京都府庁、職員7000人の事務効率化で「Copilotだけに頼らない」と決めた理由
人口減少に伴う将来的な人手不足を見据え、職員約7000人の業務効率化に挑む京都府庁。限られた人員で増え続ける行政ニーズに応えるため、同庁が着目したのが生成AIだ。しかし、対話型AIを全庁導入しただけでは、現場の業務負担は解消し切れなかった。
京都府庁では、将来的な人手不足を見据えて業務効率化が課題となっていた。2005年に約265万人だった府の人口は、2025年には約250万人に減少。少子高齢化で現役世代の減少も見込まれる中、限られた職員で増え続ける行政ニーズに対応する必要があった。
特に業務負荷が高かったのが、会計事務や文書事務のやり方が庁内ルールに合致しているか確認する作業だった。これらの事務は、全庁共通のマニュアル「手引き」に沿って行う。1ページずつめくって情報を探さなければならず、職員の負担になっていた。該当項目を見つけられない場合は手引きを所管する制度所管課に問い合わせて回答を待つ必要があった。
制度所管課も、連日メールや電話で寄せられる質問への対応に追われて、本来注力すべき業務に専念できないという悩みを抱えていた。
デジタル政策推進課はRPA(Robotic Process Automation)の導入などで改善を図った。だが、RPAは定型作業の効率化には有効でも、構築・運用には専門知識が必要で、全職員が日常的に使うにはハードルがあった。
問題は、Copilot Chatの課題をどう補うか
その手間を減らす手段として、京都府庁は生成AIに目を向けた。同庁の伊藤貴史氏(デジタル政策推進課 課長補佐 兼 係長)は次のように振り返る。
「生成AIには、外部情報を検索して回答を生成する『RAG』(検索拡張生成:Retrieval-Augmented Generation)という機能があります。手引きなどの庁内文書を参照できるようにすれば、自然言語で質問するだけで必要な情報と根拠資料を呼び出せます。これなら、庁内ルールの確認にかかる時間を短縮できると考えました」
京都府庁は2025年1月に対話型生成AI「Copilot Chat」を全庁導入した。ただし、当時のCopilot ChatはRAG機能が十分ではなく、手引きなどの膨大な資料を読み込ませて使うのは難しかったという。
そこで京都府庁は、RAG機能を備えた「ユーザーローカル ChatAI」(以下、ChatAI)を2025年4月に全庁導入した。2つのツールを一本化せず、庁内マニュアルの検索には ChatAI、文章の作成や企画のアイデア出しにはCopilot Chatと、得意分野に応じて使い分けることにした。
運用形態については、庁内サーバでのオンプレミス運用も検討したが、独自に構築すると更新や保守の負担が大きく、費用対効果にも課題があると判断。AIの急速な進化を取り込めるクラウドサービスを選んだ。
全庁への導入に先立ち、まずはデジタル政策推進課が属する総合政策環境部などの職員が実証実験(PoC)を実施した。イベントのあいさつ文やプレス発表資料の作成、手引きに関する質疑応答などを検証し、業務時間の削減効果を確認した。
「7000人を超える職員がいるため、全庁展開に先立ち、まずは一部の職員で効果や使い勝手を検証する必要がありました。実際に利用した職員からも高い評価が得られたことが、全庁導入を決断する後押しになりました」と、同庁の飯村海斗氏(デジタル政策推進課 主事)は語る。
京都府庁が試行錯誤で見つけたエージェント開発の工夫
京都府庁は、Copilot ChatとChatAIに続き、事務手続きを支援する「AIエージェント」の開発にも着手した。
チャット型のAIアシスタントは、複雑なルールに基づく判定や複数の処理を組み合わせた業務に使うには課題がある。そこで、請求書の受け付け審査や補助金申請の審査に関わる書類の一次チェックなど、一定の手順に沿って確認する業務を支援するために、複数の処理を自律的に実行できるAIエージェントの開発に取り組んだ。
開発には、プログラミングの専門知識がなくてもAIエージェントを構築できる「Copilot Studio」を採用した。外部のIT企業に委託する前に、まずは職員自ら試作することにした。
「私たちは、AIエージェントの内製化を目的としていたわけではありません。まずは自分たちの手でツールに触れ、業務のどこまで自動化でき、どこに限界があるのかを現場の感覚で把握しなければならないと考えました。公費を使う以上、費用対効果の不透明な段階での外部投資は避けたく、まずはローコードの環境を生かして現場主導で小さく検証を重ねました」(伊藤氏)
伊藤氏や飯村氏らは、インターネットで情報を集めながら、試行錯誤を重ねて開発を進めた。その過程で分かったのが、複数の処理を一度に任せると、回答の精度が落ちたり、エラーが発生したりしやすいことだった。
そこで、処理ごとにAIエージェントを分ける方法を取り入れた。
「ルールの読み取りから書類のチェック、結果の整理まで一度に任せると、回答の精度が大きく落ちたり、エラーが頻発したりしました。そこで『ルールを読み取る』『書類をチェックする』『結果を整理する』という3つの子エージェントを用意し、それぞれの結果を親エージェントが取りまとめる仕組みにしました。すると、処理が安定するようになりました」(飯村氏)
こうして開発したAIエージェントも、出力結果をそのまま採用するわけではない。京都府庁では、AIの回答をあくまで「一次案」と位置付け、最終判断は職員が行うルールを徹底している。
「請求書の受け付け審査を支援するエージェントは、記載漏れや日付・金額の誤りを点検し、正しい箇所と誤りがある箇所を一覧表にして提示します。ただし、職員はその結果だけで判断するのではなく、一覧表と根拠資料、原本を確認して最終的な判断を下します。AIはあくまでも作業を効率化するための補助ツールであり、最後のチェックと判断は人間が担うことを基本としています」(飯村氏)
書類の細かな不備を見つける作業はAIが支援して、結果を確認して最終判断を下すのは職員。京都府庁はAIエージェントと人の役割分担によって、業務の効率化と判断の信頼性の確保を目指している。
京都府庁が目指す業務効率化の先
AIチャットツールの導入から1年半以上が経過し、職員の利用も広がっている。庁内調査によると、Copilot Chatの利用率は71%、ChatAIは45%だった。
「利用者の満足度はCopilot Chatが95%、ChatAIが93%で、継続利用を希望する職員はいずれも99%に達しています。期待以上の反応でした。年間の業務削減時間は、週1日以上利用する職員1人当たりCopilot Chatで109時間、ChatAIで74.4時間と見込んでいます。
これまで問い合わせ対応に時間を取られていた制度所管課でも効果が表れています。調査に回答した制度所管課の職員のうち、ChatAIを利用する職員の84%が『制度所管課への問い合わせが減った』と評価しました」(飯村氏)
チャットツールは日常業務に浸透しつつある一方で、AIエージェントは引き続き検証段階にある。今後は各部署の意見を踏まえ、需要の高い審査業務などへの活用範囲拡大を視野に入れているという。
京都府庁が目指すのは、単なるコスト削減や業務の省力化ではない。AIで定型的な作業の負担を減らし、そこで生まれた時間を府民サービスの向上につなげることだ。
「手引きをめくって調べたり、書類の不備や誤字を見つけたりする作業はAIに任せ、そこで生まれた時間を府民の方々のために使いたい。それがAI導入の最大の狙いです。府民の皆さまとの対話やサービスの企画・立案、現場での柔軟な判断など、人にしかできない業務に、より多くの時間を充てられるよう工夫したいです」(伊藤氏)
こうした活用を進める上で伊藤氏と飯村氏が重視するのが、実際に試しながら知見を蓄積することだ。
「最初はAIエージェントがクリック一つで自動的に処理してくれるイメージでしたが、実際に使ってみると、業務に合わせて処理の流れを設計することが重要だと分かりました。自分で試行錯誤することで、初めて気付くことも多いです」(飯村氏)
職員への浸透に向けては、一人一人の受け止め方にも目を向けている。
「AIに抵抗感を持つ職員に『便利だから使って』と押しつけるのではなく、なぜ使えていないのかを掘り下げることが大切です。使う人の気持ちを理解して、適切にフォローする姿勢を忘れてはいけないと思います」(伊藤氏)
現場の課題を起点として、実際に試しながら使い方を工夫する。AIに任せる作業と人が担う判断を切り分け、職員の声に耳を傾ける。京都府庁は、こうした取り組みを通じて、AIによる業務効率化を府民サービスの向上につなげようとしている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
事例で学ぶ! 業務改善のヒント
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
今、IT資格を取るならどれ? ランキングに見る「急浮上の資格」と「不動の資格」
-
2
「パスキーはワナだ、使うな」にネット騒然 プロが“待った”をかけるワケ:902nd Lap
-
3
なぜ、突如「PHPパニック」は起こったのか? 緊急メンテ続出の理由とその後
-
4
48年も愛された名作CPU「Z80」を、引退に追い込んだ“抗えない事情”
-
5
大田区、年1000時間の問い合わせを「AI電話」で削減できるか? 実証実験で見えた課題
-
6
「Gemini Notebook」で始める「AI×自動化」実践ガイド
-
7
止まらない不正アクセス、広がる情報漏えい 大手企業・公的機関を襲った10事案
-
8
Microsoftの“あのキャラ”がまさかの復活? 公式「X」乗っ取り事件の珍騒動:901st Lap
-
9
資料を食わせるだけで自動化できる、「NotebookLM」の"ズルい"使いこなし術
-
10
150超の評価基準、何から手を付ける? 「SCS評価制度」対応で企業がつまずく5つの難所
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー