ただのIT活用をDXとされてしまう世の中の現状を見ると、もっと地に足の付いた話があってもいいのではと思うものです。そこで本稿では、「脱Excel」をテーマにExcelの利用に伴うリスクを解説します。
世の中のDX活動が鈍化傾向にある今こそ、正面からDXに取り組み、ライバルに差をつけるチャンスです。一緒にDXリベンジャーズの道を進んでいきましょう。
前回の記事で記事テーマを募集しましたが、読者の方から「Microsoft Excel」(以下、Excel)をもっと深掘りしてほしいというリクエストを頂きました。そこで、今回は特別編としてをExcelテーマとします。
私たちはExcelの利用に伴うリスクを認識する必要があります。多くの企業がExcelの操作を必須スキルとして位置付けている一方、誤った使用法や不十分な管理が結果として大きな問題を引き起こしています。まず、キーマンズネットが2023年8月に実施した利用状況の調査から実態をひもといていきましょう。
注目すべきはExcelの多用途性です。キーマンズネットの調査結果では「表計算、集計業務」(88.9%)や「資料作成」(75.4%)、「データ分析、レポーティング」(60.9%)などが上位となっています。これらは標準的なExcelの用途であり、違和感はありません。
しかし下位に目を移すと用途はさまざま。例えば、Excelで「名簿管理」(39.4%)をするのはセキュリティリスクが高すぎます。社内の多くのPCにコピーがばらまかれて管理不能になるでしょう。
「進捗管理」(39.4%)でExcelを採用している会社では、PM(プロジェクトマネジャー)が進捗報告会議で各担当者の報告内容をヒアリングして、会議後に管理担当者がExcelの全ての項目を更新して……と、ファイルの修正で1日が終わってしまうのではないかと心配になります。
その他「電卓付き方眼紙」なども挙がっていますが、「議事録作成」(26.0%)だけはどうにも理解できません。
Excelは世界中の企業、あらゆる組織で広く利用されており、その普及の理由は明らかです。直感的なインタフェースや多機能性、そして、低コストで利用できることです。
特に小規模事業者は、購入したPCにプリインストールされていることをコスト面のメリットと感じていることでしょう。また、「Microsoft 365」を契約することで、全従業員への一括導入が可能なこともメリットです。こうしてスタンダードとなったExcelはさまざまな場面で活用されているのです。
このように利点が多い高いExcelは多機能で万能なイメージがありますが、本質的には表計算ソフトであり、その範疇を超えた利用には不向きです。
大量のデータを処理するときにエラーリスクが高まる他、情報漏えいのリスクも懸念されます。また、スプレッドシートが複雑化して「ブラックボックス化」するリスクもあります。そこで、日常の利用シーンでしばしば目にする「Excelが苦手なこと」を挙げてみます。
Excelを通常画面で編集する際、文字数が多くなるとセルに収まりません。列幅を広げたり、折返しを設定してセルに収まるように調整したりしても、印刷すると文字が切れていることに気づいて冷や汗をかいたことがあるでしょう。はたまた微妙な調整の結果、指定用紙に収まりきらず、A4一枚のはずだった帳票が縦も横もはみ出して4ページになることもあります。
回避するための知恵と工夫はさまざまですが、とにかくExcelの印刷は油断すると失敗するものです。印刷したものを目で確認しておかないと不安になります。
「Excelを同時編集することは不可能です」と言うと「いやいや、共同編集できますよ」という声があると思います。しかし、それは同時編集ではありません。
共同編集はあくまでファイル同期機能です。サポートページの情報によれば同期間隔が数秒ごとなので、かつての「共有ブック」による編集より確率は低いものの編集結果がうまく同期できない可能性は残っています。
こういった編集中の事故を恐れるユーザーは多いため、どうしてもPCのローカルドライブで編集することをやめられず「どれが最新だっけ?」という悩みから開放されません。
Excelのスプレッドシートをデータベース的に利用するユーザーは少なくありません。名簿やリストといったものが読者の皆さんのPCにも幾つか存在しているのではないでしょうか。しかし、Excelは検索が得意ではありません。
一般にはフィルターを使った絞り込みをしたり、「Ctl+F」検索の条件を設定して一つずつ見てたりするでしょう。関数やマクロを使って作り込むエキスパートの方はSQLを使うことができるかと思いますが、それでも大量データの取り扱いには向きません。また、Excelならではの「一覧性」と「容易なデータ編集」という特性を捨てて、データ入力に制約をかけた擬似的なテーブルを作る必要があるでしょう。
データベース的に使うとなれば、複数人で利用することが想定されますが、前述した通り、同時編集には技術的課題があります。
Excelブックのファイルをどのように管理していますか? ”タイトル+日付.xlsx”形式のファイルを複数持っているのではないでしょうか。
作成日付は分かっても、その後の更新状況を把握できているでしょうか? 共同編集していると、誰がどのファイルを更新したのかが不明になることがあるでしょう。同名ファイルをPCのローカルドライブに保存して、”タイトル+日付+氏名.xlsx”といったブランチファイルを作っているかもしれません。
こうして類似ファイルが増殖していくと、もはや最新情報を的確に取り出す術はありません。変更箇所がマクロ修正などパッと見て分からないものだと、もうお手上げです。ファイル名によるバージョン管理はいつか破綻します。ストレージ不足を感じたら、重複・旧バージョンのファイルが溢れたサインです。
大量データや複雑なマクロ処理を含むExcelファイルは、開くだけでもかなりの処理コストを要します。「パソコンが重い、遅い」という従業員の話はたいていメモリやCPUの処理による遅延が原因です。
一時的にはPCを入れ替えて対処できるかもしれませんが、根本的にはイタチごっこです。同じファイルを開く必要がある従業員全員のPCを入れ替えることはリース契約や予算の都合で現実的ではないでしょう。大量データを対象に複雑な処理を行うのであれば、Excelを卒業すべきです。
上記のように処理が重くなった時は、PCのメモリリークなどによってファイルが壊れる確率が上がります。また共同編集の同期処理で不具合が発生したり、PCが不意にシャットダウンを起こしたりしてしまうと、ファイルが破損して「修復」することになります。その結果、「どこまで修復されたのか」「自動保存はどこまで保存していたのか」を順に確認することになってしまうこともしばしば。
PCのメモリを増強して誤魔化しても、Excelで大量データを操作したり複雑な処理を行ったりするのには限界があります。やはり、ExcelはデータベースやBIツールではないのです。
Excelのブックやワークシートにはパスワードを設定できます。Excelファイルに重要なデータを格納していることから、閲覧パスワードを設定している人もいるでしょう。しかし、Microsoftのサポートページには警告が並んでいます。主な注意点は2つです。
1. パスワードを失うと、あなたにもMicrosoftにもそのファイルは開けません。
2. ロックというのは保護機能であって、セキュリティ機能ではありません。
Microsoftの本音としては、「Excelファイルはセキュリティ機能を持っていると言い難いので、個人情報などの重要情報を保存するのはやめてほしい」ということでしょう。
いずれにせよ、ファイルは簡単にコピーできるため持ち出しを防ぐことは難しいでしょう。高いセキュリティ要件を持つデータは、整合性を保ち、不正アクセスや漏えいのリスクを減らすことが重要なので、データベースで一元管理してアクセスログ監視を徹底する必要があります。
このように、本質的には適していない用途で使われているExcelですが、多くの企業がExcelから別のツールへの移行を考える際、大きな障壁と感じるのは、過去の資産として蓄積されてきたスプレッドシートや、深く根付いた作業習慣の存在です。
これらの“レガシー文化”を変えることへの根強い抵抗は、真の業務改革を伴わないルーティン作業の外出しとして、RPAの導入を加速させ、結果として表面的な効率化しか実現されていないのが現状です。
人の目が行き届かないまま、毎日増え続ける膨大なExcelファイル。その結果、組織内に「Excel無法地帯」とも言える状態が生まれるのです。RPAについては本連載の第4回で掘り下げていますので、ご一読ください。
最近、情報の分散やExcelに依存したファイル管理の混乱が問題視され、これを改善しようとする動きが活発化しています。この流れが「脱Excel」です。しかし、これはExcelそのものを否定するものではありません。むしろ、Excelの優れた性能故に業務範囲が過度に拡大し、本来の目的外のタスクにも使用されるようになってしまったことへの反省から始まっています。
つまり脱Excelとは、業務にExcelを使い続けてきた先人の創意工夫と努力に敬意を表しつつ、デジタル進化により専門化された分野に適したツールへの切り替えを考える流れと捉えるべきでしょう。
例えば、プロゴルフ漫画に1本のドライバーだけであらゆるコースを攻略するという魅力的な名作が存在します。しかし、現実の世界では、適切な道具を選び、安定的な結果を出すことが大切です。これと同様に、適切なツールを正しい場面で利用することが脱Excelの本質なのです。
次回、後半では「脱Excel」から始めるDXリベンジの道を考えます。
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大学卒業後は電源開発の情報システム部門およびグループ会社である開発計算センターにて、ホストコンピュータシステム、オープン系クライアント・サーバシステム、Webシステムの開発、BPRコンサルティング・ERP導入コンサルティングのプロジェクトに従事。
2005年より、ケイビーエムジェイ(現、アピリッツ)にてWebサービスの企画導入コンサルティングを中心に様々なビジネスサイトの立ち上げに参画。特に当時同社が得意としていた人材サービスサイトはそのほとんどに参画するなど、導入・運用コンサルティング実績は多数に渡る。2014年からWebセグメント執行役員。2021年の同社上場に執行役員CDXO(最高DX責任者)として寄与。
現在はDLDLab.(ディーエルディーラボ)を設立し、企業顧問として、有効でムダ無く自立発展できるDXを推進している。共著に『集客PRのためのソーシャルアプリ戦略』(秀和システム、2011年7月)がある。
Twitter:@DLDLab
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