RPAによって定型的なパソコン操作を自動化することで、さまざまな業務の作業時間を短縮できます。しかし、多くのRPAの成功事例にはDXの本質的な視点が欠けているように思います。「RPA導入」を失敗で終わらせないためにはどうしたらよいのでしょうか。
世の中のDX活動が鈍化傾向にある今こそ、正面からDXに取り組み、ライバルに差をつけるチャンスです。一緒にDXリベンジャーズの道を進んでいきましょう。
RPA(Robotic Process Automation)とは、定型的なパソコン操作をソフトウェアロボットによって自動化する技術です。具体的には、人によるソフトウェア操作を模倣し、あらかじめ設定された業務フローを自動実行するロボットを指します。RPAは2020年ころから普及が著しく、多くの企業が導入の成果を事例として公開しています。
RPAの成長動向を知るためには、業界リーダーであるUiPathのIRが示唆的です。2019年に約2700社のクライアントを抱えていたUiPathは、2022年にはその数を約1万社にまで伸ばしました。2023年度は約1万800社と微増ですが、売上は892.3ミリオンドルから1058.6ミリオンドルへと19%の成長を達成しました。
日本のRPA市場も拡大しており、2023年度の市場規模は1520億円になると予測されています。また、成功事例が増加したことから、2024年以降も市場が活気を保つと見られています。実際に、「業務時間を数千時間圧縮した」という成功事例が多く公開され、注目されています。
確かにRPAによってさまざまな定形作業は自動化できますが、注意深く検討してから導入する必要があります。筆者が見る限り、多くのRPAの成功事例にはDXの本質的な視点が欠けているためです。
日本国内でRPA導入の成功事例として発表されているファンケルの記事を見てみましょう。RPAの事例としては典型的な、短縮が見込まれる年間の時間をアピールしているものです。
以下は、土日祝日も含めて毎日実行している自動化の対象となった業務です。記事で省略されている部分は一部推測で補完しました。
1. 複数の取引先が運用するWebサイト(予約システム)に予約データが入力される
2. 1.の予約データが、ファンケルの基幹システムに「情報連携」される
3. 担当者が基幹システムにログインして、2.のデータをExcelファイルとしてダウンロードする
4. 担当者がExcelファイルを見て、店舗ごとExcel(200店舗)という別ファイルに加工・転記する
5. 担当者がExcelファイルを見て、「商品別実績表」という別ファイルに加工・転記する(図解がないため推測)
6. 担当者が既定のフォルダに保存する
7. 別の担当者が「チェック」する
8. 店舗従業員が商品予約伝票を出力する
この中で、ステップ3〜6がRPAにより自動化され、1日当たり約18.4時間の業務時間を短縮しています。この事例は業務のうち一部の短縮だけであり、本質的な課題に対する答えは見えていないように思えます。これは本件だけではなく多くの他の成功事例にも共通する問題です。
今回は「RPA導入」を失敗で終わらせない、リベンジへの道をいっしょに考えていきましょう!
ビジネスデータの手動編集や人手によるチェックは、多くの企業で見られるワークフローです。特に「Microsoft Excel」の編集は一般的で、紙文化を継承してきた名残のように、現代のビジネスに根付いています。
このような手作業を前提としたワークフローの自動化は企業にとって大きなトラップとなります。トラップを順に分析し、学びを深めていきましょう。
業務の自動化を考える前に、まず現状の業務プロセスを見直す必要があります。その業務は本当に必要でしょうか? どのステークホルダーがそれを要求しているのでしょうか? その無駄な作業を自動化したところで、業務効率は変化せず価値を生むことはありません。ゼロに何を掛けてもゼロなのです。
「面倒な繰り返し作業」をRPAで自動化することによって数千時間短縮したとしても、その成果物に価値がなければ、無駄なことに投資した失敗施策にすぎないのですが、これが成功事例として紹介されているのが現状です。これは大きな問題です。
毎回繰り返しになりますが、本連載のDXの根幹は、業務改革を進めて仕事の価値を高めようとする経営判断のもとで業務を見直し、より良いサービス、製品を提供することです。面倒な作業をRPAに代替するだけでは事業は変わらないということを覚えておいてください。
業務の目的を再確認した後に、効率的な実施方法が求められます。特に、基幹システムの改修が困難な場合、人がシステムの欠点を補完する「人間サブシステム」が存在します。この人間サブシステムをRPAに置き換えるだけでは、真の業務改革は実現しません。
ファンケルの事例において、複数の作業がRPAによって置き換えられたことは、それが単純なデータ集計作業であったと証明しています。他にも、RPA導入後も「チェック」業務などが残存する限り、この業務は本質的には何ら変わっていません。自動化した後も残るチェックとは、何を確認しているのでしょうか。業務の目的が見失われているかもしれません。
経済産業省が2018年7月に発表した「DXレポート」で示した「レガシーシステムからの脱却」、いわゆる「『2025年の壁』問題」があるにもかかわらず、RPAを導入してDXへの取り組みを進めることで、レガシーシステム問題を先送りしてしまいます。ExcelがRPAで自動化されることによってさらにブラックボックス化が進んでいます。
状況は非常に深刻です。設計の詳細が不明で、改修が不可能な基幹システムが稼働を続け、そこから出力したデータをRPAが“何らか”の手順で取得や加工、転記し、大量の目的別Excelファイルとして出力され、そのExcelファイルの中にはメンテナンスできる人がいなくなった計算式やマクロが埋め込まれていることがあります。
もはや企業活動そのものがブラックボックス化しており、極めて高い経営リスクがあります。継続的なビジネス運営の観点から、この方針は間違っていると考えます。
製造業で4年間のRPA推進経験を持つ専門家が、業務自動化の真実について語っています。その現場経験に基づいた詳しい事例は「製造業で4年間RPAを推進した経験者が語る、業務自動化の本当の話」から確認できます。
製造業では、業務を見直してより良くするための活動「カイゼン」の企業風土があり、以下の三原則が定着しているそうです。
ヤメル:「この業務を本当に続ける必要があるか?」を問い直す
ヘラス:続ける必要がある場合、量を減らす方法を探る
カエル:減らせる限界まできたら、変える方法を模索する
これらの原則に基づく業務改善では「その業務を止めたら誰が困るのか?」を問うのが鍵です。多くの業務は伝統やルールにとらわれており、真に必要な業務とは限りません。世界を席巻したKAIZENは日本のお家芸です!
そしてRPAが役立つシーンがあれば、以下の注意点を念頭に導入を検討してみてください。
1. 対象業務の選定で、部分的に「面倒な仕事」だけを取り上げるのは避け、業務全体を確認し「ヤメル」ことから考える
2. RPAツールの機能を使うことに夢中になり、業務改善の意識が薄れてしまうことに注意
3. RPAツールの導入や運用、メンテナンスもKAIZENの対象として見る
4. RPAはローコード/ノーコードの一種。草の根DXのトラップにも注意
5. 本当に必要なのか、事業の将来像に合っているのかを経営陣が個々に判断すべし
Excelの利用に伴うリスクを認識することが重要です。多くの企業がExcelの操作を必須スキルと位置づけている一方、誤った使用法や不十分な管理が結果として大きな問題を引き起こす可能性があります。
一部の従業員は、Excelを操作する行為そのものが仕事であると誤解している場合さえあります。しかし、Excelを紙と鉛筆を用いた作業の電子化版として使用していることも多く、一部のファイルは独自に作成した複雑な計算式やマクロで溢れています。
管理の目が行き届かないまま、毎日増え続けるファイルの数。その結果、組織に「Excel無法地帯」が生まれるのです。こうした無法地帯にRPAを導入し、さらに大量のExcelファイルが生成された場合、それは「Excel無限カオス」となります。
この表現を大げさに思うかもしれませんが、実際に多くの企業が、自らのファイルサーバにどれだけのExcelファイルが存在し、それぞれのファイルの内容や保存の意味、ルールが何であるかを完全に把握しているとは言えません。デジタル変革に取り組む前に、まずExcelファイル問題に目を向けるべきです。
ファンケルのRPA導入事例を振り返ると、日常的に数百のExcelファイルを自動生成しているという課題が浮き彫りになります。この大量のファイル生成は、データのダウンロードと加工でExcelを使用していることから生じています。その結果、常に人手による細かなチェックや修正作業が求められ、大量のファイルを管理するという新たなタスクが発生していると考えられます。
類似の問題を抱えている読者の皆さまの参考となるよう、この問題を根本的に解決するための検討ステップを提案します。
a. 「ヤメル」:商品予約伝票という帳票自体の必要性を再評価する
b. 「ヘラス」:基幹システムでデータを適切に整理し、必要な情報のみを抽出する仕組みを検討する。商品予約データは、店舗在庫管理システムの入力データとして連携する
c. 「カエル」:出力フォーマットをPDF形式とすることで、ファイルの加工や誤操作のリスクを低減し、データの安全性と整合性を保つ。これによりチェック作業が不要になる
定型業務が必要であり、システムに組み入れられない場合はRPAの導入を検討する。このとき「RPA導入時の注意事項5点」を参考に評価する。RPAはあくまで一つのツールです。その使用方法や適用範囲を正確に理解し、業務全体の最適化を目指しましょう。
さあ、あなた自身のリベンジへの道は見えてきましたか?
この連載では、これまで「草の根DX」「従業員のデジタル人材化」「RPAの導入」にフォーカスしてお話ししてきました。そこで次回は、中小企業がこれらのテーマにどのように取り組むべきか、実践方法や注意点を深掘りします。
多くの中小企業はデジタル化への投資が少なかったため、レガシーシステムに縛られることなく、新しいデジタルの波に柔軟に対応する可能性を秘めています。この機会を生かしてDXの第一歩としての大きな飛躍を期待しています。
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大学卒業後は電源開発の情報システム部門およびグループ会社である開発計算センターにて、ホストコンピュータシステム、オープン系クライアント・サーバシステム、Webシステムの開発、BPRコンサルティング・ERP導入コンサルティングのプロジェクトに従事。
2005年より、ケイビーエムジェイ(現、アピリッツ)にてWebサービスの企画導入コンサルティングを中心に様々なビジネスサイトの立ち上げに参画。特に当時同社が得意としていた人材サービスサイトはそのほとんどに参画するなど、導入・運用コンサルティング実績は多数に渡る。2014年からWebセグメント執行役員。2021年の同社上場に執行役員CDXO(最高DX責任者)として寄与。
現在はDLDLab.(ディーエルディーラボ)を設立し、企業顧問として、有効でムダ無く自立発展できるDXを推進している。共著に『集客PRのためのソーシャルアプリ戦略』(秀和システム、2011年7月)がある。
Twitter:@DLDLab
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