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RPAで削減時間をKPIにしない 2000人の社員をザワめかせたニチレイロジの逆転劇

RPA導入当初、従業員に懐疑的な目を向けられたニチレイロジグループ。そこから、どのようにして現場主導のRPAを進めたのか。現場主導のリスクを排除する取り組みとは。

» 2019年09月13日 08時00分 公開
[吉村哲樹オフィスティーワイ]

 RPA(Robotic Process Automation)ブームが始まって数年。成功事例が話題を集める一方で実際に導入を考えるとさまざまな壁が立ちはだかる。「RPAスキルを持った人材がいない」というのもその一つだ。現場の従業員がRPAの開発や運用を主導するというアプローチもあるが、「現場から懐疑的な声が上がる」「プロジェクトが大きくなった際に、現場のRPAを管理していけるのか」など不安は尽きない。最近では、現場が主導するRPAは思ったような効果を出せないという見方も出てきている。

 2000人の従業員を擁するニチレイロジグループでも、RPA導入当初は従業員からロボットに対して不安を示す声が上がった。しかしそこから一転、従業員一人一人が自動化に取り組む現場主導のRPAプロジェクトを進め、2019年3月末時点では全社で年間2万時間分の業務をRPA化できている。成果の裏には、数千人の従業員を動かす仕掛けと、現場主導が生むリスクを払拭(ふっしょく)するための工夫があった。常識を覆した同社は、一体何をしたのか?

「情シスか、現場か」はもう古い、2段構えのRPA戦略

 ニチレイロジグループは、冷凍食品メーカー「ニチレイフーズ」でおなじみのニチレイグループの一員として、食品物流事業を営む企業。同社は2016年にトップの号令の下、「業務革新推進部」という部署を新設し、より少ない人手で業務を遂行できるよう生産性向上に取り組む。RPA活用はこの一環として始まった。

ニチレイロジグループ 北川 倫太郎氏

 「労働時間の短縮や有休休暇の取得を推進すると、人手が足りなくなります。かといって、人材を簡単には増やせない。そこで、生産性向上や業務改善の取り組みに着手しました。課題領域の一つとして事務の効率化を掲げ、RPAによる解決に臨んでいます」と同社の北川 倫太郎氏(業務革新推進部長)は説明する。

 一般的にRPA導入の際には、情シスや推進部門、事業部門のうち、どこがプロジェクトをけん引するのかという議論が持ち上がる。同社の場合、業務革新推進部がプロジェクトの総監督として施策の計画を打つ体制の下、2つのアプローチで取り組みを進めることが大きな特徴だ。一つは、本社の情シスが、全国の事業所で共通して行われている定型業務をRPAで一括に大量処理するというもの。本社でRPA製品「UiPath」とOCR(光学文字認識)を導入し、主に入出庫関連の伝票を基幹システムに入力する作業を自動化している。

 もう1つが、現場の従業員が国産RPA「WinActor」を使って自らRPAを開発し、各事業所に固有の業務を自動化するというもの。

 「全国約116カ所の物流センターで行われている入出庫などの伝票のやりとりは、大部分をEDI(電子データ交換)で自動処理しています。しかし、当社は5000社以上ものお客さまと取引があるので、業務プロセスのバリエーションが多く、FAXやExcelシートの伝票をシステムに手入力するような作業が残っていました。こうした、特定の事業所やお客さまの固有の処理は、現場主導で自動化を進めるのが得策です」(北川氏)

 実のところ同社のプロジェクトでは、従業員のRPAに対するモチベーションが高い。例として、従業員8人が働く盛岡DCでは事業所が一丸となってRPAに取り組み、年間約1110時間の作業を自動化する成果を上げた。しかし、RPAに対する熱が最初からあったわけではない。

あえて業務時間の削減を目的にしない――RPAに対するマイナスイメージを払拭

ニチレイロジグループ 勝亦 充氏

 ニチレイロジグループの勝亦 充氏(業務革新推進部 部長代理)は次のように振り返る。

 「当初は、RPAによる業務自動化に不安を感じたり抵抗を示したりする人もいました。一方で、新たなツールを使った業務改善に取り組んでみたいという潜在的な欲求を持っている従業員も大勢います。不安を感じている従業員にRPA導入の意味について理解してもらうとともに、全社のモチベーションに火を点けるため、RPA推進のマインドを醸成する施策を講じました」(勝亦氏)

 まずは、RPAの目的を全社に向けてはっきりと表明することにした。一般的にRPAプロジェクトでは、導入の目的を「業務時間の削減」や「コスト削減」「人件費削減」とするケースが多く、「ロボットに仕事を奪われるのではないか」との懸念が上がる。一方同社は、これらを直接的なKPIにはせず、導入の目的を「生み出した時間を有給休暇の取得や顧客対応の品質向上、業務改善活動といった付加価値の創出に充てること」と決めていた。

 メッセージを従業員に表明するため、全国約50カ所の事業所で「業革セミナー」を開催し、社長のメッセージビデオも交えながら、RPA導入の真の目的を伝えた。同時に、RPAは「会社からやらされるもの」ではなく、従業員が「自分自身のためにやるもの」であるとの意識付けを図ったという。

 懐疑的なマネジメント層へのアプローチにも力を入れた。同社はかつて、現場主導でExcelやAccessのアプリケーションを大量に作成したものの、作成者の異動や退職によってツールがブラックボックス化した苦い経験がある。マネジメント層からは「RPAもこの二の舞になるでは?」との不安の声が上がっていた。これに対し、むしろRPAによって業務が可視化されるというメリットを説明する動画コンテンツを作成し、社内の啓蒙に努めた。

 さらには、「女性限定のRPA合宿」という象徴的なイベントも開催し、話題を集めたという。全国の事業所から女性従業員の希望者を募り、本社で2泊3日のRPAトレーニングを実施したのだ。

 「女性従業員は、比較的RPAの対象業務に詳しい人が多く、イベントを企画しました。当社で女性活躍の取り組みを推進していたこととも、うまくマッチしました。合宿には、約40人の女性従業員が参加し、社内的にもRPAへの取り組みを大きくアピールできる象徴的なイベントになったと思います」(北川氏)

 こうしてRPAに前向きなマインドを醸成していった。

女性限定のRPA合宿の様子

9の付く日は「RPAの日」

 2017年には本格的な導入に着手。全国の事業所の中からRPAを試験的に先行導入するモデル事業所を10カ所選び、現場でのRPA活用を試行した。その結果、ITスキルの高いキーパーソンが事業所にいるかどうかで、成果に差が生じると判明したという。

 そこで、キーパーソンがいない事業所もスムーズにRPAを活用できるサポート体制を築くため、同社のRPA導入をサポートしているパーソルプロセス&テクノロジーから、RPA技術者を2人ほど迎え入れた。このRPA技術者は、業務革新推進部に常駐し、社内の業務やシステムに関する知識を吸収した後に、RPAに関する問い合わせへの対応や、各事業部でのトレーニング、開発サポートなどに当たっている。

 RPA技術者と社内スタッフで、従業員向けの研修コンテンツも独自開発した。業務現場にRPAを普及させる上でこの施策は非常に重要だったと、ニチレイロジグループの立岡伸介氏(ロジスティクス・ネットワーク経営企画部 マネジャー)は話す。

 「ツールの使い方やロボットの開発手順を通り一遍に説明するだけの研修では、業務での利用イメージが湧かないため、スキルが身に付きません。そこでパーソルプロセス&テクノロジーさんの技術者の方と相談しながら、現場が使うシステムにRPAを適用した場合をイメージできるような研修コンテンツを作成しました。受講者にRPAをより身近に『自分ごと』として捉えてもらえるようになったと思います」(立岡氏)

 現在は、研修をほぼ毎日のように全国各地の事業所で開催している。ラインアップも、社内基幹システムの操作を中心に基本的なシナリオ作成を学ぶ「初級研修」、初級研修後の自習などで発生した悩みなどを解決する「サポート研修」、業務の棚卸しやRPA化業務の選定方法などを学ぶ「アセスメント研修」の3種類の研修を整備した。これに加え、関東エリアでは、毎月9の付く日は『RPAの日』と銘打ち、専門スタッフのサポートの下、本社で丸一日RPAの開発や学習に専念できる場を設けている。

 こうして、従業員が積極的にスキルを習得できる環境作りを進めていった。

マニュアル作成ツールで、RPAの管理もスムーズに

 しかし、「大規模なプロジェクトで、各現場の業務に即した研修を用意できるのか」「情報を共有できず、各所のロボットの管理が追い付かないのでは」といった疑問を持つ読者もいるのではないか。同社は、こうしたリスクを生まないための創意工夫にも力を入れる。

 例えば、研修をスムーズに運営するために、研修の参加者はあらかじめ、RPAを適用したい業務の画面操作の様子を、マニュアル作成ツール「Teachme Biz」を使って録画し、本社のサポートチームに手渡すよう定めている。サポートチームはこの動画の内容を事前に確認し、研修の参加者が「やりたいこと」を事前に把握することで、ふさわしい研修コンテンツを作成できる。それだけでなく、あらためて業務を可視化し、整理するきっかけとしても意義深い。

 動画は、後に業務がRPA化された際に、RPAのシナリオデータとともに社内のデータベースに登録され一元管理される。データベースには全従業員がアクセスでき、社内でどのようなRPAが動いているのか誰もが把握できる。RPAのブラックボックス化を防ぐだけでなく、他の従業員が開発のヒントを得たり、同じようなロボットが各所で作られる「重複開発」を避けたりすることにつながる。

オンラインツールを使ったRPAの管理

 オンラインツールを通じた情報共有を促進する一方、「RPA Leaders Meeting」と題したオフラインイベントも開催している。全国のRPA推進担当者を一堂に集めてそれぞれの取り組みの成果を発表する場だ。第1回には約70人が参加し、RPAのノウハウやTipsを披露した。

 こうして入念に計画を練りさまざまな施策を打つことで、社内におけるRPA活用の機運は徐々に高まってきたという。「現場の仕事を奪う」と敬遠されることもあるRPAだが、ニチレイロジグループでは現場が自ら取り組める業務改善策として、歓迎されている。

 各種施策の検討や立案、実施をサポートしてきたパーソルプロセス&テクノロジーによれば、現場主導のRPA活用がこれほどうまくいった事例はまれだという。同社 相田顕信氏(RPA導入支援部 ゼネラルマネジャー)は次のように述べる。

パーソルプロセス&テクノロジー 相田顕信氏

 「これまで多くのRPA導入を支援してきた経験を踏まえると、成功のポイントは『目的の明確化』『マネジメントの理解』『現場のモチベーション』の3点だと考えています。ニチレイロジグループさまは、この3点が全てうまく運んだ珍しい例だと言えます。他のお客さまからも『ニチレイロジグループさんと同じやり方でRPAを導入したい』という要望をいただくこともあるくらいです」(相田氏)

 なおニチレイロジグループは、RPAをさらに現場に広く深く根付かせたいとしている。

 「2019年3月末時点では、全社で年間2万時間分の業務をRPA化できましたが、2019度中にこれを18万時間まで増やすことを一つの目標としています。現在、RPAとOCRの連携を進めており、これが実現すればFAXを介した業務を大量に自動化できる見込みです。これからも現場のモチベーションアップにつながるような施策を打つことで、単なる労働時間短縮だけでなく、『従業員の働きがい向上』も達成できる働き方改革を実現できればと考えています」(北川氏)

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