かつて黒電話とそろばんが残るアナログ企業だった旭鉄工は、DXで労働時間を大幅削減し、生産性を30%向上させた。製造現場の創意工夫を促す風土改革と具体的な施策を解説する。
トヨタ自動車の一次請けを担う旭鉄工は、かつて「黒電話とそろばん」を使ってビジネスを展開するアナログな企業であった。しかし、2016年度から2023年度にかけてのDX推進の結果、労働時間は月1万時間減少し、生産性は30%向上、利益は10億円増加(売上160億円想定)という劇的な成果を達成した。
なぜ古い体質だった旭鉄工が変革を遂げられたのか。旭鉄工が実践した「デジタル技術を活用して楽をする」という独自のDX戦略と、それを支えた経営者の方針、そして現場主導の改善活動の詳細を解説する。
本稿はITmediaが主催したイベント「変わる情シス 2025夏」(期間:9月8〜12日)で旭鉄工の代表取締役社長の木村哲也氏が「実は『DX』のカギは情シスではない 〜旭鉄工が実践した『本物志向』のやり方〜」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。
2013年にトヨタ自動車から旭鉄工に移った代表取締役社長の木村哲也氏は、「当時の旭鉄工は昭和40年代のやり方そのままでビジネスを展開しているようなアナログな企業だった」と話す。
決してデジタル化が進んでいたわけではない旭鉄工がDXに取り組んだ背景には、自動車の電動化に伴って業界でソフトウェアが重視されるようになったことや、少子高齢化による人手不足と市場の縮小、カーボンニュートラルの推進に伴う再エネ購入や設備更新の負担があった。
また人口減少による売上高の問題も深刻で、仮に売上が20%減少した場合、当時既に赤字体質であった旭鉄工は完全に立ち行かなくなるという試算もあった。木村氏は「これらの問題を解決するためにはDXに早期に着手する必要があった」と語る。
木村氏は、DX推進を成功させた秘訣(ひけつ)について次のように語る。
「秘訣は大きく3つに分類できる。1つ目は、DXとはデジタル技術を活用して楽をするという認識を持つことだ。2つ目は、DXを自分ごととして率先して模範を示す姿勢を重視したこと。そして3つ目は、困難を突破する覚悟を持ったことだ」
旭鉄工のDX推進は、まずデータ収集の負担を軽減するために開始された。トヨタ生産方式にのっとって業務を改善するためにはデータが必要だが、人の手でデータを収集するのは手間がかかり、改善まで手が回らないという課題があった。
データ収集の負担を軽減するために、旭鉄工は「iXacs」というIoTツールを開発した。製造ラインにセンサーを設置し、データを自動で収集できる環境を構築したことで、24時間365日自動でデータを収集でき、従業員はデータを基にした改善に着手できるようになった。また、「カイゼンノウハウ」の属人化を解消するために「横展アイテムリスト」というノウハウ集を整備し、誰でもアイデア出しができるようになった。
「これらの取り組みによってPDCAを回すスピードが20倍になった。また、改善によって業務が楽になるだけでなく、楽しくなった。IoTというデジタル技術の活用により、改善の効果をすぐに確認できるためだ」(木村氏)
旭鉄工における改善とは、主に1時間当たりの製造能力の向上を指す。例えば、1時間で100個の製品を製造できる体制の場合、1000個の製品を製造するために10時間かかる。改善により1時間に125個を製造できるようになると、1000個の製品を製造するための時間が8時間に減少する。その結果、2時間分の残業代をはじめとする労務費や、生産能力が足りないことを理由とする設備投資が不要になり、これまでよりも少ない人数で生産できるようになる。
これらの改善を徹底した結果、2023年度に実施した「カイゼン」だけでも全200ラインのうち38ラインで1時間当たりの生産個数が平均20%向上し、稼働時間が年間で1万8000時間減少した。これは福利厚生費を含めると年間で約9000万円の経費削減となる。
「IoTを使わずに改善することも可能だが、200ラインのうち38ラインで改善を実現するような大きな成果を得るためにはデジタルツールが不可欠だ」(木村氏)
木村氏は「改善の成果を得るためには、数値を見える化するのではなく問題を見える化し、見えた問題を解決しなければいけない」と強調し、例としてカーボンニュートラルへの取り組みを説明した。
旭鉄工はカーボンニュートラルの取り組みを進めるために、1時間ごとの電力消費量のデータを集めるところから着手した。しかし、集めたデータを見て得られたのは「夜中に意外と電力を消費している」という所感だけであった。数値を見える化しただけでは判断ができず役に立たないのだ。
そこで、半年以上かけてさまざまな切り口でデータを整理し、最終的に無駄な電力(付加価値のない電力)を見える化するという手法にたどり着いた。電力消費量のデータを、正味電力(生産時に使われる電力)と停止電力(トラブルで停止しているなどの際に発生している電力)、待機電力(生産の意図がない状況で発生している電力)に分けて表示できるようにしたのだ。こうするとムダな停止電力と待機電力を減らそう、となる。これが問題の見える化だ。
「驚いたのが、生産を終了した後の夜間に発生している待機電力の大きさだった。待機時であっても生産時に匹敵するほどの電力を消費していると、私も従業員も知らなかった。これを受けて、生産後に設備の電源をオフにするというルールを全社で徹底し、電気使用量を6割削減することに成功した。旭鉄工の年間の電気料金を約2億円減らすことができた」(木村氏)
また、独自のAI環境を構築し、社内の暗黙知を形式知化する取り組みも進めている。
「生成AIの取り組みを成功させるためには、人間とAIの二人三脚が重要だ。生成AIは100点を取る技術ではなく、60〜70点を短時間で取る技術だ。100点に近づけるのが人間の役割だ」(木村氏)
旭鉄工は、IoTツールiXacsが取得している全200ラインのデータを毎朝AIが分析して「Slack」に共有し、問題を発見する環境を実現した。現在は、AIによる動画解析も進めている。
木村氏は「企業の風土を変えるのは仕組みではなく経営者の行動」と語る。旭鉄工におけるIoT改善の初期、木村氏は毎日製造現場に足を運び、さまざまな改善案を出した。新規の書類フォーマットやグラフを自分で作成し、従業員から意見を募る取り組みも続けている。
さらに同氏は、自身の著書や最新の取り組みを読み込ませた「AIキムテツ」というクローンを生成AIで開発し、日々の壁打ちやアイデア出しに活用している。この取り組みは社内の部長全員のGPTを作成し、生産現場を改善するためのアイデア出しに発展した。
「経営者はとにかくやってみることが重要だ。ブレーキを踏むことばかり考えず、まずはアクセルを踏んでみるべきだ。0から1にして渡すと、後は従業員が改善してくれる」
DXに困難は付き物だ。木村氏は「『現場が動かない』『不満に思う人がいる』『挑戦してもらえない』といった困難があったが、腹をくくって取り組み続けた」と語る。
そうした状況を受け、木村氏は「カイゼン卒業式」を頻繁に開催している。カイゼン卒業式では問題点を厳しく指摘するのではなく、とにかく褒めることを徹底しているという。これにより、改善が罰ゲームにならず、次の改善につながっていく。
また、アイデアを面白がる姿勢も従業員のモチベーションアップにつながる。例えば、ある製造現場は素材を手動で供給する作業が存在しており、1回当たり15分かかっていた。これを自動化するために担当者が出したアイデアが、猫の自動餌やり機の活用だ。現在、製造設備に猫の餌やり機が設置されており、素材供給作業が1回当たり2分でできるようになった。このアイデアは社長賞を獲得している。
最後に木村氏は、「DXを成功させるためには、経営者自らが変わらなければならない。その上で、まずは行動あるのみだ。経営者の姿勢はやがて従業員に伝わり、皆が気持ちよく改善のアイデアを出してくれる環境につながる」と講演を締めくくった。
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