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まるでリアルタイム「人群」探知機、「混雑監視レーダー」とは?5分で分かる最新キーワード解説(2/3 ページ)

» 2016年04月06日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

混雑監視レーダーは従来の監視システムとここが違う

 一体どうしてこのような仕組みを作ろうと思ったのだろう。開発者に聞くと、発想の原点は、大規模施設やイベント会場の女性用トイレへの長い行列だった。

 女性に限らず、トイレの行列に困った経験は誰にもあるだろう。別のエリアに行列の短いトイレはあるのに、特定の場所だけが異常に混雑してしまうこともしばしばだ。施設や会場内のデジタルサイネージに混雑状況をリアルタイムに表示したり、利用者が持つスマートフォンなどの端末に表示できたりすれば待機人数は分散し、待ち時間は少なくできるはずだ。

 しかし、混雑レベルの判定には人の有無を検知するだけの人感センサー(赤外線などを用いる)は適さない。また、BLE(Bluetooth Low Energy)などを利用したビーコンや、RDIDタグの利用も考えられるが、信号受発信可能なデバイスを人が持っていることが前提になり、不特定多数の人の移動状況を捉える用途には向かない。

 最適なのはカメラによる監視で、正確な人数計測や映像解析による個人識別も可能だ。しかし、カメラによる映像には顔、服装、体形、歩行様態、その他の個人識別可能な情報まで含まれてしまう。それがプライバシー権や肖像権に関連して大きな問題になる。特にトイレのような場所を想定すると、撮影されることそのものに嫌悪感、抵抗感を覚える人が多いに違いない。

監視カメラによる人の移動監視に「待った」がかかった事案

 思い出されるのは、2013年の国内学術研究機関による大規模駅での避難誘導に関する研究のための実証実験計画だ。この実験では、カメラを利用して一般利用者の駅構内での移動状況をモニターし、追跡しようとした。しかし「カメラで知らぬ間に自分を撮られるのは心外だ」という反発を受け、結局実験は大幅縮小され、被験者となるエキストラを募集して夜間に行うことになった。

 実際には、この実験用システムが撮影した人物映像は、ゲートウェイ装置のメモリ上に10秒以下の時間だけ保持されるにとどまり、その後の追跡などは画像解析結果の特徴量を頼りに行い、その結果は統計処理された「人流統計情報」に加工されて鉄道会社に提供されることになっていた。プライバシー権や肖像権にそれなりには配慮しており、法的に問題とはならないはずだったのだが、それでもマスコミや市民団体によって批判を受け、当初計画の大幅変更に至った。

 プライベートデータの取り扱いについての法整備が必ずしも十分でない現在、これは賢明な判断だったと思われる。この案件に関する議論では、次のような措置を講じることが提案されている(「映像センサ使用大規模実証実験検討委員会『調査報告書』2014年10月20日より)。

  • 実験手順や実施状況等を定期的に確認し公表すること
  • 個人識別のリスクを市民に対して事前に説明すること
  • 撮影を回避する手段を設けること
  • 映像センサの存在と稼働の有無を利用者に一目瞭然にすること
  • 人流統計情報の提供に際しては委託契約または共同研究契約を締結すること
  • 安全管理措置を徹底すること
  • 実証実験に関して適切な広報を行うこと

 これらの措置を完全に実施することが困難なことから、実証実験が大幅縮小されることになったわけだ。学術研究のための実験に際してさえ、防犯目的以外の人物映像撮影にはこのように厳しい制約が必要とされるのだから、商業施設やスポーツ施設などでのカメラ監視と情報利用にはどうしても困難がつきまとう。

レーダー監視ならプライバシー権や肖像権には無関係

 こうした問題が生じることがないのが、混雑監視レーダーのメリットだ。レーダーで検知できるのは、人などの動物、金属、水などに限られ、当然服装や顔、歩き方などは最初から情報取得できず、単に反射波のレベルの高低だけを取得するにすぎない。

 個人識別はおよそ不可能なので、プライバシー権や肖像権に抵触する部分があるとは考えられない。また、監視対象が特別なデバイスを持つ必要もなく、光量や気象条件にも左右されることがない。

 レーダーモジュールは無線局免許が不要な24GHz帯(マイクロ波)、20mワット以下の電波を利用(技適マーク付きの装置利用)する。24GHz帯は電波法で「移動体検知センサ用無線設備」用に確保された周波数帯の1つで、屋内でも屋外でも利用でき、他のデバイスが利用しないため電波干渉の可能性が低いという特徴がある。

 また、諸外国でも同一目的で同周波数帯を利用していることが多い。波長が短くアンテナの小型化が可能なところも利点となる。また電波の直進性が強く、あまり広がらずに長距離の測定ができる点も、特定エリアでの混雑監視には向いている。

 少し心配なのは人体への影響だが、2007年に出された生体電磁環境研究推進委員会による「生体電磁環境研究推進委員会報告書」では、10kHzから300GHzまでの、電波防護指針値以下の電波で生体への悪影響の可能性は見いだせないとされている。今回のレーダーは、この指針値以下であり、携帯電話の電波以上に気にする必要はなさそうだ。

 一方、弱点としては正確な人数計測が困難な点、対象エリアの設備レイアウトが頻繁に変更される場合には変更のたびにベースとなる初期状態のキャリブレーションが必要な点、自動車などの電波を反射するものが通過する場合に影響を受ける点が挙げられる。

 とはいえ、混雑度レベル判定のために正確な人数計数は不必要、初期状態の再取得に要する時間は長くても数秒、ごく短時間の自動車などの通過による影響は解析処理時に補正可能なので、混雑レベル判定の目的に限れば、特別な問題はなさそうだ。

 ただし混雑度レベルの設定は、対象エリアの特性や測定目的に合わせる必要があり、ある程度のテスト運用期間を設けて適切にレベルの閾値をチューニングしていく必要があるだろう。

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