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クリスピー・クリーム・ドーナツ、大量閉店からV字回復の秘訣は「組織・人事改革」

一時は大量閉店も経験した「クリスピー・クリーム・ドーナツ」。V字回復の秘訣は「組織・人事改革」だったという。現社長が語る、改革の軌跡とは。

» 2023年04月05日 07時30分 公開
[村田知己キーマンズネット]

 2006年に日本に上陸したアメリカのドーナツチェーン、クリスピー・クリーム・ドーナツ。新宿サザンテラスの1号店に並ぶ長蛇の列をテレビなどで見た人も多いだろう。瞬く間に急成長を遂げ、一時は全国に64店舗を構えるまでになった。その後は業績悪化により大量閉店を経験したが、現在は全国に62店舗を展開し、見事なV字回復を果たした。社長の若月貴子氏によると、その裏には組織・人事改革があったという。

最初の一歩はなぜ「コストカット」ではなく「人事改革」だったのか

 若月氏はスーパーマーケットチェーンの西友でキャリアをスタートした。経営企画や広報を担った後、コンサルティングファームへの転職を経て、2012年3月からクリスピー・クリーム・ドーナツ・ジャパンに在籍し、2017年から社長を務める。

 クリスピー・クリーム・ドーナツは「2016年の大量閉店を起点に改革、復活した」とよく言われるが、同氏によれば、実は大量閉店の前から改革はスタートしていたという。その最初の取り組みが「組織・人事改革」だった。

 「創業バブルから抜けきれない組織との決別という局面を迎えて、大量閉店という混乱を”ビジョンの浸透”を使って改革を図った。結果として、現場と経営がうまく結節し、それが今回の復活劇につながっているのでは」と若月氏は語る。同氏はどのようなプロセスで改革を進めたのだろうか。

 管理本部長として入社した若月氏は、入社した当時を「明るく、モチベーションが高い会社だと思って飛び込んだが、現実は違った」と振り返る。まず、店舗のバックヤードが整理整頓されておらず、掲示物も乱雑だったという。これでは、従業員同士の情報共有や指示がままならない。また、同氏は会社全体の予算が店舗に掲示されている点に目を付けた。会社の予算は現場の従業員の目標としてはスケールが大きすぎて、具体的に何から手を付けていいのかが分からない。

 若月氏によれば、短期的に見ればコスト削減によって達成可能な目標ではあったが、これらの現状を目の当たりにして、根本的な体質改善のために長期戦覚悟で改革に着手することを決めたという。

改革の前に立ちはだかる「創業バブル」

 若月氏によると、改革を始めた当初、壁になったのは根強い「創業バブル」だったという。「既存店を改善しなくても、とにかく新店舗を出せば売上が立つ」という空気が社内にまん延しており、長期的な成長が難しい体質になっていた。

 現場トップと経営の距離も遠く「一緒に改革していこう」という風土を作れなかったこともあり、2016年には大量閉店に至った。同社にとって、大量閉店は成長のための「選択と集中」のつもりだったが、世間には意図が伝わらず、「クリスピーはもうダメかも」という空気が世間に流れているのを若月氏は感じたという。デベロッパーとの関係悪化や、離職者の増加なども含め、さまざまな痛みを伴う決断となった。

 しかし、「この痛みがなければ私たちの改革は進まなかった」と若月氏は振り返る。同氏は入社直後から「組織の大人化」に取り組んできた。同氏いわく「大学のサークルのようだった」会社を、自立した個人が運営する組織に作り変えるための改革だ。大量閉店を経て残ったメンバーは、この改革で特に力を入れて育成した若手だった。それらのメンバーが改革を主導したことで、少しずつ前に進み始めたという。

どのように改革を進めたか 鍵は「自分ゴト化」

 力を入れた施策の一つが組織制度の改変だ。従来は店長の次のキャリアはエリアマネジャーだったが、それらの間に「スーパーバイザー」という職位を新設した。これにより、現場の長である店長が次に目指すキャリアがより明確になった。スーパーバイザーへの登用は、公募と外部のコンサルタントによるアセスメントによって行う。上層部からの一方的な任命によって「えこひいき」と思われないようにするためだ。

 現場での、個人の能力に依存しないトレーニング体制構築も進めた。「iPad」と動画を用いてトレーニングを効率化するとともに、顧客アンケートの仕組みを刷新し、従業員のPDCAサイクルの回転を支援した。こういったデジタルツールを使う上で、若月氏が意識したのは「しっかり“使い倒す”こと」だという。うまく活用できていないツールをリプレースしたり、新しいツールで補完するのも重要だが、まず「既存のツールをしっかり使えているか」どうかを考える姿勢は他の企業が学べる部分も多い。

 また、若月氏が特に力を入れたのが「ビジョンの浸透」だ。企業体質の抜本的な改革のためには、経営層だけでなく、現場の従業員が改革を「自分ゴト化」(同氏)する必要がある。そのために、毎年の社員集会ではワークショップを通じて、従業員同士で企業の風土を伝達したり、親睦を深め合ったりしているそうだ。具体的には、既存の社員が新規エリアに配属された従業員向けに自社がどのような企業なのかをまとめた動画を作成、公開したり、ベテラン従業員の経験を共有する会を開催したりといった具合だ。

 近年はコミュニケーションがオンラインへシフトし、この「自分ゴト化」のための施策の実施が難しくなっているという。「軸を1つ持ち、細部は臨機応変に」と若月氏は述べる。10年前に設計した戦略で見事にV字回復を見せた同社が、時代に合わせてどのように変化していくのか、注目していきたい。

本稿は、SmartHRが3/7に開催したイベント「SmartHR Agenda #3」内のセッション「組織・人事改革から始める経営のV字回復」の内容を編集部で再構成した。

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