リモートワークが進み、従業員同士の信頼関係が薄くなることが危惧される。従業員に共通した文化や価値観が生まれにくく、生産性向上も見込めない。人材の採用段階から意識しておくべきポイントがある。
テレワークを導入した企業で、人と人、人と会社の関係性が希薄になったという悩みを聞く。信頼関係で結ばれた強い組織を作るためには、人材の採用段階からエンゲージメントを意識することが肝心だ。約20年にわたって人事業務に携わり、2万人以上の採用面接を経験した人事と組織開発のプロフェッショナルに秘訣を聞いた。
本稿は「Activate HR2020→2021」(主催パーソル)における、人材研究所 曽和利光氏の講演「テレワーク時代に強い人間関係と組織を作る、これからの『採用』とは」を基に、編集部で再構成した。
Webからのエントリー、オンライン面接など採用業務のオンライン化が進むと、応募者とのコミュニケーションが不足になりがちで信頼関係の構築が難しくなった。人材研究所の曽和利光氏は「オンライン採用の特徴を理解し、注力ポイントをシフトする必要がある」と言う。
同氏が重視するのは、従業員の間で自然発生するインフォーマルネットワークだ。冗長でスロー、非連続、内発的な行動といった言葉で表され、年齢や職域、立場、地位を問わない人間関係が築ける。会社組織図に描かれるような組織構造(フォーマル組織)では見逃されがちな派遣社員やアルバイト、パートナー会社の関係者なども含まれる点も特徴の一つだ。
「インフォーマルネットワークはフォーマル組織が担う機能を補完し、事業のパフォーマンスを高める。メンタル面のケアを含めて組織からの離脱をつなぎとめるセーフティネットとしての役割も果たす」(曽和氏)
インフォーマルネットワークを重視する理由の一つは、フォーマル組織だけでは分からない従業員のパーソナリティーが見えてくることだ。適材適所の配置が可能になり、十分な能力発揮が期待できる。
曽和氏は「チーム構成員の組み合わせ次第で生産性が大きく変わる」と、ヒューマンロジック研究所の資料を引きながら指摘する。パーソナリティーを考慮せず、スキルや経験を基にして組んだチームは、予想される人数分のパフォーマンス(生産理論値)よりも低くなる。パーソナリティーを考慮する際には「似た者同士」で組むよりも、お互いを補完し合えるような関係性を持たせた方がマンネリ化を招かず、期待値以上のパフォーマンスを発揮する可能性が高い。
では、インフォーマルネットワークを意識した採用戦略とはどのようなものだろうか。特にオンライン採用で失敗しないためのポイントを解説する。
曽和氏は、従業員の信頼関係を強化するための手段としてリファラル採用を挙げる。社員の縁故者や友人など人間関係に基づいた採用活動で、比較的低コストで、信頼できる評価情報を基にした優秀な人材が採れるという利点がある。関係が疎遠になりがちなテレワーク環境にあってもインフォーマルネットワークを強化しやすい。
ただし、採用担当者の修練が必要なこと、最初の起点づくりが難しいこと、社員が友人などを紹介するモチベーションづくりが難しいことがリファラル採用の課題だ。やり方を間違えると社内外に悪い印象をばらまく可能性もある。
曽和氏は「入社後の組織開発を容易にするために、オンライン採用でも人材採用時点でのエンゲージメントを重視すべきだ」と言う。そのためには「心理的契約」を意識することが重要だ。つまり言語化、明文化された契約内容とは別に、企業が暗黙のうちに期待するものを応募者が理解し、応募者もまた会社に期待するものを企業(面接担当者)理解するという相互理解のことで、これがお互いの信頼関係構築の基礎になる。
面接の中で相互理解を促進する際、対面とオンラインとで失敗しないためのポイントが異なると曽和氏は指摘する。
対面では面接担当者と応募者の間で、場の流れに応じた受け答えを重ねることで信頼感が形成されていく。そのためマニュアル化された一定形式の質問が出される「構造化面接」は、応募者の印象が悪くなる。ところが曽和氏は、オンライン面接では構造化面接を上手に実施することで応募者の満足度が高まると言う。
オンライン面接では、自己アピールを動画にして応募する録画面接を採用する企業が増加傾向にある。優秀な人材を採用するためのポイントは、一問一答スタイルをやめてプレゼンテーションスタイルにすることだ。
質問の内容も応募者が長めにプレゼンテーションできるようなものにし、回答に必要な条件も増やす。Web会議ツールを使ったリモート面接でも事前に質問を提示し、じっくりと考えてもらう。以下に例を挙げる。
応募者は自分が「十分に能力を発揮できた」という感覚を持てるようになる。それが印象を良くし、信頼関係の構築にもつながる。
信頼関係を構築しにくいオンライン採用の成否は、面接担当者のスキルにも大きく依存する。曽和氏は、注力したいポイントとして次の3つを挙げた。
応募者にとって面接担当者はえたいの知れない存在だ。対面以上に面接担当者自身の自己開示が必要になる。自己紹介や自身の入社動機を話すことを通じて自分の価値観や考え方を応募者に知ってもらう。ただし「会社のここが好きだ」だけでは足りない。事業や業務の説明に終わらせず、自分の言葉で「なぜそれが好きなのか」を伝えることが共感を生むことにつながる。
オンライン面接は非言語情報が伝わりにくい。表情、視線、声の高低、姿勢、身振り手振り、あいづち、うなずきといった非言語コミュニケーションは、意識的にすることが重要だ。伝えにくい感情は「今の話を聞いて、こんな風に感じました」と言葉にすることも大切だ。
入社3年目までに離職する人の多くが入社前の期待と入社後の現実のギャップ(リアリティショック)に悩み、エンゲージメントが崩壊する。これを防ぐために曽和氏は「RJP(リアリスティックジョブプレビュー)が有効だ」と言う。
RJPは入社意思が固まり、社員や動機内定者との間で人間関係が出来上がったタイミングで、会社の情報をリアルに伝えることだ。海外の実証研究で入社後の離職を抑制できることが証明されている。
ただし伝え方には少し工夫が必要だ。悪いことを伝える際にはポジティブな表現を心掛けること、デメリットはメリットも併せて伝えること、記事や書籍などによる社会的証明を利用することが挙げられる。入社する人とって何が重要なのか、何を知りたいのかを見極めることが大切だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。