企業にITが普及してから初めて日本企業が経験した大規模テレワーク。働き方改革とは全く異なる問題が体験して初めて明らかになった。従業員は何に不安を抱き、何が足りないと感じたのかを調査を通じて考察する。
編集部では「緊急調査:COVID-19のテレワーク環境を振り返る」と題して、新型コロナウイルス感染症対策として全国で実施された緊急テレワークへの対応状況を調査しました。ファシリティ、通信、セキュリティ、デバイス類、コミュニケーションやマナーに関する35の設問から、この数カ月間の皆さんの就労環境の変化や課題を整理しています。
調査対象:キーマンズネット読者会員
調査方法:インターネット調査
実施期間:2020年5月25日〜6月12日
有効回答数:548件
感染症の流行は世界的には珍しいものではなく、2003年に東南アジアなどで流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年に中東や東アジアの一部を中心に感染が広がったMARS(中東呼吸器症候群)、2016年に南米を中心に流行したジカ熱のように、定期的に発生しています。ただ運が良かったことに、家畜の感染症などを除けば今まで幸い日本は大きな影響を受けずに済んでいました。
2000年以降に感染症の流行を体験した国や地域ではスムーズに対応できたケースもあるようですが、こと日本ではリスク対策として事業継続計画を策定していた企業も地震や風水害といった局地的な自然災害を前提とした計画がほとんどでした。今回の調査でも「大規模なパンデミック(感染症の世界的な流行)発生は十分に検討できていなかった」とする反省の声が多く寄せられています。
下の図は厚生労働省など公開資料や過去の報道を基に主だった出来事を時系列でまとめたものです。こうして振り返ると、1月末ごろに徐々に緊張が高まり、3月ごろにはリスクが高くなってきたことを感じ始めた時期だったことが分かります。2月後半から3月ごろに対策を検討し始めた企業が多かったのではないでしょうか。
働き方改革を進めてきた企業からすると、テレワークの実践経験があることから既存のルールや環境の拡張で対応可能と考えたかもしれません。しかし、いざ実施してみるとパンデミックならではの問題が多く残されてることに気付くことになったようです。
第3回の「テレワークの経費は会社負担か自腹か? PC、業務端末に対する不満と課題」は自宅での業務環境整備に関する皆さんの本音の意見を紹介しています。緊急で始まったテレワークだったこと、全国の企業が一斉にテレワーク関連の機材を買い求めたことから、一時的に機器の枯渇が生じ、会社側が支給品を提供しきれない状況も多かったようです。運用ルールとしては、原則として「必要な機材について申請すれば会社が負担する」とした回答が48.3%ありましたが、今回のテレワークに利用する機器をどう調達したかを尋ねた別の設問では、会社支給の機器を利用したとした回答は3割程度にとどまっています。申請などのルールは知っているものの自前で間に合わせざるをえなかった方が少なからずいたのではないでしょうか。
第1回の「自宅で働いてみて分かったこと、548人がホンネで語る『本当はあれが必要だった』」はファシリティの課題を取り上げています。PCやWebカメラだけでなく、長時間の労働に耐え得る環境を自宅に整備するために、多くの方が自費で環境を整備している状況も明らかになっています。
この回の調査では、実はそれ以外の問題が数多く寄せられました。中でも、特に多くの回答者が課題と感じていたのが「家族全員が在宅」という状況の働きにくさです。
今までのテレワークの多くは、育児や介護などの事情を抱えている方か、外回りが多い職種の方々のリモートワーク中心でした。家族のケアであればデイホームや学童保育などのサービスを利用して業務に集中できる時間を作れたかもしれません。外出先から効率よく業務を進めるためであれば近場の喫茶店などの椅子とテーブルがあれば業務をこなせました。しかし、パンデミック対策でのテレワークは事業が全く異なり、時間を作ることも業務のための椅子や机を外部に求めることもできませんでした。多くの企業にとってこの問題は盲点だったようです。家族全員在宅時に負担が高まる従業員をどうケアしていくかは多くの企業が今後の課題として受け止めなければいけないテーマでしょう。
家族全員在宅の問題は、家族全員が通信帯域を奪い合う状況も生みました。調査では回答者の実に7割超が自宅回線を業務に利用していたことが明らかになっています。学校の休校も重なり、自宅にある複数のデバイスが一斉にさまざまなサービスにアクセスをする状況が各所で生まれたようです。
緊急事態宣言発出直後の時期は、こうした悪条件に加え、VPN通信のキャパシティーやVDI環境の処理能力が限界に達してしまったりと、情報システム部門の方々にとっても気が休まらない時間が続きました。さらに各所で通信障害も複数発生し、業務継続に不安を感じた方が多かったようです。第4回「テレワークのネットワーク課題 家族全員在宅で帯域が不足、莫大な通信費用……企業はどう解決すればいい?」は、こうした状況を振り返り、今後企業が従業員の通信環境改善にどんな施策を打つかも調べています。
働き方改革の文脈では「テレワークであれば通勤時間が減るのでプライベートの時間が増える」と考えられてきましたが、今回の体験では全く異なる結果が見えました。通勤時間が減ったところで多くの回答者の残業時間は減っていなかったのです。
詳しくは第1回の記事で紹介していますが、通勤時間が減ったにもかかわらず60.9%は残業時間が「変わらない」と回答、「減った」としたのは29.5%でした。意外にも、9.6%は「増えた」と回答しています。理由は第1回の記事で紹介していますが、テレワークならではの障壁が幾つかあることが明らかになりました。
在宅勤務の従業員の労働時間管理ができないと考え、テレワーク中の残業代を「ゼロとする」というルールを設けた企業もあるようです。実際に体験したという回答者からは残業にならないように業務をセーブした、といった意見も寄せられています。
従業員の大半がテレワークに移行した企業では、会議進行の1つをとっても今までとは勝手が異なっていたことから、企業ごとに合理的なものから形式的なものまで新たなルールが生まれたようです。筆者が外部の方を取材したりお打ち合わせをしたりする場合も、企業ごとにテレワークやWeb会議の文化の差を感じます。公式の背景画像を準備したり名刺情報のQRコード画像を利用したりする企業もあれば、通信の安定を重視して不要なカメラをオフにすることを常識とする企業もありますし、Web会議の利点を生かして議事録を画面共有しながら進行し、会議終了前にチャットで議事録を送付するといった運用方法を確立した企業もあるようです。「発言したい場合は無言で挙手(または挙手機能を利用)をして音声の混乱を生まない」などの気遣いが求められることも増えました。第5回「読者が答えたテレワークの服装、マナーにまつわる“みんなの常識”とは」は、テレワーク中の身だしなみやマナーに関する文化がどうだったかを聞いています。その中でカメラのオンオフ問題や服装のルールについても調査しており、社内向けと社外向けとで使い分ける方式を採用した方が多数派だったことが明らかになっています。
Web会議では、通信環境の「格差」が浮き彫りになったケースもあります。ITリテラシーの異なるメンバーで会議を進める場合、Web会議そのものにログインできないなどのトラブルによって会議時間が長引いてしまったり、前述のように通信帯域がひっ迫したためにまともに打ち合わせができなかったりしたケースも見受けられました。今後、業務を停滞させずに安定して運用するにはSIM付きノートPCを支給したり、モバイルルーターを貸与したりするなど、個別に通信環境を手配する必要があるかもしれません。
国内外のセキュリティ調査資料を見ると、企業がテレワークに移行したことを好機とばかりに、セキュリティインシデントも多数発生したことが明らかになっています。セキュリティ意識の有無に関わらず全員が自宅ネットワークから職場に接続する状況では、全員のセキュリティ意識を高める必要もあります。第2回の「548人に聞いたテレワークのセキュリティ、従業員の意識は大丈夫?」によれば、「被害に遭った」と認識している方は多くありませんでしたが、ゼロではありませんでした。ランサムウェア被害や情報漏えいといったインシデントの発生は国内外で複数報告されています。ゼロトラストセキュリティなどの運用者側の対策も必要ですが、テレワークにおける従業員のリテラシー平準化やガイドライン整備、トレーニングなども今後はますます重要になるでしょう。
今回の調査で興味深かったもう1つの話題は服装の問題です。多くの企業が服装には特段のルールを設けていませんでしたが、Web会議時を含め、普段着で対応した方が大半を占めました。筆者の感覚としても社外の打ち合わせを含め多くの方がオフィスカジュアルやTシャツのような軽快な服装で対応していた印象です。会議を運営する上で服装は大きな問題ではない、ということを多くの企業が実感したのではないでしょうか。
今回の緊急テレワークを通じて、全社テレワーク実施時の課題が多数あぶり出されました。同時に、パンデミックの中にあってもデスクワークが中心の業務であれば事業継続に関わる業務はある程度オンラインで対応できることを実感したことと思います。またどこを改善すればストレスなく業務を遂行できるかといったルール作りに生きる体験も多かったのではないでしょうか。デスクワーク以外でも今はIoT(モノのインターネット)などの力を借りれば、極力リスクを減らした業務実施も考えられるようになりました。本企画とは別の調査によれば、多くの企業がテレワーク対応の予算をかき集めて対応を急ぐと同時に、2020年度は流行の第2波に備えるためのIT予算確保に動いているようです。今後は「出社すること、職場にいること」を前提とした業務設計に縛られていただけのものを、少しずつほぐしていき、本質的な仕事に集中できる環境の整備を進めていただきたいと思います。
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