さまざまなデータの流通によって新たな価値創造につなげるために、各社がしのぎを削る「データ流通プラットフォーム」。ゲームエンジンの応用にまで議論が飛び交う、その最新動向に迫る。
小野陽子(Yoko Ono):IDC Japan コミュニケーションズ リサーチマネジャー
国内通信サービス市場、データセンターサービス市場などの調査を担当。特に法人向けビジネスネットワークの市場動向に詳しい。最近では、広域分散プラットフォームやエッジ(フォグ)コンピューティングの調査も積極的に手掛ける。
多くの機器がインターネットに接続するIoT(Internet of Things)時代の今、カメラやセンサーなどの各種デバイスから寄せられる位置情報や環境情報といった多種多様なデータを収集、蓄積し、新たな価値創造につなげるための活動が広がっている。
分かりやすい例では、多くのセンサーが取り付けられている自動車から情報を収集し、クラウド分析することで、次世代の自動車開発や事故防止活動に役立てようといった自動車業界の試みだ。また、それらの情報を基に危険運転かどうかを見極め、保険料算出に生かす保険業界の取り組みなど、自動車から得られる情報だけでもさまざまな業界で有益な情報となり得る。そのための基盤づくりとして、国や自治体、各業界が連携して推し進めているのが、広域データ基盤としての「データ流通プラットフォーム」だ。
データ流通プラットフォームには、このようなデータを収集し蓄積する仕組みや環境、そしてそれらをAI(人工知能)でリアルタイムに分析し、どこかの現実世界にフィードバックするための仕組みが欠かせない。
その仕組みとして、データセンターやクラウド、5Gを含めたネットワークを中心としたインフラストラクチャ層と、目的に応じてメタデータの抽出やデータそのものの選別などエッジ側の処理を含めたストリームデータ処理を担うデータ層が存在しており、これらミドルウェア領域までがデータ流通プラットフォームの範囲だとIDCは定義する。
データ流通プラットフォーム市場には、関連する業界など多くのステークホルダーが存在しており、その領域も多岐にわたる。
そこで今回は、サイバー(仮想)空間とフィジカル(現実)空間を高度に融合させたCPS(Cyber Physical System)によって社会的課題の解決を目指す「Society 5.0」の領域に絞った上で、データ流通プラットフォームの現状を見ていきたい。ユースケースは数多くあり、ユースケース例を見ただけでも、データ流通プラットフォームがいかに幅広い課題に応えることができるものなのかが想像できるだろう。
データ流通プラットフォームは、国や自治体と多くの民間企業で取り組みが進められている。近年は、日本においても分野を超えたデータ連携を目指す分野間データ連携基盤プラットフォーム「DATA-EX」の議論が進められている。
データ流通プラットフォームが話題になり始めたのは数年前からだ。データを1つの企業に閉じ込めておくのではなく、さまざまな業界で基盤を共有し、データを流通させていくことが重要だとの議論が盛んとなった。プライバシーやセキュリティに対する課題はもちろん、データが膨大になれば、エッジやクラウドで役割を分担しなければならなくなる。それらを実現するテクノロジーやサービスを有するIT業界でも、1つの企業で全ての環境を整備することは難しく、多くの業界で共用できるプラットフォームの必要性が議論されていたわけだ。
2020年には、欧州統合データ基盤プロジェクトである「GAIA-X」が登場し、実際に欧州が実装を進める計画が発表された。このプロジェクトは、産官学のさまざまな組織や国/地域、また目的に応じて構築された個別のデータ基盤などの間を、セキュリティやコンプライアンスのためのゲートウェイ機能を持つ「IDSコネクター」で相互接続していく構想で、最終的には国際標準化を目指している。
GAIA-Xでは、データの扱いは上記のようなプラットフォームごとにコントロールしたうえで、各プラットフォームをつなぎ合わせていくこととなるが、相互接続するためにはインタフェースやプロトコルなどの設計思想が共通化されていなければならない。そこで重要になるのが、共通の設計思想となるリファレンスアーキテクチャだ。
日本も欧州の動向を追いかけつつ、2020年以降、産官学連携によるGAIA-Xのようなプラットフォームの構築へと動き始めた。それが、分野間データ連携基盤プラットフォームである「DATA-EX」だ。
このプラットフォームは、多くのITベンダーが参画する一般社団法人データ社会推進協議会(DSA)が中心となって環境整備が進められており、国と地方自治体のデジタル化を主導するデジタル・ガバメント閣僚会議における「データ戦略タスクフォース」でも検討が進められるなど、官民一体となって日本における包括的データ戦略の方向性が議論されている。また、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)においても相互接続するためのコネクターの在り方が研究されるなど、国を挙げてデータ活用に向けたプラットフォーム整備に動き出している。
DATA-EX以外の動きも活発で、例えばトヨタ自動車やNTTグループなどが設立したコンソーシアム「AECC(Automotive Edge Computing Consortium)」では、コネクテッドカーに必要な膨大なデータをエッジとクラウドで分散処理する方法の研究開発がされるなど、データ流通プラットフォーム構築のための技術的検討が進んでいる。また、情報学の学術総合研究所である国立情報科学研究所では、日本の大学や研究機関などの最先端の学術情報ネットワークSINETにデータ処理を行う基盤を含める。昨今では、材料開発を行うマテリアルズ・インフォマティクスや創薬研究、宇宙の素粒子研究など大容量のデータ処理が必要な研究が増えていることがその背景にある。
ここで、先述したCPSを中心とするデータ流通プラットフォームに関する動向について見ていきたい。分野別にさまざまなCPSがあるが、今回は「都市OS」「建物OS」「コネクテッドカー基盤」「MaaS(Mobility as a Service)基盤」という4つに絞り、その注目の動きについて紹介していこう。
都市OSに関しては、欧州で開発されたOSSの「FIWARE」が代表的なものとして挙げられる。すでに香川県高松市や富山県富山市など複数の自治体がFIWAREを活用してデータ流通プラットフォーム構築を進めており、河川の監視や観光といったそれぞれの目的に応じて小さい規模で実証実験を始めている事例が増えてきた。安価な環境で利用できるOSSのFIWAREを利用する自治体が増えれば自治体間で相互接続しやすいというメリットもあり、今後も導入が進んでくる可能性は高いだろう。なお、日本においてはNECなどがFIWAREを積極的に展開している。
一方で、特定のベンダーがプロプライエタリ(独自)な動きで都市OSを展開する動きもある。すでに撤退しているものの、Googleの親会社であるアルファベット傘下のSidewalk Labsがカナダのトロントで進めていた未来都市計画では、独自のOSが提唱されていた。都市OSは今後、大きな可能性を持つため、Google以外にもプロプライエタリの都市OSの提供を狙うベンダーは少なくないだろう。
建物を中心にデータ流通プラットフォームを形成する際に必要になるのが建物OSで、大手建設会社や不動産各社がプラットフォームづくりを推進する。
ビルは、もともと建築時にCADを用いて3D化したり、BIM(Building Information Modeling)を用いて立体モデルをデジタル空間に再現したりなど、デジタルツインづくりに必要なデータがすでに整っている。また、大規模なビルの中は、店舗などさまざまな施設があり、不特定多数の人が出入りする公共的な空間でありながらも、ビルオーナーの管理下にあり、付加価値向上のためのさまざまな取り組みを進めやすい。よって、この領域に注目するベンダーは多い。エレベーターやセキュリティゲート、カメラなど建物内にある設備を制御する中央監視の仕組みがすでに出来上がっていることも大きなアドバンテージの一つだ。
今後は、清掃や警備、運搬などを目的とするロボットの導入も比較的早期に進むと思われる。この建物OSは、物理空間から取得した情報をデジタルツインによってデジタル空間に写像し、その情報を現実世界にフィードバックするという、まさにSociety 5.0の縮図とも言えるだろう。
具体例としては、スマートビル実現のために新機能を有したデータプラットフォームを開発し、2025年に開催が予定される大阪での大型イベントを見据えて未来社会の実験場「コモングラウンド・リビングラボ」などで実証実験を行っている竹中工務店の先進的な取り組みが話題となった。まさにSociety5.0の実現に貢献する次世代都市の空間情報プラットフォームを展開することで、新しい可能性を探っている状況にある。
また、もともと中央監視システムを自前で持っている清水建設では、三菱電機やパナソニックなど設備機器メーカーとともにAPIを開発し、多くの企業を巻き込みながらエコシステムを形成する取り組みを進めている。IT業界においても建物OSに関連したプロジェクトに参加する企業も多くみられ、この分野は今後、競争が激しくなるだろう。
自動運転につながるコネクテッドカー向けには多くの基盤が展開されているが、その中で注目されている企業の一つが位置情報プラットフォームを提供するHERE Technologiesだ。欧州の自動車関連の大手企業複数社や三菱商事、NTTなどが出資しており、位置情報プラットフォームをグローバルに展開している。このプラットフォームで、位置情報に関連したアプリケーションの開発もできる。
また富士通では、道路を走行する自動車をデジタルツイン化する機能とともに、ストリームデータ処理を行ったうえでリアルタイムに分析できるミドルウェア「Future Mobility Accelerator」を展開している。自動車業界など向けに大量データをグローバルなエッジ基盤で処理する「Akamai IoT Edge Connect」を提案しているアカマイや、上述のAECCとはアプローチが異なる注目の動きと言えるだろう。
いずれにせよ、地図情報やストリームデータ処理技術、エッジとクラウドの分散処理環境など、自動車業界にとってはコネクテッドカー基盤づくりに必要なコンポーネント群となっており、これらをどう組み合わせていくのかが重要になってくる。
官営組織によって公共交通機関が運営されているケースが多い海外とは異なり、日本の場合は民間で運営しているところがほとんどのため、大手の民間交通サービス事業者がそれぞれMaaS基盤の開発をしているのが実態だ。例えば、鉄道だけでなく不動産や百貨店など路線沿線に関連したさまざまな事業を展開する小田急グループでは、複数の交通サービスの時刻表や料金データなどを活用することで、予約及び配車、決済機能などを提供するMaaSアプリである「EMot」を展開している。
本来は公共交通機関の基盤が十分でない地方こそMaaS基盤が求められるが、経営基盤が強固でない中小の民営バス事業者などがMaaS基盤を積極的に構築、展開することは現実的に難しい。駅周辺の商店街や観光地と連携しながら、利用者に対して電子クーポンを配布したり観光地を周遊できるトータルチケットを展開したりといった基盤づくりが進むことが期待される。いずれにせよ、自治体や地域の有力な交通事業者がリーダーシップを取ってMaaS基盤づくりを進めていく必要がある。
データ流通プットフォームの中でも近年、話題になることが多いのが都市OSや建物OSである。最近では、建築家も“データ連携によって今後の都市や空間をどう作っていくか”の議論に参加するようになった。都市づくりにおいては全体最適化が重要となるが、脱炭素や渋滞緩和などの複雑な社会問題を緩和しようとする場合、何が全体最適なのかの判断が難しい。
そんな状況を打開するには、「都市全体を構成するさまざまな『部分』にとって何が最良なのか」というところから全体最適を考える必要があり、そのために、ゲームエンジンの活用できないかという議論が出てきている。
ゲームエンジンは3Dで可視化することがアルゴリズム的に得意なだけでなく、いかにプレイヤーを楽しませるかというメタ(高次の)な全体最適化を実現するために、キャラクターなどを最適に動かすAIなどが細部に展開され、それらを俯瞰(ふかん)的に見るAIが全体最適化をコントローする構造になっている。つまり、3D技術によって全体をデジタルツイン化し、各機能に特化したAIを動かしながら、エネルギーの最適化や交通渋滞の緩和といった課題を俯瞰するメタAIが最適化していく際にゲームエンジンが生かせるのではないかというアイデアである。
一方で、街や建物を作る上には、単にテクノロジーを駆使してデジタル化するだけではなく、人にとってどれだけ快適なのかといった観点で議論する必要があり、結果として総合的なデザインが重要だ。IT業界だけで議論するのではなく、建築家、建設業界の企業などさまざまなメンバーが議論に加わり、全体的にデザインしていくことが重要になってくるだろう。
データ流通プラットフォームの中で常に議論になるのがプライバシー保護の問題だ。公共の場に設置されたカメラに映り込んだ人が誰なのか正しく認識しした上で、その人のパーソナルデータを活用できるようになれば、より付加価値の高いサービスを提供できるようになるのは間違いない。それでも、プライバシーの扱いをどうするのかについての議論をさらに深めていく必要があるが、ステークホルダーが多いほど意見がまとまりにくいのが現実だ。データの取り扱いについては、個人情報保護法の整備と並行して、社会的なコンセンサスの醸成がポイントになってくるだろう。
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