうとして時間がかかります。できた資料を先輩や直属上司に確認してもらい、さらに会議に出して承認を得るという流れが普通ですが、会議にたどり着く前に内容が大きく変更される場合もあります。メンバーはやるべきことがたくさんあるので、会議の調整が難しいという問題もあります」

 こうしたことで、意思決定までに多くの時間がかかること、さらに資料を作成する役割とレビューをする役割が分かれてコラボレーションができていないことが問題だったと、植田氏は話す。

 また、社内で「ある人は知っているのに別の人は知らない」といった情報格差が生じていたことも問題だった。同社のプロジェクトは難解なものが多く、全員が情報を持っていないと判断が遅れたり、意思決定の質がそろわなくなったりするリスクがある。

 こうした状況を解消するため、植田氏は「全ての情報をパブリックにしよう」と考えた。メールのように特定の人しか情報を共有できないツールの利用は極力避けて「Microsoft Teams」を使い、資料などのファイルはローカルではなくファイルサーバに置くようにする取り組みを進めたのだ。だが、ファイルサーバはあくまで「置き場所」であり、そこではコラボレーションが起きづらかったという。

 「プロジェクトをうまく回していくために、メンバーが情報を持ち寄ってコラボレーションをしながら、意思決定を下すためのツールが必要でした。それがNotion導入のきっかけだったのです」(植田氏)

Notionが気に入った理由はシンプルな「インプレース」機能

 Notionは、米Notion Labsが開発したクラウド型のアプリケーションだ。「Microsoft Excel」のような感覚でさまざまな情報を処理できるデータベース機能、個人やチームのスケジュールやタスクを管理できる機能、メモや議事録、資料を作成する機能などが詰め込まれた「オールインワン」のツールだ。カスタマイズ性が高く、Notionだけで幅広い作業が可能とあって日本でも多くの企業が導入を進めている。

 「Notionの利点はたくさんあります。複数のツールで処理していた作業をNotionだけでこなせるのは大きなメリットですし、データベースの構造がキレイで整理しやすい点が長所だと言う人もいます。でも私は、『インプレース(in-place)でコメントが付けられ、素早いコラボレーションにつなげられること』が、Notionの最大の魅力だと思っています」(植田氏)

 Power Pointで作成した資料をメールで受け取り、レビューを依頼されたとする。気になる点や修正すべき点が見つかったら、メールやExcelを使って質問、指摘をする。資料が数十ページに及ぶ場合、メールなどには多くの質問や指摘がずらずらと並ぶことになる。

 「すると往々にして、『○ページの右上にある図はどういう意味ですか?』『○ページの右上には図がないのですが、どういうことでしょう?』『あ、ごめんなさい! さっきの指摘は△ページ右上の図のことでした』『なるほど了解です。で、この図がどうしたんでしたっけ?』といったやりとりが発生しがちです。この種の非効率なやりとりをしていてはプロジェクトが前に進みません」(植田氏)

 Notionであれば、コメントをしたい箇所に直接書き込めるので情報を見つけるために時間を割くことがない。一見小さなことのように見えるが、これによってコミュニケーションのスピードは格段に上がるという。

 資料作成の時間を短縮化できることも、Notionのメリットの一つだと植田氏は語る。Power Pointのように凝ったデザインの資料は作れないが、シンプルな資料を短時間で作れるようになる。

 「美しい会議資料を作ることではなく、もっと本質にかかわる事柄を考えたり、自分のアイデアを素早く言語化して同僚に伝えたりすることに時間を使ってほしい。Notionを導入したのは、『ムダを省き、素早く本質に迫ろう』というメッセージでもありました」(植田氏)

決裁者を動かしたベネッセのNotion導入戦略

 しかし、いざNotionを導入するとなると、既にMicrosoft 365を使っている組織がさらに新しいコラボレーションツールを入れる意義を示す必要がある。決裁者を納得させるために、まずは植田氏を含む一部のチームで効果を可視化し、利用頻度や利用者を徐々に増やす戦略を立てた。

 早速植田氏のチームでは、早期に効果を出すために、まずはNotionを使って会議のやり方を徹底的に変えることにしたという。

 「会議で話すべきことは、前日までにNotionで共有し、メンバー全員が内容を確認した上で会議に参加することを必須としました。もちろんPower PointやExcelは使いません」

 植田氏のチームでは、会議の日付ごとにNotionのページを作り、「サーバの稼働状況や負荷」「障害の発生状況」「開発の内容と進捗(しんちょく)」といった議題を全て1ページにまとめている。会議の前日までに各テーマの担当者が話し合いたい内容を一斉に追記し、メンバーはその内容を確認して、疑問点や指摘があればコメントをしておく。Notionで事前に情報を共有することで、会議当日は意思決定に費やせるようになった。1回の会議は30分と短くなり、質の高い意思決定を頻度高く下せるようになったという。

Notionの議事録ページ(出典:Notionの提供図版)

 さらに「情報をパブリックにする」という宣言通り、Notionのページには、議題に関連するプロジェクトや上位のプロジェクトのページ、Microsoftの資料をリンクさせて、これまでの意思決定の流れやプロジェクトの文脈を全て確認できるようにした。

Notionの議事録ページ。議題を1ページにまとめている。(出典:Notionの提供図版)

 植田氏は膨大な数のプロジェクトを抱え、そのマネジメントに忙殺されているが、Notionに情報がまとまったことで、効率的に仕事を進められるようになったと話す。さらに情報を見逃さないための工夫として、会議の前日の午後に翌日の議論の内容を必ず確認する仕事の進め方も取り入れた。

 「私の仕事は一分一秒を争うような場面も多く、情報を探すための時間が致命傷になりかねません。Notionを使うようになったことで、仕事の生産性は2倍ほどに上がったと思います」

 メンバーにもNotionは好評だった。社内で効果に関するアンケートを採ったところ、ほとんど従業員が「仕事のやり方がガラリと変わった」「生産性がかなり上がった」とポジティブな反応を示していた。植田氏は、このアンケートをまとめて、役員にその実績を示すことで本格導入の決裁を得ることに成功した。

Microsoft 365をコアとして、NotionとTeamsを使う方法が一つの最適解

 現在のインフラ・テクノロジー推進部では、成果物のあるものやストックすべき情報はNotionで議論し、成果物のないフロー情報はTeamsでやりとりをする仕組みにしている。これを一つのパッケージとしてDIP内でもプロジェクト単位で活用を広げているところだ。

 「Notionは、ページを作って文字を書き込むというシンプルなツールなので、導入時も戸惑いや拒否反応が少ないように思います。チームで使うという特性上、うまく使いこなしているメンバーのやり方を他の人が参考にしやすいという利点もあります。DIPでは、特にスケジュールのタイトで効率化が必須の案件でのニーズが高く、現場でスムーズに受け入れられている印象です」(植田氏)

 一時は詳細な権限設定の機能がないことで、各チームの情報を他のチームが見られる状況を不安視していたが、今は各チーム専用のエリアを作成できる『チームスペース』機能が付け加えられたことでこの問題も解消された。

 植田氏は今後も、「アジリティのある仕事の仕方」を社内に展開し、ベネッセのDXを下支えする業務基盤にしたいと考えている。

 「DX時代の今、企業は新たなビジネスを次々に打ち出すことが求められます。自社の競争力を上げるためには、ローコストかつスピーディーに判断を下していかなければなりません。ライトなドキュメントを高頻度で作成し、情報格差を作らずに、短期間で質の高い意思決定をする仕組みとして、NotionとTeamsを使う方法は一つの有効な出口だと感じています」

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