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AIが店長候補と対峙、牛めしの松屋が挑むAI面接のウラ舞台

店長昇格試験の面接に課題を感じていた松屋。「人による評価の基準が曖昧」「合格者を確定する際の事務作業に手間がかかる」といった問題を打破するべく、思い切ってAI面接を導入。問題は解消できたのか。従来の自社での評価と、差は生まれなかったのか。

» 2021年06月11日 07時00分 公開
[白谷輝英]

 コロナ禍で採用や人事評価のシーンは変革を迫られ、その対応に苦慮している企業は少なくない。松屋フーズホールディングス(以下、松屋)もその1社だった。従来は、店長に昇格する試験のたびに、候補者を全国から招集していたがコロナ禍ではそれも難しい。オンライン面接を試行したが、新しい手法に戸惑ったり、通信が途切れたりなどのトラブルが発生した。

 活路として見い出したのがAI面接だ。同社は昇格試験にAI技術を使った面接サービスを活用することで、面接にかかわる業務を効率化し、従業員の時間を創出したという。さらに、以前から問題視していた「人による評価の基準が曖昧」という悩みも解消できた。

 だが、当初はAI面接に懐疑的だったという。松屋はどのようにして昇格試験のAI面接導入に至ったのか。従来の自社での評価と、差は生まれなかったのか。 AI面接の実力や課題を含め、率直な意見を担当者に聞いた。

30分の面接のために候補者を全国から招集、その面接精度にも課題が

 松屋は、牛丼チェーンなどを展開する企業だ。日本国内で1193店舗、海外で16店舗を構え、グループ全体で1600人以上の従業員を擁する(2020年3月現在)。同社は人事評価で課題を抱えていた。

 松屋では春と秋の2回、筆記試験と面接による「店長昇格試験」を実施する。この試験には2つの課題があったと、人事部 人事グループチーフマネジャー 市川公威氏は語る。

 1つ目の課題は効率性の低さだ。試験実施日は、東京と大阪に置かれた試験会場に全国から60〜70人程度の店長候補者を集める。彼らの交通費や移動時間による本来業務への影響は、決して小さなものではなかった。各部門の本部長や系列カンパニーの社長といった基幹職につく従業員を面接官として丸一日拘束することも同様だ。

 さらに、店長に昇格させる合格者を確定する際の事務作業にも手間が掛かっていたと市川氏は話す。

 「面接官が『面接シート』に手書きで記入した内容を、システムに入力・集計して合否の判定資料にする作業も大きな負担でした。文字が読みにくい場合には書き起こしに苦労しますし、共有しやすいように文章を整えて行間を読み取りながら清書する作業も大変です」(市川氏)

 もう1つの課題は『評価自体の曖昧さ』だ。店長昇格試験は、2人1組の面接官を6チーム編成して面接を実施するが、各チームの評価基準をそろえることが難しかった。

 「もちろん、評価基準の共有化を図ったうえで面接を行っておりましたが、合格者を確定する作業では侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が必要な状況でした。そのような状況では面接後の確定作業にかなりの時間も要しますし、評価基準の統一については課題を残している状況でした」(市川氏)

コロナ禍でオンライン面接を導入してみたが……

人事部人事グループチーフマネジャー 市川公威氏

 こうした中で巻き起こったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だ。2020年6月の試験では、筆記試験をオンライン化した。面接については、東京と大阪に近い候補者のみ会場で実施し、遠方の候補者はオンラインで実施することになった。一部、面接中に通信が途切れるといったトラブルはあったものの、試験をオンラインで行うこと自体は問題なさそうだという手応えを得たという。ただ、昇格試験の課題が全て解決したわけではない。

 「試験をオンライン化できるということは分かったものの、課題となっていた合否判定にかかる事務作業の工数や、評価の曖昧さついて解決方法が見つからない状況でした」(市川氏)

戸惑いの中導入したAI面接、トライアルでの意外な結果

 市川氏が対話型AI面接サービス「SHaiN」の存在を知ったのは、2020年夏ごろのこと。日頃から付き合いのあった金融機関の担当者から、AIを使った面接サービスがあると聞かされたのがきっかけだ。

 SHaiNは、AIが人に代わって面接を実施するサービスだ。受検者はスマホにアプリをインストールし、スマホの画面を通じてAIの質問に答えればよい。SHaiNの面接では「戦略採用メソッド」をベースにプログラミングされたAIが、決められた質問を投げかけるだけではなく、回答に応じて質問内容を変える。ヒアリング内容は自動的にテキスト化され、タレントアセスメントの専門スタッフが、回答内容や面接を受ける態度、面接にかかった時間などを基に、詳細な面接評価レポートを作成する。

 最初にSHaiNの話を聞いたとき、市川氏は「本当にAI面接を昇格試験に活用できるのか」と半信半疑だった。スマートフォンで面接を実施することもイメージがわかなかったという。

 だが、開発元であるタレントアンドアセスメントの担当者から詳しい説明を受け、さらにトライアルを行い、その意外な結果に驚いた。

 「トライアルでは、店長より豊富な経験とスキルを持つエリアマネジャー、本部所属の中堅店長と新人店長の3人に、SHaiNで面接を受けてもらいました。面接評価レポートには、全部で10の評価項目があります。店長業務に従事するにあたって特に重視する項目を決めて、あらかじめ『3人の能力はこのくらいだろう』と想定しましたが、SHaiNの評価はそれらとかなり近いものでした」(市川氏)

 「AI面接によって評価のエビデンスが残り、人による評価の曖昧さが払拭(ふっしょく)できるのであれば活用できそうだ」と考え、2020年12月の店長昇格試験からSHaiNの導入に向けて具体的な検討を開始した。

 ちなみに、松屋が導入したのは、1件ごとに1万円(税別)かかる「スタンダードプラン」だ。料金については候補者の移動にかかる費用とほぼ同額で、「実費となる部分はそれほど安くないな」というのが正直な感想だった。だが、これまでと同様の費用で済み、課題解決の糸口になるならば導入する価値があると思い役員を説得したという。果たして効果は得られたのだろうか。

人による評価と比較したAI面接の実力は?

SHaiNの面接はスマートフォンを使って行う。

 2020年12月の試験に際し、必要な準備はそれほど多くなかった。タレントアンドアセスメントの担当者とは数回の打ち合わせを行い、面接の段取りや、AI面接に組み込む「フリー質問」の内容を決めた。そして候補者には、あらかじめ試験の概要や、AI面接では入社後のことだけを話すようにと伝える簡潔なメールを送付した。実際にSHaiNを昇格試験で活用した結果、期待通りの成果を得られたという。

 「候補者の面接が終了した後、AI面接を受けている映像と面接中に候補者が話した内容を確認しました。中には、AI面接受検の際に、候補者の上長であるエリアマネジャーが同席したケースもあったようですが、そのエリアマネジャーからも『評価はおおよそ合っている』と好評でした」(市川氏)

 こうしたことから、SHaiNによって候補者の面接を統一された基準で評価するという目的を果たすことができたと市川氏は振り返る。仮に、昇格が見送りになった候補者にその理由を聞かれても、何が不足しているのか、次のチャンスに向けてどのような努力や経験をするのがいいのか、といったフォローもできる。

 「AI面接に対して不信感を抱く人がいるかもしれませんが、事実はむしろ逆なのではないでしょうか。AIを面接でうまく活用することで、公平で偏りのない評価を実現できました。候補者からは不満や戸惑いの声は特に上がっていません」と市川氏は話す。

 その他、候補者の移動時間や基幹職につく従業員が面接に費やす時間がなくなり、約100時間を創出できた。候補者が面接で話した内容は自動的にテキスト化されるので、手書きの面接シートをデータ化するといった作業も不要になり、担当者の工数削減につながったという。以前抱えていた『効率性の低さ』と『評価の曖昧さ』という2つの課題が、一気に解決できたのだ。

 SHaiNは途中で接続が切れた場合、最後に答えた質問までの回答が保存される仕様だが、1件だけ、それまでの回答が全て消えてしまった事例があった。これについてはタレントアンドアセスメントが原因を究明し、再発はしない状況になったと報告を受けている。

 市川氏は、2021年度の店長昇格試験においてもSHaiNを継続して利用する予定だという。

 「店長昇格試験の候補者は、彼らの上長から推薦を受けた人たちです。つまりこの試験は、候補者を落とすためではなく、店長として必要な能力を兼ね備えていることを確認するためのもの。SHaiNは個人の能力を詳細に可視化するので、こういったタイプの試験に適していると感じています」(市川氏)

SHaiNの評価項目は、バイタリティー、イニシアチブ、対人影響力、柔軟性、感受性、自立独立性、計画力、理解力、表現力、ストレス耐性の全10項目。各10段階のスコアと、文章による評価、受検者の回答内容が面接評価レポートとして提供される

AI面接、見えてきた課題は?

 AI面接による課題はないのだろうか。今後、市川氏がSHaiNに期待しているのは、面接時間の短縮だ。SHaiNによる面接は通常40分程度で終わる傾向にあるが、候補者が質問に対して的確に回答できなかった場合はさらに内容を深掘りする質問が続くため、面接が1時間半に及ぶこともある。

 「候補者は本業があるので、面接時間は短いに越したことはありません。面接時間があまりに長いと、候補者にかかるストレスも大きくなるでしょう。あくまで正確な結果が出ることが前提ではありますが、30分程度で面接を終えられないかと相談しているところです」(市川氏)

 加えて「動画や音声は確認できるので、昇格に対する候補者の熱意や思いといった部分も評価基準のもとで可視化できたらよいと感じている」と市川氏は語る。

離職防止にもAI面接を活用したい

 SHaiNの精度がさらに高まれば、他の昇格試験にも適用できるのではないかというのが、市川氏の見立てだ。評価面接以外での応用も期待している。

 「SHaiNのAI面接は、評価以外の領域にも応用できるのかもしれません。例えば、飲食業界は他業界に比べて離職率が高いのですが、従業員やアルバイターにAI面接を受けさせ、AIにメンターの役割を果たしてもらうことで、離職防止に役立てられないかと期待しています。現在はコロナの影響で、従業員同士のつながりを維持することが難しくなっています。AIを活用して従業員が辞めにくい職場づくりを実現できたらありがたいです」(市川氏)

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