年間約1億500万枚の紙を使用していた常陽銀行。同行は「DXの民主化」を掲げ、まずペーパーレスを徹底することで全行員がAIを活用する体制を構築した。一足飛びにAI活用を目指すのではなく、地道な取り組みを積み重ねてきた同行の歩みを紹介する。
この記事で紹介した常陽銀行の丸岡政貴氏の講演動画を「デジタル戦略EXPO 2026 冬」にて再配信しています(2月25日までアーカイブ配信中)。
「AI活用といっても何から手をつければいいか分からない」――。そんな悩みを持つ企業は多い。常陽銀行は「DXの民主化」を掲げ、まずペーパーレスを徹底し、現在は全行員がAI活用に取り組んでいる。同行はなぜDX推進をペーパーレス化から開始したのか。全行員にAIを活用させるための仕組みとは。
本稿は、アイティメディアが主催したオンラインイベント「変わる情シス 2025秋」(2025年12月9日〜12日)で、常陽銀行の丸岡政貴氏(経営企画部 副部長 兼 DX戦略室長)が「まずはペーパーレス、そしてAIへ。『DX民主化』による全社DXへの歩み」というテーマで講演した内容を編集部で再構成した。
常陽銀行は茨城県水戸市に本店を置く地方銀行で、従業員数は約3000人。足利銀行とともに「めぶきフィナンシャルグループ」を形成し、グループ全体の預金残高は17兆6076億円に上る(2025年3月末時点)。
同行のDXは現状把握から始まった。2021年度時点で年間に使用していた紙は約1億500万枚だった。執務室には段ボールや紙があふれ、キャビネットには資料がぎっしりと詰め込まれていた。「お恥ずかしながら、当時はこれが当たり前だと思っていました。今考えるとゾッとしますが、ここからスタートしたのです」と語るのは、常陽銀行の丸岡政貴氏(経営企画部 副部長 兼 DX戦略室長)だ。
同氏はDXを進める上で今の状態と、今後どういう状態になりたいかの2つを明確にする重要性を強調する。「ビフォーアフターを明確にできなければ、組織全体で目標を共有することも成果を実感することもできないからです」
DXへの着手に際し、同行はまず戦略的なロードマップを策定した。その背景には、DX戦略における「よくある3つの失敗」を回避するという明確な意図があった。
よくある3つの失敗とは何か。
1つ目は「ツールの導入が目的化する」失敗だ。AIやSaaSなど新しいツールを導入すること自体がゴールになり、何のためにDXをするのかが曖昧(あいまい)になってしまうパターンが当てはまる。
2つ目は「情シス部門への丸投げ」だ。現場の巻き込みが不足すると、導入したツールへの抵抗感が生まれたり、既存業務と新しい業務が混在して現場が混乱したりする。
3つ目は「経営のコミットメント不足」だ。経営層との認識にズレがあると、必要な予算や人材を確保できず、DXが全社的な取り組みに発展しない。
「これらの失敗を回避するために、DX戦略ロードマップの策定が有効だと考えました」
同行が策定したDX戦略のロードマップはDX戦略投資領域を「伝統的業務のデジタル化・業務革新」「デジタルチャネルの利便性向上・顧客接点の拡大」「データ利活用の強化」「DX基盤の強化」「取引先や地域へのDX支援・協業」という5つのカテゴリーに分けた。
その上で、各カテゴリーについて「3年後にどういう姿でありたいか」を明確化し、公表した。DXの成功に不可欠な共通要素として「ペーパーレス」「デジタル化浸透度」「データ利活用レベル」という3つのKSF(重要成功要因)を定めた。
「要素が複数に分かれる場合は、無理に一つにまとめる必要はありません。特に銀行の場合、伝統的な業務がデジタル化できていない根本原因は『紙が多いこと』にあると考えました。そこで、枝葉に振り回されるのではなく根っこの部分にターゲットを定めたのです」
DX戦略ロードマップの策定によって、DXによって目指す姿が可視化され、ツール導入の戦略的位置付けが明確になる。現場と経営層が議論を重ねてロードマップを策定し、ツール導入時に戦略との整合性確認をするようルール化すれば、現場も現場も戦略的な製品選定を意識するようになる。
紙を使う業務には印刷や押印、回覧といった「見えない事務作業」が付随する。同行はこれを「非効率業務の温床」と位置付け、単に紙を減らすのではなく、これらの付随業務を削減することを目的として据えた。2021年度に1億500万枚だった紙の使用量を、2025年度までに10分の1にするという目標を掲げた。
「高い目標を設定することで、抜本的に変えなければならないという雰囲気が生まれました。目標が低ければ、ここまでの成果は出なかったと思います」
この目標を受けて、展開したのが「JOYO GXプロジェクト」だ。本部や営業店、バックオフィスを含めた全行運動として推進し、頭取自らが表彰式のプレゼンターを務めた。表彰状もペーパーレス化し、NFT(非代替性トークン)やAR(拡張現実)を活用したデジタル表彰状を作成し、行員が新しいデジタル技術に触れる機会になった。
2025年度上半期時点で、紙の使用量は約2900万枚まで減少し、約7600万枚の削減に成功した。目標の90%には届いていないものの、削減率は72%に達した。
ペーパーレス化の象徴的な成果となったのが、本部と営業店間の文書を仕分けしていた「発送ルーム」だ。紙の削減によってこの部屋が不要になり、空きスペースとなったこの場所はカフェスペースとして生まれ変わり、従業員満足度の向上に寄与している。「従業員の満足につながる取り組みに発展したことで、喜びが共有されました。こうしたシンボリックな事例が1つできれば、取り組みに拍車がかかることを実感しました」
ペーパーレス化を起点としたデジタル化、デジタルチャネルの浸透、行内のBPR(業務プロセス改革)の進展により、2025年上期における同行の事務量(総事務時間)は2019年度比で56.3%減少した。
ペーパーレス化が進むことで、組織内にデジタルデータが蓄積されていく。同行はDXの次のステップとして、データの「蓄積」と「見える化」に取り組んだ。
丸岡氏は「長期間記録されているデータを『Microsoft Excel』(以下、Excel)形式のデータにしてチェックするだけでも、大きな気付きがあります」と語る。同行はチャネル別の振り込み件数などの長期間における推移をグラフ化し、デジタルチャネル浸透を強化する根拠データとして利用している。
さらに同行は、SalesforceのBIツール「Tableau」を導入し、経営データの可視化を進めた。「Excelでグラフを作成すると、作成者の視点で切り口が固定されてしまいます。これに対し、BIツールを使えば、閲覧者が自由な切り口でグラフを作り変えたり、データを掘り下げて分析できたりします」
本部と営業店のプリンター印刷枚数を折れ線グラフで確認し、大きな変化があった場合にその原因を個人レベルまでドリルダウンして特定している。「『今ここで紙が発生しているから、この業務を改善しよう』という優先順位が付けられるようになり、デジタル化施策のスピードアップにもつながっています」
データ活用に取り組み始める際は、「どのデータから手をつければよいか分からない」となりがちだ。丸岡氏は「『経営データの見える化』と言うと壮大な取り組みに聞こえるかもしれませんが、まずは身近なデータを可視化することが重要です」と強調する。
例えば、一見価値がないように思える通話データからは、支店から本部への問い合わせ件数の推移や、どの部署のどの係への問い合わせが多いかが分かる。同行は通話データの分析によって、社内FAQの充実やマニュアルの改善といった施策につなげた。
ペーパーレス化とデータの見える化という土台を整えた上で、同行はAI活用に着手した。「業務をデジタル化し、データを活用するという文化を先に作ることがAIの活用と浸透に大きく寄与しました」
同行は次の3つの方針でAIを活用している。
同行ではプロンプト開発やRAG(検索拡張生成)の構築をDX推進部門だけはなく、各業務部門と共同でプロジェクトを組んで開発する「DX企画の民主化」を進めている。顧客の課題やニーズに対して銀行が紹介できるソリューションを検索できるシステムや、コールセンターのオペレーターが問い合わせに迅速に回答するためのシステムなどを現場と一緒に構築した。
同時に「現場DXの民主化」も進めている。「行内副業」という制度を生かして、営業店で働く行員が週1回、DX戦略室に出勤してプロンプト開発やRAG構築に携わる。
「現場の行員と一緒に開発することで、AIは『魔法の杖』ではないことを理解してもらえます。社内マニュアルをAIに参照させるだけでは正しい答えは出力されません。チューニングが必要です。こうした技術の限界や制約を肌で感じてもらうことでDX部門と現場が二人三脚で取り組めるようになります」
同行では生成AIが1日当たり約2000チャット、月間約4万チャット利用されている。月間利用割合は本部では56%、営業店では約33%に達し、日常利用者が右肩上がりで増加している。
また、同行は生成AI以外のAIも活用している。個人ローン審査業務では融資判断の6〜7割をAIが担う。一方で、融資可否がボーダーライン付近にあるケースについては、人間がチェックする運用を徹底している。
「AIと人の共存が実現しつつあります。AIが全てを判断するのではなく、AIが得意な部分はAIに任せ、人間のフォローが必要な部分は人間がしっかり対応する。この使い分けが重要です」
年間1億500万枚の紙から始まり、全行員によるAI活用を実現しつつある同行には厳格なガバナンスがある。
丸岡氏はAIガバナンスの基本方針として次の3点を示した。
実務面では、IT投資の目的に沿った適切なKPI(重要業績評価指標)を設定し、その達成状況を定期的にモニタリングしている。KPIの達成状況を基に経営層が検討し、半年ごとに追加投資や撤退を決定している。
「ツールのローンチで終わりにせず、効果がどれだけ出ているかを追いかけること、その結果を組織で共有しています」
なお、同行のペーパーレス施策一覧には「プリンター台数削減」「シュレッダー台数削減」など、一見デジタル施策とは言い難いものも含まれている。
「『この取り組みはDXなのだろうか』と気にする方もいますが、効果があるもの、目的に向かって前進するものであればDXかどうかは関係ない。やれるものは何でもやる――。そういう姿勢で取り組んできました」
同行の取り組みのポイントは、一足飛びにAI活用を目指さず、まずはペーパーレス化という泥臭い業務改革から着手したことだろう。ペーパーレスによりデジタルデータが蓄積され、BIツールによりそれらが可視化され、全行員が日常的にAIを活用する土壌が整った。
丸岡氏は講演の最後に、地方銀行の役割に言及した。
「われわれは地方銀行として、自ら先頭に立ってDXを経験し、その結果を地域の企業に還元しています。DXやAI活用でお悩みの際は、ITベンダーだけでなく、地方銀行への相談も視野に入れていただければと思います。さまざまな相談を中立的な立場でお受けしています」
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